「すげー!これが東大寺のダイブツかー!」
人を模した様な大きな銅の塊を見て、隼人は子供のように跳ね回る。
「ちょっと兄さん!そんなに動き回っていたら転ぶよ!」
おおはしゃいでいる兄を見て晴樹はあきれ顔を浮かべ、ため息をついた。
「そんなこと言ったって、晴樹もさっきまでルンルンな状態だったじゃないか。」
「うっ!それは……仕方ないでしょ…。初めて見たんだし…。」
不服そうに言った隼人の発言に晴樹は目を泳がし、言葉を濁す。そして晴樹も子供のようにプイッとそっぽを向いた。その様子を見ていた隼人はニヤニヤと笑う。
「……でも写真と大差なくてほんとに良かったよね。手や部分的な欠損はあるけど、もう壊れてたと思っていたから。」
晴樹は大仏を眺める。大仏を囲んでいた建物はこっぱみじんに壊れて、かつて建物があった思われる形成が跡形もなかった。
大仏本体にも至るところでヒビが入り、崩れ落ちたであろう手も、風化してだだの石コロ同然となっていた。
「…でも不思議だよな。今はこんな荒れ果てた土地だが、昔は人がわんさか溢れて、この仏像も綺麗な形を保っていたのに、たった数十年で、このザマになるんだからよ。」
「…仕方ないよ。どんなものでも終わりは必ず、くるものだから。……ただ、その終わりが思っていたよりも早かったのは耐え難いことだよね…。」
隼人と晴樹はお互い、遠い目をして呟いた。彼らの目に写っているものは、かつて誰もが送っていたであろう文明崩壊前の日常であり、自分達が知らない非日常な光景であった。
「…終わりが来るっていうなら、この旅もいつか終わっちまうのかな…」
隼人は少し寂しそうな表情をして呟く。
「はは、らしくないなー。楽しく旅をしよう!って言ってたのは誰だよ。もしかして、危険だらけな旅が怖くなった?」
「はあ?!誰が怖いなんて言ったんだよ!」
弱気になった兄を挑発するかのように晴樹はニタニタ笑っていた。そんな弟の態度に隼人はフンッとそっぽを向く。
「ねえ、今度は京都って所に行ってみようよ。」
しばらくして、そっぽを向いていた隼人に、ねだるよう晴樹が言う。すると
「…京都か、良いな!よしっ、次はそこに行こう!」
不機嫌であった隼人が即、上機嫌へと変わる。隼人は気分の浮き沈みが激しい性格で、晴樹はそんな兄の性格を熟知していた。
「……で、京都ってどこにあるだっけ??」
「…………うん。そうだよね。知らないと思った。……とりあえず、海に沿って歩いてみよ、目印らしき大きな建物を探しながら。」
「おー、さすが晴樹っ!いやー、頼りになる弟がいて、ほんとっ嬉しいよ~。」
「まーた、そんな呑気なこと言って……ホラっ荷物持って!」
隼人のおだてにはのらず、晴樹は近くに置いていた大きなリュックサックを背負い、とことこと歩き出す。それを追いかけるように、隼人もリュックサックを背負って晴樹の後を追った。
題名 ●●年後、崩壊した世界で
「ごめんって!この前のことは私が悪かったからさ、そろそろ機嫌なおしてよ~。」
満開の桜の木の下でユイは媚びるように何度も頭を下げて謝った。
だがユイの隣に座っている少女、レイカはユイの謝罪に目もくれず、ガン無視をきめている。先程からこのやり取りをしているが、一向になにも変わっていない。そんな状態にユイは肩をすくめた。
レイカがこんな態度を取っているのには理由がある。それは先週していたレイカとの約束をユイがすっぽかしてしまったからだ。ユイにとっては遊ぶ約束をしていたつもりだが、レイカにとってはあの約束は重大だったらしく、それ以降、レイカは口をひらかなくなった。
「あの日はやむえない事情があったていうか…ねえ、そろそろそのしかめっ面やめない?今日はせっかくのお花見なのにー!」
そう、本当なら今日はユイとレイカは一緒にお花見を楽しむ予定であった。だが、そのレイカは最悪な様子であり、とてもじゃないが、花見なんてできる雰囲気ではない。
ユイはそんな状態から脱したかったが、レイカは相変わらずそんなユリを無視していた。
「…ねえ、お花見しようよ~。そのお弁当今日のために作ってくれたんでしょ?」
ユイはムスーっと顔を膨らませて言う。
