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8/4/2024, 11:17:45 AM

「いいよ、話してみて。面白かったことでも『つまらないことでも』」
「……つまらなかったこと、でもいいんですか」
「もちろん。お前の話ならなんだっていいから」

嬉しいんだよ、と柔らかに細められる眦が告げている。
頭を撫でる手もいつもよりゆるやかで急かすこともなく。
あたたかな手のひらがいいよと許してくれるから。

「……やきもち、妬きました」

そろりとすべり出した声は少しだけ震えてしまったけれど。

「あなたの手が触れるのは僕の頭だけでいいと思いました」

絶対に言うまいと思っていた次の想いは詰まらずに、素直に溢れて。

「あの、……っ、」

拾われることなく落ちていった言葉を端を眺めながら、撫でるのが止まってしまった手を見上げて、息を呑む。
左手は僕の頭そのままに、右手で口元を覆って顔を逸らしている横顔。左耳がこんなうす暗がりでも分かるほど、赤くて、こちらまで飛び火して頬が熱くなるのを感じた。

「なにかいったらどうですか」

いつも以上に突慳貪な言葉にようやく隣の彼からくつくつと笑う声が零れ出してきて。

「いや、あの、思ったより嬉しかったからさ」

ぐしゃぐしゃとやや力任せな左手がまだ僕の頭を撫で散らかしていく。

「ごめんな」

振り払おうとした手は、まるで猫の愛情表現のようにゆるやかに閉じられる双眸に阻まれて、ああ、やっぱり好きなのだと自覚するしかなかった。

8/3/2024, 12:20:54 PM

ゆるやかに揺蕩っていた意識を取り戻しながら、ああ、寝ていたのかと今ある状況を理解し始めていた。
少しの間だけ、瞬きをゆっくりめにしていただけで寝てしまうほど疲れていたらしい。
実際毎日毎日朝から晩まで練習で。
こっちはくたくただというのに更に自主練だと騒ぐ馬鹿共の声にげんなりしつつ、同じように足を向けてしまうくらい自分も馬鹿になってしまったのだろう。
結果、消灯を過ぎても上手く寝付けないくらいに冴えてしまって、水分補給をしようと自販機に来たのだった。

「…ったた」

簡易ベンチでうたた寝してしまい、身動いだ身体のあちこちから悲鳴が聞こえる。
背中を伸ばそうとして、そこでようやく重みに気付いた。

「なんで……」

だらりと足を投げ出し、薄いベニアの背もたれと僕の肩に体重を預けて眠る彼。
ここに来た時は一人で、約束をした訳でもないのに。
寝心地は僕の身体が知っての通り、大変よろしくはないが、彼も疲れているのだろう、腕を組んだままぴくりとも動かない。
静かだ、と思った。
聞こえるのは左隣の自販機のモーター音、遠くの虫の声、そして右肩から僅かな寝息。
いつもと違う髪型だからか、快活に動く眼差しがないからか。今までにない、存外幼い印象を受けて。
ふと、嬉しい、と。
自覚して。

どくり。

身体の中心が嫌な悲鳴を上げた。
ああ、だめだ。顔も手のひらも熱くなっていくのが分かる。
その上を冷えてしめった汗が浮かんで。
ああ。
早る心臓が聞こえてしまわないように。
『目が覚めるまでに』どうか、どうか。

8/1/2024, 12:39:16 PM

梅雨も明け。
夏真っ盛り。
週間天気予報なんて日々気温を元気に上げていくくらいだ。
ぱっきりと色を分けた青空と緑葉の窓の外。
これまた蝉がこちらなんてお構いなしでその生命を叫んでいる。
感化されたわけじゃない。
だけど。
今こうしている間にも、君にいいひとが出来て、隣にいられることも出来なくなるかもしれなくて。
だから。
『明日、もし晴れたら』なんて約束自体無効である。
それでも。

「なあ、明日さ、なんも予定なかったらさ」

メッセージじゃ社交辞令のようで。
直接目の前でなんて聞けなくて。
震える手でなんともないように声をかけた。

7/31/2024, 12:30:09 PM

物理的な距離に離された僕らは。
少しでも間を埋めようと日々些細なことで繋ぎ止めることに必死だ。

「みてみて、でっかい入道雲」
「夏ですね。今日は特に暑かったので、冷やし中華を食べました」
「お、じゃあ俺も夜冷やし中華にしよう」

他愛のないメッセージを送り合って。
時にはスタンプだけで会話して。
それでもどうしても。
ぬくもりが欲しくて電話して。
余計に後で寂しくなると分かっているのに。

「なんで来たんですか」

平日のど真ん中。
世間の休みまではあと2日以上ある。
なのに。
嬉しいのに。嬉しいはずなのに。

「『だから、一人でいたい。』…って言ったのに」
「それでももう、ひとりじゃいられないんだよ」
お互いに。
抱きあう時の隙間すら煩わしいくらい。
息を吸うのすら惜しんで。
ただ、ただ。
お互いを求めてしまうだけ。

7/30/2024, 2:12:47 PM

先輩と後輩。
へらず口憎まれ口は変わらずにあれど、互いに尊重し合っている関係。
今もそう。
恋人というにはまだ青くて、友人と呼ぶには熟れた時間。
かち合った視線が間を置かずにからみ合うようになって。
『澄んだ瞳』からじわりじわりと欲が滲みだして、とろりととけ始めたあたりが食べごろの合図。

「おいしくたべてね」

なんて不敵に笑ってみせるその虚勢もただのスパイス。
両手におさまる距離の贅沢さに今も眩暈を起こすほど、慣れちゃいない。
ぐらりぐらり、こちらの欲が溢れて。
いくら愛を告げても枯れやしない。

「こちらこそ、おいしくたべてね」

ふはりと笑って額を合わせて、いただきます。

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