『タイムマシーン』
「最近とあるゲームを始めまして。」
目の前に座る友人…、知人がこちらに話しかけて来た。
今の場面を説明するならば、お気に入りの喫茶店に入ってコーヒーなんかを嗜んでいたら、ちょうどバッタリと“俺の名前を知っている人“に出会い、そのまま相席をしている、という状況。無論説明されたところで何が理解出来よう、というほどの不思議な感じなのだか。
「ゲームですか?なんの?」
向かい合ってコーヒーを啜り、沈黙を過ごす…なんてのはどうしても避けたかったがために目の前の相手の話に乗ることにした。ずい、とわざとらしく前のめりになり、気になっている、とわかりやすいほどの目配せをした。
「これなんですが……」
相手は俺に一瞥もせず、そんなふうに呟くとゲーム画面の写ったスマホをテーブルの中心に置いた。見るからにただの牧場、シュミレーションゲーム、といったところだ。自分のペースで動物やら植物やらを育てて、まったりと生活をしていく…大方そんな感じだろう。幻想的な世界、非日常は魅力的に映るとはいえ…。
「ほう…、こういうゲームがお好きなんですか?」
またもやわざとらしく首を傾げる。話題が生まれた!と、餌に飛びつく魚のように、はたまた肉を食らう猛獣のように。
「好き?なんでしょうか。いえ、分からないのです。私はべつに、今に至るまでゲームにここまでハマったことは無くて、ですね。ただなんだかこのゲームには惹かれます。時間がある時には熱中してしまって、時間を忘れてしまうほど。」
どこか曖昧で、どこか不思議な答え方だ。コーヒーのカフェイン、苦味が到達してきて、少しずつこの状況に違和感を覚える。相手の話に頷き、答えながら、じっとりと視線を這わせた。
「このゲームには特別な魅力があるんでしょうね。なあに、そんなに焦らずともゲームに熱中してしまうなんて、今どきよくあるもんで__『違うんです!!!!違う、ちがうんです、ちがう。ちがう。』
ケラケラと笑いながら相手の不安そうな顔に対して、呑気な解釈をベラベラと語ろうとしたところ、不安にまみれた表情がうってかわり、どこか焦っている、しわくちゃで今にも泣きそうな顔に変貌した。そして声を張り上げている、ずっと、ずっと。
「…何かマチガエてしまいましたか。もしも怒らせてしまったのならすみません。もう少し詳しくお話を聞かせて貰えませんか。」
ひとまず相手を落ち着かせるべきだと考えて、ぐいと肩をおさえて、彼を椅子に座り直させる。
「……このゲームを始めてから、私は生きる気力を失いました。というより、そんな重い感情は無くて、ただ単にこの世界に生きる意味がわからなくなるんです。夜も、眠れず。」
「それなら、一緒に終わらせませんか。」
ふむ、と相手の相談に耳を傾けたあと、またぶっきらぼうに返してみる。この世界にこだわりなんてものはないし、そろそろ潮時だろうと思ってのことだ。
「えぇ?」
相手の方から心底理解できない、と言わんばかりの素っ頓狂な声が届く。いつも通りケラケラと笑って、
「じゃあ、ほら、会計を済ませてきますから、先に出て、良い場所を探しておいてください。」と。
相手に答える隙なんてのは与えずに、ジャケットを羽織り、財布を持って席を立つ。相手をみれば、本気なんだと行動から伝わったのか、一緒に終わる相手ができた安堵と少しの後悔でモヤモヤしているのが全て顔に出ている。俺はニヤリと笑って足早に会計をすませた。その間に相手が何とか覚悟を決め、店を出ていったのは見かけていたので、自分も早く向かおうと店を出る。店を出てすぐ前で相手が待っていたので、「良い場所はありましたか。」と聞くと、「ずっと決めていた場所があります、こちらへ。」と手を引かれる。
さっきまでと異なって涼しい顔をしていたから、もう平気にでもなったんだと思えば、繋いで手が震え、指先が凍えている。久々の人とのふれあいに少し暖かい気持ちを覚えながら、彼の言う“良い場所“に足を早める。
「ここです。良い眺めでしょう。」
彼が連れてきたのは、人通りの少ない、ちっぽけな町の片隅の、そのまた隅の建物の屋上だった。手を大きく広げて息を吸い、そんなことを言ってくるものだから、
「飛んだら見れなくなるのに」と、嫌味を言う。
「最後に綺麗な景色を汚したかったから。」
相手はそれだけを答えて、俺をジッと見つめる。
「そろそろ種明かし、してもらえませんか。私がゲームにハマったこと、あなたと会った時の親近感の正体」
「見当はついてたってことか。つまらない」
全部バレていたのか。やれやれと呆れたようにため息をついた。それからやっと相手と目を合わせた。
「君は、そっちの人なんだよね。俺もそうっちゃそうなんだけどさ。」
俺は彼のスマホを指さして答える。彼はゲームの中のキャラクターだ。そして俺もその内の1人。どうしてもその世界から抜け出して、人間の、現実の世界とやらで関わりたくなって。時空を弄って、だから多分、彼にうっすらと記憶が残ってしまったのだろう。
「飛んだとして、生きるのと時空がぐちゃぐちゃになるのと、元に戻れるのと、死ぬのと、どうなると思う?」
指を折り曲げて考える。自分がタイムマシーンの役割をしているため、一緒に飛び降りてしまえば答えは決まっているのだが。
「聞きませんよ、もう飛ぶって決めてますから、貴方がいますから、ね。」
震えてるくせに何を言ってんだ、と考えつつも、その覚悟を持っているやつを止める気はサラサラない。前の時空からもこうしてコッチに飛ぶことを決めたんだっけ。いつも相手がワガママで……、
考えてもどうしようもない昔話に脳みそを使いそうになった。ブンブンと首を振って、相手の手を取る。急な行動に目を丸くしていたが、お構いなくズンズンと足を進めれば、真剣な顔をしている。そのまま一緒に屋上の柵をこえて、その後は____。
町はずれ、ビルから転落した、
脳に異常のみられる2人組の遺体が発見されたらしい。
脳機関以外の問題はなく、人物の特定が不可能な程の容態であることぐらい。
ふたりは、どこにいったんだろうか。
本当にゲームの住人だったのか。それとも、
1/22/2026, 5:10:05 PM