野田

Open App
1/30/2026, 2:14:54 PM

長い影が砂浜を流れ、濃い潮風を受けながら一騎の武者が駆ける。
後ろには馬を急かす郎党たちがこちらに叫ぶように呼び掛けるが、徐々に波音へと呑まれていく。

まだ見えぬ敵の軍勢は荒波のように乱れ我先にと舟へ殺到していた。
だがその混乱の波の外にただ一騎の若武者だけが悠然と馬を浜へと進めていた。

郎党の声が波の音に呑まれ一騎黒い愛馬を操りながら進むと、光り輝くような見事な白い毛並みの馬に跨がる鎧の武者がこちらに気づき、先へと駆け出す姿が視界に入った、

咄嗟に弓を構え、声を張って呼び止めると駆け出した武者が手綱を緩め、静かにこちらへと向き直る。
その潔い気配に馬の足を止め弓をおろした。

やはり見事な鎧兜、名のある武将と思い、名乗りを上げる。

「熊谷次郎直実!武蔵国熊谷の者だ、さぞ名のある武士とお見受けするが、何処のお方か!」

武士は一瞬だけ逡巡し、吐き捨てるようにいい放った。

「貴様のような下賤な者に名乗る名などない!」

あまりに唐突な返答に思わず息を呑んだ。
だが、それ以上に驚いたのは鎧に不釣り合いなほど若い声だった。

そして次の瞬間、若武者は白馬の腹を蹴りこちらへと駆け出した。
あまりにも潔い威勢に、こちらも太刀を掲げ馬を走らせる。
砂を巻き上げるたびに、太刀を握る手に力がこもる。

互いの馬の鼻息が聞こえ、振り下ろした太刀が重なった。
だが、太刀から伝わる感触は思う以上に軽かった。
軽い、あまりにも軽い。

若武者は太刀の衝撃に耐えきれず、白馬の背から振り落とされ、砂浜へ叩きつけられた。
砂が大きく舞い、主を失った白馬は名残惜しげに歩を進めていた。

馬を止め、世界が冷たくなるのをかんじながら歩みよった。

太刀越しに伝わったのは、老齢の武将のものとは程遠く、鍛え抜かれた兵のものとも違った。
まれに稽古で相手にした息子と同じような手応えだった。

倒れた若武者は必死に身を起こそうと、鎧の隙間から砂をこぼし肩を震わせている。
それでも太刀だけは離すまいと握りしめていた。

兜が傾き、表情は窺えないが、若武者の腰元には戦場には似合わない見事な笛が揺れていた。

「…まだ、終わっていない…!」

若武者は震える声で、それでも必死にいい放い、力なく太刀を持ち上げた。

潮風が吹き抜け、じっとりとした汗が張り付く。

太刀を打ち払い、脇差しを手に若武者へ手をのばした。
兜を外すと想像以上に若く、とても少年とは思えない少女と言われても見間違うような透き通った美しい顔立ちだった。

おそらく軍勢からはぐれ逃げ遅れたのであろう、そう考えると、ふと息子の顔が脳裏をよぎる。

先日戦場で足に矢を受け、痛みに泣きじゃくった息子の姿--

その記憶が胸を締め付け、思わず声を落とした。

「‥‥じきに郎党の物がくる、その前に、お行きなさい」

だが若武者は震える声でさけんだ。
「武士が一度名乗りを受け相まみえれば、敵に背を向けることなどありえぬっ!」

その言葉は、恐怖を押し殺した必死の武士としての名乗りだった。
いつしか握りしめた脇差は小さく震えていた。

郎党の声が徐々に聞こえだした。
何とか言えばわからず押し黙ってしまった私に、若武者は全てを悟ったように

「私の首をとれ、あなたの手柄とするがよい」



戦場で涙を流す事など、一度も無かった

どれほどの死を見ても、どれほど血を流しても

武士とは、そうあるへぎだと信じてきた。

しかし--しかし、今はなぜか…。




~~

昨日書きそびれた私の好きな平家物語の敦盛です。これが伝えたかったこと、今日お届けします。

1/29/2026, 12:23:20 PM

I LOVE JAPAN

1/28/2026, 12:06:50 PM

街へ向かう道すがら、ふと気になって駅に向かう住宅街にぽつりとある古びたアンティークショップに入ってみた。

向かう先は決まっていたが休日の買い物で大した用事でもなく、通勤時に何度か店前を通り気にはなっていたが店が開いている時間に通りがかった事は無かったので好奇心に吸い寄せられたのだろう。

ちりんと軽快な音と共に店内へ入ると先程まで歩いていた日本らしい町並みとはうってかわりまるで異世界にでも迷い混んだようなアンティークの西洋家具や雑貨、埃っぽいがどこか懐かしさを感じる匂い、奥のカウンターにはこのお店で一番古いのではないだろうかと思うほどの老店主がいた。
店主はこちらに気が付くと「いらっしゃい、ゆっくり見ていってね」とにこやに告げるとまた何か作業に戻った。

