~2作品~
潮の香りがするバス停から少し歩き石階段を登った先には、樹齢何年だろうかと思うような立派な松が生い茂り、そこを抜けるとまるで別世界のように広がる青い海。
腰をおろし広がる青と白を眺めながら、打ち寄せる波の音を聴いた。
遥か昔より、何も変わらない景色だろう、しかし彼方に見える船影のみが現代である事を教えてくれる。
ゆっくりと流れる船は何処へ行くのだろうか?
この波は何処から来たのだろうか?
どれほどそこにいたのだろうか、気がついた頃には赤く染まり出した景色を名残惜しく思いながら歩き出した。
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子供だった頃の記憶は年を重ねるごとにだんだんと少なくなってしまうものだ。
そして大人が子供だった頃は何を考え何を感じていたのか?
私は幼い頃、強く思った事を覚えている。
早く大人になりたい
それを強く願った。
そんな事を言う私に祖母は
「みんないつかは大人になるから大丈夫よ」
と笑いながら幼い私を膝に乗せてくれた
しかし、幼い頃の私が大人になった今そんな思いは真逆になっている
今では全てが懐かしい
夕方友達と別れ家に向かう道で嗅いだカレーの香りや、家族と共にした祖母と母の手料理
父のおおきな背中を洗い、ゴツゴツとした指で洗われた頭の感覚
祖父の布団のぬくもり
変わらないものはない、時の流れで全てが皆等しく変化し、大好きな祖父母は天へと登り、大きかった父の背中はいつしか小さく感じ、母はいつからかおばあちゃんとなっていた
しかし、唯一変わらない物があるとしたなら家族を思う気持ちだろう
~未編集~
キラキラとしたクリスマスカラーに彩られた繁華街を、イヴの夜を満喫するカップル達が歩いている
賑やかな繁華街の裏路地では、特別な夜を楽しむカップル達のために、ごうごうと音を鳴らしながら動きまわるエアコンの室外機達、そんな中で私は油のついた紺いろの防寒作業着に身をくるみ機械とにらめっこをしていた
油で汚れた腕をすこしまくり、時計の針を見れば普段ならリビングで家族とテレビを眺めながらちびりちびりと発泡酒を楽しんでいたであろう時を指していた
事の発端は、一日の業務がだいたい終わり、少しもて余した退社までの時間、初めて出来た彼女と過ごすクリスマスイヴのデートプランを鼻息荒くにやにやと語る後輩の話しを聞いていた時だった
残り数分でタイムカードを切れるなと、時計をみていると事務所の電話が鳴り響いた
この時間に鳴る電話は大抵よろしくない知らせだ、電話を取った人間のほうに視線を向けると、肩をがっくりと落としながら
「先週定期点検に入った○○町のイタリアンレストランでガスエアコンがトラブってるみたいです…」
誰かしらの残業が確定する一報だったようだ
そのエリアのメンテナンス担当は目の前にいる後輩のようで「まじっすか…」とひどく疲弊していた
先ほどまでの幸せそうな表情から一変し、まるでこの世の終わりのような顔になるのを見ていると心が締め付けられ、
ついつい、私が行くから大丈夫だと言ってしまった
電気エアコンよりもガスエアコンの方が複雑なうえ、経験がないと中々対処に困る場面も多い
そんな悪いからいいですよと言われたが50手前のおっさんにはクリスマスなんて関係ないよと返しながらロッカーから防寒着と作業道具を取り出し作業車に向かって歩いた
背中の方で後輩がありがとうございますと大袈裟に喜んでいたのを聞くと少し誇らしい気持ちになれた
空気は澄みわたり夜空に浮かぶ星達がいっそうに輝きを灯す季節
商店街のあちらこちらを飾るクリスマスツリーには、色とりどりに輝く宝石のような光りが、普段は少し寂しく感じるような街並みを、楽しげな雰囲気へと変える
そんな楽しげな景色の中、肌を突き刺すような風に少し後悔していた
昨夜、「明日は冷えるから玄関に手袋とカイロを出しておいたよ」と祖父が用意してくれていたのにも関わらず、朝の微睡みの中では布団のぬくもりが私を縛り付け、気付いた時には慌てて家を飛び出し、せっかくのまごころも忘れてしまっていた
昼は大学の講義中にもうとうととするほどに暖かかった為すっかり失念していたが、バイトを終え、買い物に商店街へ寄り道をしたこの時間には、布団の誘惑に負けた自分を悔やむ結果となってしまった
建物の間を走り去る冷たい風は、一刻も早く家に帰り暖かいこたつをと思いを急がせるのだが、あまりの寒さに目の前にある古ぼけた喫茶店に暖を求めて入った
店内に入ると、まるで昭和で時が止まっているようだが、年老いた店主のみが現代である事を証明するようにカウンターの中に佇んでいた
自分以外に客はおらず、なんとなくカウンター席に腰を落ちつけコーヒーを注文した
暖かな店内でサイフォンの中を浮き上がるコーヒーをゆったりと眺めていると、先ほどまで縛り付けられていた身体がだんだんとほぐれていくような心地よさを感じる
芳ばしいコーヒーを楽しみ、店内にかかるジャズのBGMに心を委ね一時の安らぎを堪能していると
「今日は帰りが遅いですが大丈夫ですか?」と祖父からのメールが入った
祖父は72歳にしてスマートフォンを父と一緒に覚えはじめ、以前では電話をしてきたが、最近ではなにかとメールを送ってくるようになり、飼い猫の写真や散歩中に見つけた季節の写真や動画なども送れるほどに使いこなしているようだ
今日はそんな祖父の誕生日、私の用意したプレゼントを喜んでくれるだろうか
夕日の差し込む車の中で柚子を片手にふと思った
母親とまともに会話をしなくなったのはいつからだろうか?
