「すごい、桜がいっぱい咲いてる! ほんとにこんなに咲くんだね!」
囲むように咲き誇っている桜たちの下で、満面の笑顔を浮かべた彼女がダンスを踊るようにくるくる回っている。癖のある長髪がふわりふわりと揺れて、まるでヴェールのようだ。
「病室から見ていたのとは違うだろ?」
「うん。生で見るともっときれいで可愛い! ダメなのはわかってるけど、一枝持ち帰って飾りたくなっちゃうね」
動きを止めた彼女は、桜に向かって思いきり両腕を伸ばす。花びらのシャワーを浴びるさまは無邪気で可愛いのにどこか儚く、少し不安にさせる。
きっと、長い年月を病院で過ごしていた背景があるからだろう。治るかわからない病とずっと戦い続けて、奇跡的に回復への道が見つかった。
まだ完治したわけじゃないし、定期的に病院へ通わないといけない。いつ再入院となるかもわからない。
それでもこうして、不自由なく外を歩けるまでになれたのはとても大きいこと。
「ねえ、他にもこうやっていっぱい咲いてるところ、あるの?」
「そうだな……次の休みの日まで満開のままかどうかはわからないけど、あるなら行ってみる?」
すると、彼女はわずかに目を見開いたあと、一番近い桜の木に歩み寄り、触れた。後を追って顔を覗き込むと悲痛な色が見え隠れしている。
「そうだよね。今はこんなに元気よく咲いていても、数日したら全部散ってしまうのよね」
もしかしたら自分と重ねているのかもしれない。
今は元気でも、一ヶ月後、いや一週間後には体調を崩してしまったら。これはつかの間の夢で、結局は白いベッドの上から逃れられない運命だったとしたら。
「次の休みもまた行こう。来年も、再来年も、また行こう。いろんな場所を見に行こう」
木に触れていた彼女の白い手を取って誓う。
お互い明るい方向を向いていられるよう、少なくとも自分は進む道を照らし続けていられる存在でありたい。
「うん。楽しみにしてるね」
ようやく満開になったこの花を、無残に枯らせやしない。
お題:春爛漫
誰よりもずっとあなたを愛しているよ。
他の誰もかなわないと思うんだ。
一番近くにいるから、なんでもすぐに気づけるし、悩みがあったら誰よりも適切なアドバイスをしてあげられる。
いつどんなときでもあなたを見守っているんだから、当たり前でしょう?
ねえ、だからこっちを向いてよ。
絶対、今のあなたみたいな泣き顔なんてさせない。いつだって笑っていられるよう、どんなものからもあなたを守れるから。
だから、そんなろくでなしは捨ててしまえ。
そして今すぐこの想いを受け入れて。
ふたりで明るい未来を進んでいこう?
お題:誰よりも、ずっと
※BL表現がありますので、苦手な方はご注意ください。
彼の瞳を見つめると、水滴が一粒落ちた水面のように揺れたあと、すぐに目線を外してしまう。頬の赤さが、理由だ。
「恋人になっても、恥ずかしがり屋なのは変わらないねぇ」
「人に見つめられるのはそもそも苦手なんですって」
「恋人相手だと特に、ね?」
唇をとがらせてしまった。そういうところがたまらなく可愛いのだが、指摘したら意地でも直そうとするから言わないでおこう。
と、珍しく彼がまっすぐ見上げてきた。眉間がぷるぷるしているさまに吹き出しそうになりつつも、見守ることにする。
ああ、やっぱり彼の瞳には不純物が全くない。いくら観察されても不快にならないどころか、心の奥があたたかくなる。
「……あなたは全然平気ですよね。今のはわざとらしすぎましたけど、いつも全然余裕だし、考えてることも読めないし」
「そんなことないよ? 俺だって恋人に見つめられたら恥ずかしい! ってなるさ。顔に出してないだけで」
彼は納得のいかない表情をしていた。嘘のつけない性格だから、とても自分の言葉が信じられないのだろう。
人間の裏の感情だけでつくられたような場所で生きてきた自分に、彼の存在はとてもまぶしくて、まぶしすぎて、痛く感じることもある。
だからこそ大切で仕方なくて、できれば閉じ込めておきたい。
――もちろん、そんなことをしたら彼らしさが死んでしまうから、なんとか実行には移さないでいられるけれど。
頬を包み込んで、改めて正面から見つめる。ああ、口元がだらしなく緩んでいるかもしれない。彼と付き合うようになって自分もだいぶ変わった。
彼が小さく「ずるい」とつぶやいたのを見逃しはしなかった。
「ずるいってどういうこと?」
「そういう表情が、です」
「俺、そんなに変な顔してた?」
「おれでもわかるくらい……おれが、好きだって顔」
「それは仕方ないよ。だって本当に君がとても大好きで、愛しいんだもの」
呆れた台詞が、互いの唇の奥に消える。
再びの彼の視線からは、羞恥にまみれながらも確かな愛が伝わってきていた。
お題:君の目を見つめると
「それでいい」
一瞬気分が高揚したが、すぐにマイナス側へと下降する。
「ボス、せめてそれ『が』いい、素晴らしいって言ってくれません?」
すると、弱くだが頭をはたかれた。
「ひっど! 暴力反対!」
「お前なぁ、自分の実力見てから意見しろ!」
正論を突きつけるなんてずるい。なぜなら私はチーム唯一の落ちこぼれだから。組むパートナー皆がお手上げポーズを取り、あわよくばクビになりかけたところをボスが救ってくれた。
そう、口答えできる立場ではない。わかっている、わかっているけれど、もう少しモチベをあげてくれてもいいじゃないか!
