戒め

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1/22/2026, 5:10:05 PM

『タイムマシーン』

「最近とあるゲームを始めまして。」

目の前に座る友人…、知人がこちらに話しかけて来た。
今の場面を説明するならば、お気に入りの喫茶店に入ってコーヒーなんかを嗜んでいたら、ちょうどバッタリと“俺の名前を知っている人“に出会い、そのまま相席をしている、という状況。無論説明されたところで何が理解出来よう、というほどの不思議な感じなのだか。

「ゲームですか?なんの?」

向かい合ってコーヒーを啜り、沈黙を過ごす…なんてのはどうしても避けたかったがために目の前の相手の話に乗ることにした。ずい、とわざとらしく前のめりになり、気になっている、とわかりやすいほどの目配せをした。

「これなんですが……」

相手は俺に一瞥もせず、そんなふうに呟くとゲーム画面の写ったスマホをテーブルの中心に置いた。見るからにただの牧場、シュミレーションゲーム、といったところだ。自分のペースで動物やら植物やらを育てて、まったりと生活をしていく…大方そんな感じだろう。幻想的な世界、非日常は魅力的に映るとはいえ…。

「ほう…、こういうゲームがお好きなんですか?」

またもやわざとらしく首を傾げる。話題が生まれた!と、餌に飛びつく魚のように、はたまた肉を食らう猛獣のように。

「好き?なんでしょうか。いえ、分からないのです。私はべつに、今に至るまでゲームにここまでハマったことは無くて、ですね。ただなんだかこのゲームには惹かれます。時間がある時には熱中してしまって、時間を忘れてしまうほど。」

どこか曖昧で、どこか不思議な答え方だ。コーヒーのカフェイン、苦味が到達してきて、少しずつこの状況に違和感を覚える。相手の話に頷き、答えながら、じっとりと視線を這わせた。

「このゲームには特別な魅力があるんでしょうね。なあに、そんなに焦らずともゲームに熱中してしまうなんて、今どきよくあるもんで__『違うんです!!!!違う、ちがうんです、ちがう。ちがう。』

ケラケラと笑いながら相手の不安そうな顔に対して、呑気な解釈をベラベラと語ろうとしたところ、不安にまみれた表情がうってかわり、どこか焦っている、しわくちゃで今にも泣きそうな顔に変貌した。そして声を張り上げている、ずっと、ずっと。

「…何かマチガエてしまいましたか。もしも怒らせてしまったのならすみません。もう少し詳しくお話を聞かせて貰えませんか。」

ひとまず相手を落ち着かせるべきだと考えて、ぐいと肩をおさえて、彼を椅子に座り直させる。

「……このゲームを始めてから、私は生きる気力を失いました。というより、そんな重い感情は無くて、ただ単にこの世界に生きる意味がわからなくなるんです。夜も、眠れず。」

「それなら、一緒に終わらせませんか。」

ふむ、と相手の相談に耳を傾けたあと、またぶっきらぼうに返してみる。この世界にこだわりなんてものはないし、そろそろ潮時だろうと思ってのことだ。

「えぇ?」

相手の方から心底理解できない、と言わんばかりの素っ頓狂な声が届く。いつも通りケラケラと笑って、
「じゃあ、ほら、会計を済ませてきますから、先に出て、良い場所を探しておいてください。」と。
相手に答える隙なんてのは与えずに、ジャケットを羽織り、財布を持って席を立つ。相手をみれば、本気なんだと行動から伝わったのか、一緒に終わる相手ができた安堵と少しの後悔でモヤモヤしているのが全て顔に出ている。俺はニヤリと笑って足早に会計をすませた。その間に相手が何とか覚悟を決め、店を出ていったのは見かけていたので、自分も早く向かおうと店を出る。店を出てすぐ前で相手が待っていたので、「良い場所はありましたか。」と聞くと、「ずっと決めていた場所があります、こちらへ。」と手を引かれる。
さっきまでと異なって涼しい顔をしていたから、もう平気にでもなったんだと思えば、繋いで手が震え、指先が凍えている。久々の人とのふれあいに少し暖かい気持ちを覚えながら、彼の言う“良い場所“に足を早める。

