頭にノック音が響く。
うるさいほどに響いている。痛いほどに響いている。頭が割れるほどに響いている。
大きな大きなノック。
これは誰かしら?
そう思ったのも束の間。すぐに止まった。
急に静かになった頭。
自分の心臓の音すら聞こえない。
2025/03/03 #誰かしら?
「女は花で、男は花瓶である。」
「...え、いきなり何?」
「いやっ、ネットで出てきたんだよ!」
一丁前にカッコつけたかと思えば、すぐにメッキの剥がれた彼、佐々木裕人は私が頼んだコーヒーを片手に必死に言葉を紡ぐ。
「ほら、その、どんな事があっても男がね?そりゃあもう綺麗な女性を引き立てるっていう...えっと...。」
「ふうん。なるほど。」
影響されやすい裕人のことだ、かっこいいと思ってそのフレーズを使いたくなったのだろう。私としてはそんなラッピングされた言葉よりも今は別のものが欲しいのだけれど。
「うう...。」
「女性は花ね。...裕人、花って綺麗だと思う?」
「え?そりゃあもちろん。なに?そのくらいの美的センスは兼ね備えているつもりだけど。」
「たくさんの花がいる中で、私はどんな花に見える?」
静寂。ただお互いがお互いの瞳を見つめる。時計の針が動く音、蛇口から漏れる一雫。彼が息を飲んで口を開く。
「めっちゃめちゃ綺麗!可愛い!もう世界一、いや宇宙一!!最高!」
彼のラッピングされていない、馬鹿正直な言葉が音となり、耳に届く。
「ふっ、んふふ...!じゃあ、コーヒー無いと枯れちゃうからいただける?」
「あ!!ごめん!冷めちゃったよね。」
「いいの、いいの。ありがとうね。」
生ぬるいコーヒーを体内に流しながら、彼に近づく。
「えっ、え?どしたの?」
「別に?私から見れば宇宙一の花は目の前にあるなあって。」
「......?え!?どこ?」
互いに、ただ一輪の花を朽ちるまで愛を注いで、互いに支え引き立て合う。
2025/02/24 #一輪の花
“この俗世から逃げませんか?”
画面いっぱいに広がり、青い青い光と共にそんな謳い文句が瞳に突き刺す。
ただの広告だと普段ならスルーするだろうが、何故か毒々しく色鮮やかな文字の羅列と優しげなフリーイラストのギャップにやられたのか、URLに指先が触れてしまった。
“逃げてしまいたい。そう思ったこと、人間誰しもあると思います。でも、逃げることは通常許されません。逃げれば周りから指を刺されます。失望の念を抱かれます。”
“おかしいと思いませんか?
時には逃げることも大事です。だから逃げるとは必ずしも敗北ではないのです。”
とても甘美な囁きだと思った。
普段から優秀だと周りに褒められるも、全て親の圧によって動いている。この状態がいつ崩れてもおかしくは無い。
どうして自分の好きなようには出来ないのだろう。このまま俺は親の言う通りに、親の操り人形に、親の第二の人生を歩むのか?嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
自由を自由を少しばかりの自由を。
自由を!
“あなたも自由の魔法にかかりませんか?”
ささやかな反抗心と希望を抱いて、「購入」をタップした。
体が吹っ飛ぶような感覚。学校へ行くまでの重たかった足が羽根のように軽い。なんとも言えぬ多幸感。ああこれが魔法か。なんて、なんて素晴らしい!
「速報です。近年SNSを利用した悪質な薬物の売買が若者を中心に広がっています。特に、魔法と謳うこちらの薬物は依存性が極めて高く___。」
2025/02/23 #魔法
小さな勇気を持ったところで、現状が変わるわけもなく。
2025/01/27 #小さな勇気
幼少期の私は金平糖を星の欠片だと思っていた。小さくて、さまざまな色があって、甘くって。
今思えばそんなことありえないのに、あの幼少期独特の想像力と創造する世界は唯一無二で、大人に近づけば近づくほどにその世界は荒んで、歪んでいく。現実を見るからだ。
白い息が口の端から漏れ出す。冬は夜空がよく澄んで、星の瞬きが強い。
コンビニで何か温かいものでも買おう。暖房のよく効いた店内を物色していると、幼い頃見慣れた想像の塊を見つける。
今日ぐらいは、童心に返ってもいいでしょう。
あの流星のかけらを口に放り込む。
2025/01/27 #星のかけら