あの色も
あの音も
あの匂いも
貴方に手向けられてた
あの全て
匂いも忘れて
あの音も
あの色も
これから消えてくはず
なのにね
『朧の夜月 鐘の音』
「もう、やめて…やめてください。」
「あ、待って…」
せっかく貴方と久方ぶりに合えたのに。
貴方の優しさで溢れた
言の葉、仕草。
私に向ける其の笑顔さえ
全て勘違いを犯してしまいそうになる。
辞めてといったのは、
自分に嫌気をさして逃げたのは
自分なのに。
立ち去る前に手を摑んでくれたら、
追ってきてくれたら、
良かったのに。
そう思ってしまう
我儘な私にまた嫌になって
溜息をついた。
どうか、優しくしないで。
私に気があると勘違いしてしまいそうだから
私の片恋が実ると心踊らせてしまうから
もう、自分に嫌気をさしたくないから
優しくなんて、しないで、
(朧の夜月 優しくしないで)
長い夜が明けて
日が登る頃
眩い光を背にして
眠りにつく
太陽がてっぺんを少し過ぎたあたり
気に入りの柄の着物に
雪みたいな白粉
桃色の頬紅
林檎の色を移した口紅
いつもと違って下で結われた髪
僕が贈った簪差して
手を繋げば
いつもより心が温かい
(朧の夜月 楽園)
日が小鳥と共に夜明けを告げる。
まだ、搖れる瞳を押し上げて
まだ心地の良さそうに己の胸で
肩を規則正しく動かす
少しだけ年が上の恋人を眺める。
この時を感じるといつも想うことがある。
いつ、壊れても可笑しくはない世界で
いつ迄この朝陽を浴びられるだろう。
もし、己にこの先の世界を見られる
そんな浮世離れしたことが出来るのなら。
そんな想いが頭の中で飽和する。
ずっと分かっている。前ではなんともなかったこの日々がやけに離れ難い。
離したくない。
そう、出来れば
命が燃え尽きる迄。
(朧の夜月 もしも未来を見れるなら)
居間の戸を開けて縁側に寄ると
櫻の木が頬紅ように愛らしい花と蕾をつけ
春が来たとそう謳っていた
「やっと咲いたね」
私より年が下で在るのに
背は幾分か髙く
顔付きは幼さを残して
其のくせに私より大人びてる
まだ口吻さえしてない恋人が云う
「そうで御座いますね」
「君は藤より櫻を好いてるって聞いて少し可笑しく思ったけどとても綺麗な花だね」
「えぇそうでしょう?櫻は散った時が更に美しく御座います。」
「其れに君に似てるよ。あの色が少し照れてるときの君に似てる。あ、ほら。」
櫻散る皐月。貴方は共に、
(朧の夜月 桜散る)