ただまっしろなまま。
だれにもなににもそまらないまま。
そんな存在になれたら、と。
ねがっていた『無垢』な想いは、いつのひか。
あなたをあらわす色をほしがっている。
定時よりも少し過ぎた仕事終わり。
揺られる電車に震える連絡。
『お疲れ様!今から帰るよ』
なんてことない報告と『つかれた』と寝そべる猫のスタンプ。
そんな些細なことですらゆっくり噛み締めて。
『僕も今帰りの電車です』
簡潔な言葉にすぐに既読が付いて。
『駅で待ってて、いっしょに帰ろ!』
今度は喜び跳ねるスタンプにこちらも同じくスタンプで返した。
家を中心に反対方向にある駅から待ち合わせ。
帰りには夕食の材料を買って、二人ならんで。
月明かり、ひとの目を盗んで手を繋ぎ。
早く休みになればいいね、なんて口にして。
互いが名も身分もなく安らげる帰路に就く。
これが『終わりなき旅』であるならば。
この上ない幸せなのに。
あの人の言う『ごめんね』は「いいよ」と同じ意味であることが多い。
些細な言い合いもすれ違いも
「俺が悪かった、ごめんね」と引いてしまうし。
こちらのわがままも甘えも
「好きにしていいよ」と許されてしまう。
そんなの愛じゃないと言ったところで
「ごめんね、俺にはこれしか分かんないや」
へらりと笑っている。
そういうところが嫌いだった。
「ごめんね」も「いいよ」も俺のことは気にしないで、と距離を置かれているようで。
喧嘩をしてもその度にお互い少しずつ歩み寄って、
二人のかたちを作っていくものじゃないのだろうか?
思っていても口下手な僕は何も言えずに、代わりに涙が溢れてくる。
泣かれている理由も分からず慌てながら「ごめん、ごめんね」な、しきりに繰り返す姿。
(寂しいんだよ)
「…分かれよばか」
嗚咽に交じる悪態も、この人じゃなければ。
ついこの間までダウンコートにブレザー、セーターの下にカッターシャツそしてヒートテック、マフラーと寒いのが苦手なあなたはいつももこもこと着込んでいたのに。
慌ただしく過ぎていく季節はもう夏の日差し。
からりとした薫風ではなく、梅雨前のじわりとした湿度を含んだ空気。
まるで北風と太陽のように、俺には脱がせなかった服を一枚、もう一枚と軽々しく剥いでいく。
露わになった、すらり引き締まる白い二の腕をにじんだ汗がつたって。
くらくらとした目眩は暑さではなくて、いっそ暴力的な『半袖』にやられる。
きっと無防備な仕草はこちらが伝えても変わらないのだろう。
一夏以上の暑さと欲の我慢比べ。
「なあ、あれってなんだっけ」
「あれじゃ分かんないですね」
今年初めての30度超え。
本格的な暑さはまだまだこれからなのに。
じわじわと肌にはりつく湿度に早くも冬が来ないかとつい八つ当たりのような声が出た。
「ほら、あれ」
つい、と長い指が指し示す先にはグラウンドで走る姿。
「あー…今度体育祭なんで。その練習ですね」
「ご苦労なこった」
両足を投げ出し、後ろ手をついて。そんな思ってもいないようなことを遠くから眺めて言ったって。
汗掻くことも、がむしゃらになることも。そういうのは自分には合わない、向かないなんて思っていたのに。
「走る時にさ、『天国と地獄』が流れると盛り上がるよなー」
「それはあなただけでしょ」
そっか、とからから笑う姿すら眩しくて。
早く冬にはなって欲しいのに。
こういう時間は止まって欲しいなんて。