浮遊レイ

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「ごめんって!この前のことは私が悪かったからさ、そろそろ機嫌なおしてよ~。」
 満開の桜の木の下でユイは媚びるように何度も頭を下げて謝った。
 だがユイの隣に座っている少女、レイカはユイの謝罪に目もくれず、ガン無視をきめている。先程からこのやり取りをしているが、一向になにも変わっていない。そんな状態にユイは肩をすくめた。
 
 レイカがこんな態度を取っているのには理由がある。それは先週していたレイカとの約束をユイがすっぽかしてしまったからだ。ユイにとっては遊ぶ約束をしていたつもりだが、レイカにとってはあの約束は重大だったらしく、それ以降、レイカは口をひらかなくなった。

「あの日はやむえない事情があったていうか…ねえ、そろそろそのしかめっ面やめない?今日はせっかくのお花見なのにー!」
 そう、本当なら今日はユイとレイカは一緒にお花見を楽しむ予定であった。だが、そのレイカは最悪な様子であり、とてもじゃないが、花見なんてできる雰囲気ではない。
 ユイはそんな状態から脱したかったが、レイカは相変わらずそんなユリを無視していた。
「…ねえ、お花見しようよ~。そのお弁当今日のために作ってくれたんでしょ?」
 ユイはムスーっと顔を膨らませて言う。
 ユイの言う通り、レイカは巾着で包んだ二つのお弁当箱を大事そうに抱えて座っていた。
 
 先程まで遠くを見つめていたレイカが突然、持っていたお弁当をユイの前に置き、そして自分の前にも置いた。
 そして乱暴に巾着をほどいて、弁当を開ける。
 唐揚げやミニトマトや卵焼き、おにぎりといった、色とりどりでとても美味しそうな料理の数々が弁当箱に詰められていた。
「すごい…!これ、全部レイカが作ったの?」
 あまりにも綺麗に整えられた弁当にユイはよだれが垂れる。
 
 レイカはおにぎりを一つ取り出すと、しばらくそれを見つめてから、大きく頬張った。
 風が止み、静寂が広がる。レイカの状態を伺おうとしたその時、彼女の表情を見たユイは驚き固まった。
 レイカは冷えたおにぎりを咀嚼しながら大粒の涙を流していたのだ。
「えっ?レイカ?!大丈夫?どっか痛いの?!」
 ぼろぼろと泣くレイカにユイは驚きを隠せずにいる。どうして泣いているのかユイにはわからなかった。
「嘘つき…!先週といい、今日といい…なんで…約束した本人が来ないんだよ…!…………なんで勝手に、死んじゃうんだよ!!」
 震えた声でそう呟くと、レイカは泣き叫ぶ。
 
 レイカが泣き声をあげているなか、ユイは黙ってレイカを見ていた。




         “回想”
「ねえ!来週の休みにさ、一緒にお花見しようよ。私んちの近くに絶景の穴場スポットがあるからさ!」

「お花見?楽しそう!…じゃあ私、お弁当作ってくるね!」

「えっ、マジ?やった~!レイカの手作り弁当が食べれる!じゃあさ、じゃあさ…明日買い物ついでにお花見用のお菓子も買いに行こうよ!」

「うん!ユイ、買いすぎはダメだからね」

「わかってるよ~!」



そう約束した次の日、レイカはユイに会えなかった。変わりに会ったのは変わり果てたユイの姿とユイの遺影であった。

ユイは交通事故にあって帰らぬ人となっていた。


「…お弁当、楽しみにしてるって言っていたのに。はりきっていた私がバカみたいじゃない。……これ、食べきれなかったらユイのせいにするからね。」
 泣きながらお弁当を食べていたレイカが一人言を呟く。
「それは手厳しいな。私だってレイカの作ったお弁当食べたかったんだよ。」
 それまでずっと静かだったユリも同じように一人言を呟いた。
 桜の木が風で揺れて、二人の一人言に答える様に木々が擦れる音を立てている。
「……ねえ、ユイ。」
「なぁに?」
「……ユイと一緒にいたいって言ったら、優しいユイは私のこと連れてってくれる?」
 そうレイカが問いかけた途端、花嵐が二人を襲う。そして大量に散った桜の花びらが雨のように降り注いだ。
「………ごめんね。それは、それだけは…叶えられそうにないかな。」
 ユイはレイカの頭についた桜の花びらを落とすようにあたまをそっと撫でる。彼女は笑っていたが、今にも泣き出しそうな、儚い笑みであった。

題名 花見の約束

5/29/2024, 2:55:45 PM