「ここです。良い眺めでしょう。」

彼が連れてきたのは、人通りの少ない、ちっぽけな町の片隅の、そのまた隅の建物の屋上だった。手を大きく広げて息を吸い、そんなことを言ってくるものだから、
「飛んだら見れなくなるのに」と、嫌味を言う。

「最後に綺麗な景色を汚したかったから。」

相手はそれだけを答えて、俺をジッと見つめる。

「そろそろ種明かし、してもらえませんか。私がゲームにハマったこと、あなたと会った時の親近感の正体」

「見当はついてたってことか。つまらない」
全部バレていたのか。やれやれと呆れたようにため息をついた。それからやっと相手と目を合わせた。

「君は、そっちの人なんだよね。俺もそうっちゃそうなんだけどさ。」
俺は彼のスマホを指さして答える。彼はゲームの中のキャラクターだ。そして俺もその内の1人。どうしてもその世界から抜け出して、人間の、現実の世界とやらで関わりたくなって。時空を弄って、だから多分、彼にうっすらと記憶が残ってしまったのだろう。

「飛んだとして、生きるのと時空がぐちゃぐちゃになるのと、元に戻れるのと、死ぬのと、どうなると思う?」
指を折り曲げて考える。自分がタイムマシーンの役割をしているため、一緒に飛び降りてしまえば答えは決まっているのだが。

「聞きませんよ、もう飛ぶって決めてますから、貴方がいますから、ね。」
震えてるくせに何を言ってんだ、と考えつつも、その覚悟を持っているやつを止める気はサラサラない。前の時空からもこうしてコッチに飛ぶことを決めたんだっけ。いつも相手がワガママで……、
考えてもどうしようもない昔話に脳みそを使いそうになった。ブンブンと首を振って、相手の手を取る。急な行動に目を丸くしていたが、お構いなくズンズンと足を進めれば、真剣な顔をしている。そのまま一緒に屋上の柵をこえて、その後は____。


町はずれ、ビルから転落した、
脳に異常のみられる2人組の遺体が発見されたらしい。
脳機関以外の問題はなく、人物の特定が不可能な程の容態であることぐらい。
ふたりは、どこにいったんだろうか。
本当にゲームの住人だったのか。それとも、

