Ayumu

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1/27/2023, 4:27:44 PM

「ほら、横になってみて」
 繋がれたままの手を振りほどこうとしてみたが、やはり無駄に終わった。諦めて仰向けに寝転ぶ。
「……あ」
「気づいた? ここだけ木で覆われてなくて、空が見えるの」
 光の届きにくかった道中が嘘のように、青空が二人を見下ろしている。
 そういえば、空を意味もなく見上げるなんて、子どもの頃でもやっていなかった。
「ね、目を閉じてみて」
「ここで仮眠しろとでも?」
「違う違う。絶対後悔しないから」
 ここまで来たら半ば意地になって、ぎゅっと目を閉じた。しょせん意味がないとわかれば諦めてくれるだろう。
 呼吸が落ち着いてくると、周りの様子が少しずつみえてくる。
 木の葉同士が気まぐれに擦れ合い、かすかながら鳥の鳴き声も時々混じる。身体を撫でているのは風? 歩いているときは全く気づかなかった。それに直接光が当たっていなくても、地面はほんのり暖かい。
 眉間の力はいつの間にか抜けていた。眉間だけじゃない、全身を蝕んでいた余分な力さえも少しずつ浄化されているかのよう。
「気持ち、いいわねぇ」
 心の中を見抜かれた。
「自然って怖くもあるけど、優しくもあるのよね。いつだってありのままで、人間を迎え入れてくれる」
「優しい人間」とはまた違う。むしろ明確な意思を持たないからこそ、素直に全身を預けられるのかもしれない。
 ――だって、誰が悪かったのかなんてわからないから。むしろ犯人がいないからこそ、負の感情をどこにぶつければいいのかわからなくて、胸中でめちゃくちゃに暴れて……。
 やがて啜り泣く声がノイズとして混じり出しても、優しさはひとつも変わらなかった。


お題:優しさ

1/26/2023, 2:41:20 PM

 外から窓を打つかすかな音に気づいて、引手に手をかける。
 一本の街灯に、細かな雨粒たちが照らされていた。

 ――夜遅くに降る雨は、きらい。

 心を寄せてはいけないとわかっていて止められず、いろいろ失った哀れな過去の自分自身を思い出すから。
 求め続ければ、いつか神が気づいて奇跡を与えてくれる?
 馬鹿だ。現実は都合よく展開する物語じゃない。敢えてそんなふうに表現するとしたら「初めから未来は決まっていた」んだ。
 雨音と混ざってお決まりの四文字を何度も告げる声がよみがえる。涙か雨かわからない水を頬に滑らせながら向けられた揺れる双眸を思い出す。苦しみしか生まないぬくもりに最後包まれたことを
 力のままに窓を閉める。膝から崩折れた。目の奥が熱い、顎の奥が痛い、身体が震える!

 ――早く、早く過去にさせてよ。いつまで縛られないといけないの!

 ふたたびあの四文字が、頭の中でこだました。


お題:ミッドナイト

1/25/2023, 2:02:09 PM

 自分のように身寄りをなくしてしまった未成年たちを引き取って、朝から晩まで面倒を見てくれている「お母さん」。
 みんなにとって、あの人の笑顔はなによりの安心感を与えてくれる一番の薬。
 でもいつからか、自分から見るあの人の笑顔は一抹の不安を与える毒薬になっていた。
 どうして自分一人だけ? そういえばあの人からは得体の知れない気持ち悪さを早くに感じていた。赤の他人を無条件で引き取ってくれただけでもありがたいのに分け隔てなく優しくて、威圧的になることも変に遜ることもなく対等に見てくれて、非難するところなんてひとつもないはずなのに。
 今まで人の好意に裏切られてばかりだったせいかもしれない。そう考えても、納得できなかった。
「なにヘンなこと言ってるの! 院長先生すっごく素敵な人じゃない」
「僕はそんなふうに思ったこと全然ないなぁ……気のせいじゃない?」
 改めて訊いてみても答えは変わらない。そう思いたい、思いたいのにやっぱり、確かな警告音が頭のどこかで鳴っている。

「ねえ、ちょっといいかしら? あなたにぜひ見せたいものがあるの」

 皺の刻まれた、いつもの柔らかな笑顔。
 なぜだろう、その皺の数が少ないように見えたのは。
 自然と後ずさりしてしまったのは。 


お題:安心と不安

1/24/2023, 3:52:12 PM

 逆光で写る人の写真は、怖い。
 まるでその人の抱える闇を容赦なく暴いているみたい。
 このときはいつもあたたかい存在の太陽が、ひどくつめたく感じる。敢えて荷担しているみたい。
 写真は「真実を写す」――だから私は、写真が嫌いだ。


お題:逆光

1/23/2023, 4:20:08 PM

 目が覚めて身を起こすと、思わず目の端に指を置いた。

 泣いている……。

 内容ははっきりと覚えてはいない。けれどひどく悲しい夢を見た。きっと「身を引き裂かれる」というのはこういう感覚なのだろう。
 まるで大切ななにかと離ればなれにでもなってしまったかのよう、いや、それ以上の衝撃が全身にまとわりついている。

 そういえば、誰かに、必死に呼ばれていたような……。

 もっと思い出そうとした瞬間、胸元がきゅうと苦しくなって咄嗟に右手で押さえてしまった。警告でもされているような気分になるのもまた、不思議でたまらない。

 もう一度眠れば、また「誰か」に会える……?

 会わないといけない気がした。明確な理由もなしに思うことこそが、一番の証明だった。


お題:こんな夢を見た

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