戒め

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「ぬくもりの記憶」

冬が近づくと、まるで夏なんて初めからなかったかのように温度が急低下する。そんなはずはないのに、自分たちの過去、夏の記憶まで塗り替えられるような気がしてくる。
もとよりここはずっと冬だった、とでも空から告げられるような気持ち、夏の暑い暑いと叫んでいた記憶が遠のく気持ち。冬と夏では期間の長さもさほど変わらないだろうに毎年こんな気持ちを連ねてしまう。
しかし、毎年同じ気持ちで、同じ料理を食べ、同じように過ごす、それでは全くつまらない。私はいつも、この寒い時期になると何か一つの新しいことを始めるのだ。例を出すなら、一昨年はオセロを極めた。今では誰を相手にしても勝てるほど強くなったと言えるだろう。また、昨年は将棋をはじめてみた。これもまた、極めては負け知らずになってしまった。どちらも時間をかけてじっくりと進められるものだった。時間なら腐るほどあったからだ。こうして毎年毎年冬の時期は何かを極めるよう、目標を設定するようにと考えている。
今年は何をしたものか。左手で傍にあった将棋の駒をこね回し、右手を使って緑茶を啜った。そうして悶々と考えていたら、目の前の本棚に目が止まった。
今年は読書にしよう!神からの啓示でも受けたのかもしれない、パッと閃きが雷鳴のように頭を埋めつくす。キラキラと輝くそれを零さず、この閃きこそ利用すべきだ、新たな本を買うべきだと決意して家を飛び出す。晴れているとはいえ、防寒着なしでは寒い。町まで出たらすぐに本屋を見て、家に帰って来ようという算段だ。
目的地に着いた。冬の寒さなんて嘘のように街は明るく、昼近くに家を出たにも関わらず朝の忙しさが残っている。私はそそくさと本屋に入っては自分好みの本を吟味して、決まった本を見つけると支払いを済ませて足早に外に出た。気に入った本を腹に抱え、満足感の高い気持ちでガヤガヤとする街をぶらぶらと歩く。普段なら絶対にしないだろうに、今だけはこの空気に浸っていたいと思った。私はなぜだか、この街にいる間だけ、嘘のように寒さを忘れられるような感じがしていた。
何年通っていてもここのやさしい記憶は塗り替えられず、夏を乗り越え、秋を過ごし、今では冬すらも越えようとしている。街を知らずひとりで過ごしていた時には、四季から時間の流れを感じるたび寂しい気持ちになるのを堪えていた。それが今ではその必要が全く無い。いつ誰が来たとしてもここは暖かく迎え入れてくれる。どこまでもぬくもりがあって、どんな問題児だろうと受け入れるのだろうと思う。この街はいつまでも永遠で、私はこの街を愛し、ぬくもりのある場所として記憶することだろう。

両利きで、ボードゲームが得意で、つまらないことが大嫌いな問題児にだって。
例えその問題児が、歳をとれずに街の始まりから終わりまでを見届けることになったとしても。
ここはただひたすらにあたたかく、豊かで、人々に冬を越える勇気を与えるのだ。

12/10/2025, 3:11:00 PM