12/21/2025, 6:24:44 PM

「降り積もる想い」
とある男の手記

12月に入ってからは随分冷え込んで、もうすっかり冬のようです。文章を書いては捏ね回して、何とかこうとか言葉を進めようとするのを、自分のプライドだか何だかが邪魔をします。
私はこうも、文に貪欲だったろうか。こんなにも拘るべきものなんだろうか。書けば書くほどそんなことを考えて、気分がずっしりと重くなります。納得できるものは過去にありません。何度書いても上手くいかない。それを良いものだと感ぜられないのです。これが単に、自分の文である、という認識から来たものならなんら構わないのですが、もしもこれが文章から生まれた自尊心だったとしたら、今まで拘る理由なく続けていたものに、気づいたらふと、意味付けをしてしまっていたら、と考えてしまうのです。
無論、この真偽を確かめる術はありません。私は他人の作品に触れて、素晴らしい。感動した。と、感じることもしばしばあります。自分の表現を嫌うと言いますが、その文章を全て愛せずとも、ワンフレーズだけ、ここだけは上手く書けたろう、と思うこともあります。
気まぐれなこころの変化を感じながら、毎日筆を取ります。納得がいくまで、何回も何回も紙を棄てました。
私は文字書きでもなんでもない、ただの公務員なのです。毎日せっせと働いて、金を稼ぎ、何とか繕った時間で筆を取るのです。私が働く間、小説家は何を思うのだろう。きっと、書き方を学ぶ時間が充分にあって、本をたくさん読み、自分の技術へ費やすのだろうと思います。この印象が苦労なんかを考えようとせず、浅はかであるのは、あくまで、ただの一般的な、親に決められた未来を辿っている私の、単なる妄想だからです。こう比べてしまうと、またそれは私の腹の中が黒いことを示しているようで、自己嫌悪に陥ります。救いが見えませんでした。妄想だろうと、時の使い方の違うのを考えると、どうしようもなく悔しく、胸が濡れ雑巾のように絞られる心地がします。正直に、どうしていいか分からなくなりました。
勤勉に、熱心に働くことが人生の指標だったというのに、つい最近久しぶりに本を読んで、その楽しさを思い出してしまいました。中学生のころ、自分の書いた文章が絶賛されたのを思い出しました。
あれが単なるお世辞だったことは、頭で理解していても、堅苦しい未来を約束されていた私には酷く効きました。君の小説は面白いだの、君は素晴らしい小説家になれるだの、そういう言葉でした。1度思い出してしまってから、どうしようもなく脳みそに焼き付いて、どれだけ掻きむしろうと離れていかないのです。身体中をはいまわって、どうしようもなく支配しに来るのです。
私はとうとう耐えられなくなって、原稿用紙を買いました。筆を取りました。
今に至ります。私は、文章を書くに値しません。その道1本で生きる人に憧れていた。憧れてしまった人は、もはやただの観客なのです。私にはそう感じられました、私がその立場でした。それを脱却することが、どれだけの未来への不安に繋がることか、少し考えただけでも身が震えました。
私は後悔が怖い。未来が絶たれることが恐ろしい。臆病者で、誰に頼るとも出来ない。
それでも心の奥底で、どんよりと沈んだ沼のあとに、私の文字書きを続けたい想いもあったことでしょう。
この苦痛を他人のように私が話すのは、その終わりがまだ来ていないからなのです。
私は臆病者で、諦めが悪く、今日もただひたすらに自分の道を探っています。その生き方しかできません。その生き方が合っています。
ああ、手が悴んできました。もう冬ですね。ペンを持つのが辛くなる時期だ。
あなたは文を書くのが好きですか。
あなたは、どうか、自分の書くものを大切にしてください。
私のように苦悩しないでください。真っ直ぐに生きてください。
私は今日も、自分の苦悩との気まずい時間をやり過ごします。自己との乖離を感じながら、なんとか、なんとか生きて行くのでしょう。枯れて重なる葉っぱのように、降り積もる雪のように、私は自分の自尊心を折り畳みます。
来世は、自由な人でありますように。

12/10/2025, 3:11:00 PM

「ぬくもりの記憶」

冬が近づくと、まるで夏なんて初めからなかったかのように温度が急低下する。そんなはずはないのに、自分たちの過去、夏の記憶まで塗り替えられるような気がしてくる。
もとよりここはずっと冬だった、とでも空から告げられるような気持ち、夏の暑い暑いと叫んでいた記憶が遠のく気持ち。冬と夏では期間の長さもさほど変わらないだろうに毎年こんな気持ちを連ねてしまう。
しかし、毎年同じ気持ちで、同じ料理を食べ、同じように過ごす、それでは全くつまらない。私はいつも、この寒い時期になると何か一つの新しいことを始めるのだ。例を出すなら、一昨年はオセロを極めた。今では誰を相手にしても勝てるほど強くなったと言えるだろう。また、昨年は将棋をはじめてみた。これもまた、極めては負け知らずになってしまった。どちらも時間をかけてじっくりと進められるものだった。時間なら腐るほどあったからだ。こうして毎年毎年冬の時期は何かを極めるよう、目標を設定するようにと考えている。
今年は何をしたものか。左手で傍にあった将棋の駒をこね回し、右手を使って緑茶を啜った。そうして悶々と考えていたら、目の前の本棚に目が止まった。
今年は読書にしよう!神からの啓示でも受けたのかもしれない、パッと閃きが雷鳴のように頭を埋めつくす。キラキラと輝くそれを零さず、この閃きこそ利用すべきだ、新たな本を買うべきだと決意して家を飛び出す。晴れているとはいえ、防寒着なしでは寒い。町まで出たらすぐに本屋を見て、家に帰って来ようという算段だ。
目的地に着いた。冬の寒さなんて嘘のように街は明るく、昼近くに家を出たにも関わらず朝の忙しさが残っている。私はそそくさと本屋に入っては自分好みの本を吟味して、決まった本を見つけると支払いを済ませて足早に外に出た。気に入った本を腹に抱え、満足感の高い気持ちでガヤガヤとする街をぶらぶらと歩く。普段なら絶対にしないだろうに、今だけはこの空気に浸っていたいと思った。私はなぜだか、この街にいる間だけ、嘘のように寒さを忘れられるような感じがしていた。
何年通っていてもここのやさしい記憶は塗り替えられず、夏を乗り越え、秋を過ごし、今では冬すらも越えようとしている。街を知らずひとりで過ごしていた時には、四季から時間の流れを感じるたび寂しい気持ちになるのを堪えていた。それが今ではその必要が全く無い。いつ誰が来たとしてもここは暖かく迎え入れてくれる。どこまでもぬくもりがあって、どんな問題児だろうと受け入れるのだろうと思う。この街はいつまでも永遠で、私はこの街を愛し、ぬくもりのある場所として記憶することだろう。