「でもでも、最初の頃よりかは使えるようになったと思いません? 私、自分でもわかります」
まだボスのサポートが必要なものの、そこそこ難しい案件もこなせるようになってきた。
「アホ、調子に乗るな。俺の教えがいいからに決まってるだろ」
「むー、とことんまでツン対応ですか……まあ、その方が逆に燃えますけども」
なんだかんだ文句を垂れつつ、自分と同じ二十代ながら貫禄十分なボスが恩人なのは変わらない。なんなら尊敬だってしている。
早く一人前になって恩返しするのが、今の目標だ。
「ちゃんと見ててくださいよ! あっという間に優秀になっちゃいますからね」
力こぶを作る仕草とともに宣言してみせる。また調子に乗るな、なんて釘を刺されるかと思ったが、その読みは外れた。
「まあ、あまり焦るな。今のままのペースで、頑張ればいい」
控えめにも、少し悲しげにも見える笑顔を向けて、頭をひと撫でされた。
「ぼ、ボス?」
「よし、休憩終了。仕事一個片付けるぞ」
背中を向けたボスは、もういつもの雰囲気を纏い直していた。
お題:それでいい
※軽くBL表現がありますのでご注意ください。
「いやだ。信じない」
「だから、本当だって」
「わかった、僕をからかってるんだろ。お前、昔から友達となにか企むの好きだったし」
「それは、すまん。でも今のこれは違うぞ」
「やめろよ。だって、ありえない」
「本当だって!」
両肩をつかまれ、逃げ場がなくなる。せめて視線だけでもそらそうとするのに、彼がまっすぐこちらを見つめているのが嫌でも伝わってきて、逆らえなくなる。
――だって、何年、好きでいたと思ってる?
男に興味がないのは明白だった。
学生時代は他の友達の陰に隠れて、とにかく「何人かいる友達のうちのひとり」のポジションの維持に努めた。
仮に親友、なんて関係にでもなったら絶対耐えきれず告白してしまう。そうしたら待つのは関係の消失しかない。赤の他人に戻るのだけは嫌だった。
そう、彼からしたら特別目立つ存在ではなかったはずだ。
なのに、お互い社会人になるこのタイミングで、同窓会の帰りに、告白?
長年封印した、密かな願いが何の脈絡もなしに叶うなんて、物語としてもできすぎている。
「……そうだ。今日って確か、エイプリルフールだった」
ネットで盛り上がっていたのを思い出す。毎年くだらないとどこか呆れて眺めていたけれど、自分が体験する側に回るとは思わなかった。
「そうやって嘘だって思い込もうとしてるってことは、おれのこと嫌いじゃなくて、好きだから?」
肩を掴む力が、少し強まる。
「ち、ちが」
「ああ。エイプリルフールだから、それ、嘘ってことだな」
すぐ目の前に、彼の瞳がある。
唇があたたかい。口の中にもなにか湿った感触が――
「っな、にして!」
思わず突き飛ばしてしまった。もう展開に全然ついていけない。わけがわからない。
「もう一度言う。おれはお前がずっと好きだった」
距離を詰めて、まっすぐにこちらを見つめて、同じ台詞を告げられた。
「お前もおれが好きだよな?」
ばかみたいに前向きでな彼の、勝利を確信した笑みの前に、足掻きはもはや無駄だった。
お題:エイプリルフール