思い返せば中学生の頃だっただろうか
私が物心付いてからの記憶は常に母と二人の生活だった
母親は清掃の仕事や農家の手伝い、居酒屋の手伝いなどであくせくと働いていた、小さな頃から見ていたその姿は自分にとっての当たり前の姿であり全ては当たり前の生活だった
私は小さな頃から物分かりのよい子だとよく誉められ、私も無理なおねだりやお願いなどはあまりしなかった
しかし、私が中学生の頃に友達が持っていた携帯を母親にねだったのだが、母からは「ごめんなさい、、」との一言だった
私はそんな一言にひどく傷ついた、普段言わないわがままを言っただけなのに、母親に期待を裏切られ、自分の置かれた環境や今の生活を再認識させられたようで、なんとも情けないようなひどくやるせない気持ちになった
ついカッとなり、母に自分の不幸は全て母のせいだと罵倒した
母親が泣きながら許しを請う姿に気付いた時には、自室に駆け込んでしまった
それ以来だろう、母親との会話に気まずさを覚え、母から声をかけられても避けるよになってしまったのは
最初は自分が母に言ってしまった言葉の気まずさが半分、母親を許せないと思ってしまう気持ちが半分
そんな状態が長く続いてしまい、いつしかその状態が当たり前になってしまった
他県の大学に進学してからは、長期休みもバイトに明け暮れ、たまに来る母親からの連絡も一切出ずにいた
社会人になってからは、メールにて近況などはたまに送るようにしていたが、「たまには顔を見せて下さい」などと言われ、その度に仕事の忙しさを理由に無理だとばかり返信していた
商談で訪れていた取引先の事務所にて、仕事の話しが終わりゴルフの話やらなんやらと中々帰らせてくれない相手と歓談をしながら時計をちらりと見て、そろそろ失礼しますと切りだそうとした時に、年輩の女性事務の方から「頂いた物ですがよかったらどうぞ」とビニールに包まれた柚子をみっつほどもらった
社用車に乗り込みもらった柚子を助手席に乗せると、車内に広がる柚子の香りにふと懐かしい気持ちになった
私が小さな頃に、母がもらってきた柚子を湯船に浮かばせ、二人でひとつの柚子をつついた事を思い出した
決して贅沢な生活など無かったが、とても贅沢な記憶
柚子をひとつ手に取り胸いっぱいに柚子の香りを楽しんだ
憂鬱な月曜
朝から隙間なく詰め込まれた電車にゆられ、会社に着けば週末に起こった地震の影響で、トラブルが山のように寄せられており一息つく暇もなく業務をこなす
昼下がりの午後、気分転換にコンビニで買った少々季節外れの冷たい缶コーヒーとサンドイッチを片手に、近場にある噴水広場のベンチに腰を下ろす
コーヒーを口にし、一息吐き出した所でだらりと背もたれに体を任せ疲労した首を反らす
ふと見上げた景色には、晴れ渡り雲ひとつなくどこまでも青く広がる空間
この数時間の息苦しさを忘れ、全ての思考を停止させた
気がつけば、午後の業務を知らせる携帯のアラームが鳴り名残惜しい気持ちを抱きながらも立ち上がる