両利きで、ボードゲームが得意で、つまらないことが大嫌いな問題児にだって。
例えその問題児が、歳をとれずに街の始まりから終わりまでを見届けることになったとしても。
ここはただひたすらにあたたかく、豊かで、人々に冬を越える勇気を与えるのだ。

12/9/2025, 11:34:05 PM

「凍える指先」

こんなのはおかしい。間違っていない、何も間違っていないはずだというのに、外は1面雪に覆われ美しい花なんてのは一切顔を出していない。木々が揺れ、吹雪が家の窓を叩き、ただひたすらに私の後悔を深く滲ませて、それが現実だと意識させる。
今より二日ほど前のこと。なめらかで暖かい風が流れて、心地よい晴れの日が続いていた。庭の花も美しく咲いて何もかもが順調で、幸せとはこの事かと思うほどに。この時から、今に繋がる片鱗はあったのかもしれない。部屋に飾っていた花が萎れて、少しだけ冷たい風を吸った記憶がある。ただそれをよくあることだと深く受け止めていなかった。
その日はなんだか眠気が迫るのが早くて、いつもより2、3時間ほど早く布団に入った。そろそろ寒くなりそうな雰囲気に辟易しながらまぶたを閉じる。
今思えば絶望の前日だ。二日前の片鱗などないくらいに朝からぼかぽかと暖かかった。だから油断していた。空気が澄んで、気分が高揚して、とにかくとても楽しい気分で。滅多にしないくせに料理なんかに手を出して、その日は確か、ハンバーグを焼いた。子供らしいと笑われてしまうかもしれない、はにかむような幸せそうな笑顔のあのひとに、私の脳裏に浮かんだあのひとに。
どれだけ愛しく想ってみても、どうにも思い出せない。脳みそが拒む、記憶を掘り返すことが悪だとでも言うように。悶々としたまま次の日の朝になった。絶望の日の朝。今日は朝から肌寒い感じがして、いつもよりずっと早くに目が覚めてしまった。寝るのが遅かったせいか、寝不足でふらつくのを何とか抑えて、洗面台で顔を洗った。目が覚めると段々頭も冴えてくるようで、着替えて朝食をとる間はハッキリと意識があった。冬のような寒さに驚いて窓を見る。冴えた頭でさえ何も入ってこなかった。本の数時間前まで雨すら降っていなかったはずだ。それにもかかわらず、いまでは雪が1面を埋めている。外は出れば凍るんじゃないかと思うほどに寒そうで、温度が下がっている。
………………………ああ、思い出した。
机の上の花瓶を見た時、私が1番見たくないものを、無意識のまま遠ざけていたことを知った。この凍えた指先は、喉元はいつになったら暖まってくれるだろうか。
どうして急に身を案じ始めたのか、自分が何を思い出したのか。私の春は、私の暖かさは、私の妻のものだと気付いてしまった。
またいつ春が来るのかわからない。きっともう二度とあの暖かさは戻ってこないのだろう。それでも、今やっと窓の外の吹雪が少し弱まったのを感じた。