ユイの言う通り、レイカは巾着で包んだ二つのお弁当箱を大事そうに抱えて座っていた。
先程まで遠くを見つめていたレイカが突然、持っていたお弁当をユイの前に置き、そして自分の前にも置いた。
そして乱暴に巾着をほどいて、弁当を開ける。
唐揚げやミニトマトや卵焼き、おにぎりといった、色とりどりでとても美味しそうな料理の数々が弁当箱に詰められていた。
「すごい…!これ、全部レイカが作ったの?」
あまりにも綺麗に整えられた弁当にユイはよだれが垂れる。
レイカはおにぎりを一つ取り出すと、しばらくそれを見つめてから、大きく頬張った。
風が止み、静寂が広がる。レイカの状態を伺おうとしたその時、彼女の表情を見たユイは驚き固まった。
レイカは冷えたおにぎりを咀嚼しながら大粒の涙を流していたのだ。
「えっ?レイカ?!大丈夫?どっか痛いの?!」
ぼろぼろと泣くレイカにユイは驚きを隠せずにいる。どうして泣いているのかユイにはわからなかった。
「嘘つき…!先週といい、今日といい…なんで…約束した本人が来ないんだよ…!…………なんで勝手に、死んじゃうんだよ!!」
震えた声でそう呟くと、レイカは泣き叫ぶ。
レイカが泣き声をあげているなか、ユイは黙ってレイカを見ていた。
“回想”
「ねえ!来週の休みにさ、一緒にお花見しようよ。私んちの近くに絶景の穴場スポットがあるからさ!」
「お花見?楽しそう!…じゃあ私、お弁当作ってくるね!」
「えっ、マジ?やった~!レイカの手作り弁当が食べれる!じゃあさ、じゃあさ…明日買い物ついでにお花見用のお菓子も買いに行こうよ!」
「うん!ユイ、買いすぎはダメだからね」
「わかってるよ~!」
そう約束した次の日、レイカはユイに会えなかった。変わりに会ったのは変わり果てたユイの姿とユイの遺影であった。
ユイは交通事故にあって帰らぬ人となっていた。
「…お弁当、楽しみにしてるって言っていたのに。はりきっていた私がバカみたいじゃない。……これ、食べきれなかったらユイのせいにするからね。」
泣きながらお弁当を食べていたレイカが一人言を呟く。
「それは手厳しいな。私だってレイカの作ったお弁当食べたかったんだよ。」
それまでずっと静かだったユリも同じように一人言を呟いた。
桜の木が風で揺れて、二人の一人言に答える様に木々が擦れる音を立てている。
「……ねえ、ユイ。」
「なぁに?」
「……ユイと一緒にいたいって言ったら、優しいユイは私のこと連れてってくれる?」
そうレイカが問いかけた途端、花嵐が二人を襲う。そして大量に散った桜の花びらが雨のように降り注いだ。
「………ごめんね。それは、それだけは…叶えられそうにないかな。」
ユイはレイカの頭についた桜の花びらを落とすようにあたまをそっと撫でる。彼女は笑っていたが、今にも泣き出しそうな、儚い笑みであった。
題名 花見の約束
「なあなあ!何見てるんだ?」
教室の後ろに貼ってある写真を見てるとKが声をかけてきた。明るい活気のある声である。
「あーこれ、この前撮った写真か!もう貼り出していたんだな~」
Kは僕の神経を逆撫でするかのように無邪気に笑った。この写真は先月の四月に撮ったクラス写真で、端っこの方に僕とKが並んで写っている。
僕とKは特別仲が良いというわけではない。去年同じクラスで何度が話しただけである。彼はいわゆるムードメーカーで僕とは住む世界が違う。なのにKはずかずかと僕に話しかけてくる。気付いていないふりする僕の身にもなって欲しいものだよ。
「…そういや、みんなこの写真見て騒いでいたよなー。俺がふざけたせいで変な雰囲気になったからみんな怒っているのかな?」
みんな無表情で真剣な表情をしているのに夏服姿のKはにっこり笑ってピースをしていた。たしかにこの写真はKのせいでとても不自然になっている。
「……なあ、何でさっきら俺のこと無視するの?というかお前、大丈夫か?すごい震えているけど…。」
震えが収まらない僕にKは心配そうに僕の顔を覗き込む。
震えたくなるよ。だって今すぐ君から逃げたいのだから。怖いんだよ…!だって君は……
去年の夏、事故で亡くなったんじゃないか!
題名 夏服のK
『解説』
Kは去年の夏に亡くなった。ということは、語り手の前に現れたKは幽霊であり、語り手と同じクラスの学生でない、ということになる。
そりゃあ騒ぎにもなるはすだ。新しいクラスの皆と初めて撮った写真が、死んだはずの人間が写った心霊写真になったのだから。
Kは自分がふざけてしまったせいで写真が変なことになったと言っていたが、写真に写った皆は冬服の格好なのに、自分だけ夏服であるということに違和感を覚えなかったのだろうか?
天国と地獄と聞いたら人は何を想像するのだろう。鮮やかな水色に白い雲が浮かんだ青空の楽園、赤黒い血の匂いが漂い逃げることができない奈落の底、人々が思い浮かぶ天国と地獄はこんなイメージだろう。
じゃあ、僕がいるこの世界は一体なんだろう?
疑問に思った僕は辺りを見渡した。ここは見渡す限り何もなく、ただ純粋な灰色が僕を包んでいる。出入口も、絵本に出てくる様な天使も悪魔もいない。この世界は天国とも地獄とも捉えようがない無の空間であった。
僕はついさっきこの世を去った。だからここは死後の世界のはずだ。
誰も何もない、ただ僕一人の世界。
僕は徳も罪も何一つ積んでいない。だからこの世界には灰色の無、しか存在しないのか。
僕はその場に座り込み、存在しない空を仰ぎ見た。想像してた通りである、空はなく、変わりに灰色の霧がかかっていた。
そういえば、死ぬ前の空色もこんな感じだったか。この空も僕と同じ気持ちなんだなと感じてたの今でも覚えている。
……あ、だからなのか…。僕がこの世界にいるのは。
僕は唐突に、何故自分がこんな無の世界にいるのかを理解した。僕は“懺悔”をしに、ここに来たのだ。
人は徳を積めば天国に、罪を犯せば地獄に行くとされる。僕の犯した「コレ」は罪にはならないらいしが、決して許されない行いでもあるらしい。
懺悔と知って何を悔い改めることができる僕にはわからない。けど僕と同じ道を辿って欲しくないと強く願った。
願う度に僕はあの光景を思い出す。灰色の空の下で、楽になることだけを願って灰色のコンクリートに身を投げたあの日の記憶を、
題名 『天国にも地獄にも行けない少年』
9月17日、今日はお月見の日だ。運のいいことに灰色の雲が一つも掛かっておらず、黄金色の月が夜の町を照らしている。
亜佐はそんな今日を持ち望んでいたのか、胸を撫で下ろし、安堵の表情を浮かべていた。
椅子に掛けていた上着を羽織り、亜佐は庭に出る。庭の中心にはあらかじめ用意していた望遠鏡がポツリと置いてあった。亜佐は望遠鏡を覗きこんで、慣れた手つきでピントを調整する。最初は輪郭がはっきりとしなかったが、丸みを帯びた月が少しずつ現れる。10秒も経たない内に望遠鏡に写し出された月は、写真集と同じ神々しい光を放った満月だった。
クレーターの形から今日はウサギがいるのかなと子供じみた考えに微笑を浮かべた亜佐は望遠鏡から顔を遠ざける。そして、真上に浮かんだ月を仰いだ。
今日は亜佐一人だけのお月見だが、本来ならもう一人いた。亜佐のルームメイトであり、友人の花である。本来なら今日、亜佐は、花と二人ぼっちでお月見を楽しむはずだった。だが花は今年の夏からパリに行った。将来パンのお店を開きたいと言って、勉強のためにここを出ていったのだ。あの時は亜佐は快く花を送り出したが、本当は寂しくて仕方がなかった。
亜佐は鼻をすする。秋の夜は思っていたよりも寒く、上着だけでは耐えしのげないらしい。もう少し暖かい格好をしようと考えた亜佐は家に戻ろうとする。
その時、冷たいながらも優しい風が亜佐の頬を撫でる。亜佐は再び月を仰いだ。
花も同じ景色を見ているのかな。一緒に見れなくてもいいから、この変わりない月の光景を共有したいな。まあ、向こうは昼だろうし月は出ていないか。
足元に視線を下ろすと亜佐は苦笑いを浮かべる。くしゃみを一つして、オレンジの明かりが付く家の中に足を踏み入れた。