ぺこりと会釈で返し作業に戻った老店主から乱雑だかどこか整理された不思議な店内にふたたび意識を向けた
視線を吊るされた椅子や蓄音機やらタイプライター中々見る事のない物に好奇心を向けていると、丸いテーブルにごちゃごちゃと置かれた小さなガラス細工達に視線が吸い込まれた、白鳥や小鳥などを模した物から馬や猫の形のものなど様々置かれていた。
しかし1つだけ明らかに違和感を感じる物があった、意識せずに見れば犬の見えるのだが良く見ると馬なのである、犬なのかな?と思いながら見れば犬に、馬にも見えるなと思えば馬にも見える、なんとも不思議な細工である。
そんなくだらない事を考えていると足に紐付けされた値札に気が付く、800円と手書きで書かれた値札を見るとこの不思議なガラス細工を手に取って老店主の元へ向かっていた「気に入って頂けましたか?ありがとうございます」となんとも柔らかな物腰にこちらも「あまりにキレイなのでつい」と微笑んでいた

支払いを済ませ店を後にすると、これから買い物に向かう事を思い出し余計な荷物が増えた事を少し後悔した。

それから数日後にまたアンティークショップの前を通りがかったが店は相変わらず閉まっていた。





1/27/2026, 1:58:26 PM

優しさとはなんだろう。

僕には幼なじみがいた、彼とは幼い頃から共に多くの時間を過ごした。
はじめて出会った時の事は覚えていない、共通の古い友人は何人もいるが、気がついた時には彼とはお互いに誰かにお互いの事を幼なじみだと紹介する、言葉にして確認したことなど無かったがそれが彼と僕の関係だった。

彼とは幼い頃からよく遊び色々な思い出がある、住宅の隙間を探検してみたり、公園の遊具を船にみたてて海賊ごっこをしたり、時には母親に怒られ泣く彼を慰めたり慰められたりする事もあった。

中学校の頃には二人で教師に噛みついてみたり共通の友人を交えて遊びに出かけたりした。
僕はファッションに興味はなかったが彼はお洒落に目覚めており服屋さんが好きで、週末は金魚のふんのように彼に付いて回り色々な服屋さんを巡ったりしていた。

高校に入る頃にはお互いに違う学校へ進み部活や新たな出会いや恋愛などで共に過ごす機会も少なくなり始めた、それでも何かあればお互い寄り添い励まし時には注意しあえる存在だった。 
部活の先輩にいじめられた事がありその時は大人に相談出来ず彼に相談したことがあった、僕は連日呼び出されあれやこれやと理不尽な事をされており、普段ならある程度の事であれば耐えていたが連日となると本当にまいってしまい彼に涙ながらに愚痴をこぼした。
彼は涙を流し何でもっと早く言ってくれなかったんだと同情してくれた、あの時ほど人に救われたと思う事は無かった、彼のおかげで顧問に相談することができ僕はあの苦痛の日々から解放された。

大学へ進む頃になると彼は夢のアパレル関係仕事の為に地元を離れ東京へ行く事になり、僕はやりたいこともなく地元に残る事に、その時はなんとも心細く感じた。

しかし、それ以降も関係性は変わらず長期休暇になり地元に戻って来た際はどれだけ離れていようとどれだけ時間が空いても昨日も一緒にいたかのようにお互いの近況報告や馬鹿話に連日花を咲かせていた。
彼が東京に出て一度だけ道を踏み外してしまいそうになった事がある、きっかけはサークルの先輩だったが、連日クラブ通いや当時は問題になる前だったが、一部の若者に流行ってしまっていた脱法ハーブ、彼からその事を聞いた時には本当に悲しかった、僕は彼の昔からの夢、それのために努力していた彼をずっと見ていたから、そして彼はそんな人間じゃないだろうと思っていたからだ、だからあまりにも悲しくて悔しくて涙ながらに彼にやめるようにとお願いした、僕は自分に出来ない努力をする彼を本当に尊敬していたんだ、僕の意外な反応に戸惑っていたがそれ以降はハーブに手を出す事は無かったようだ

更に時は流れ、お互いが社会人になり彼は東京で夢であるアパレル関連の企業に就職し、僕は地元でクラゲのような生活をしていた、連絡を取ることも少なくなったがそれでも関係性は変わらず、地元に戻る事があれば連日共に飲み歩いたり、こちらが暇な時は東京の彼の家へ転がり込んでみたりと変わらない日常があった

世間を漂っていただけの僕もある程度歳を重ねると仕事に本腰を入れるようになり、彼もひとつふたつと出世をし、お互いに生活は仕事一色になっていった、以前よりさらに空白が生まれるようになったりもした、それでも時折どちらかがふと思い出しては連絡を取り互いを訪れた、本当に不思議だが彼と会えば空いた時間など全く気にならないのだ

そんなふうにずっと続くと思っていた



通いなれた出勤通路、当時住んでいたアパートから会社まで近いこともあり自転車で向かっていた

気が付けばICU、麻酔で朦朧とする頭で何がなんだかわからなかった。

数日後に警察からスマホを操作しておりこちらに気が付かなかった車にはね飛ばされたのだと聞かされた


それ以降僕の世界は変わってしまった。


両親には誰にも言わないで欲しいと伝えそこから長期入院生活、一年近くかかりやっとの思いで退院するが以前のように軽い足取りはなく車椅子での退院だった。

そこからはあまりにも苦しい日々が続いた、人生でもっとも悪い日々だった。
以前のような日常は送れず車椅子の僕を見る人達の視線に怯え、塞ぎ込み全てを諦め閉じ籠ってしまった。

そんなある日彼から連絡がきた、それ以前にも連絡はあったが気付かぬふりをしてやり過ごしていた、その時はなぜ出たのかわからないが彼と話をした、久しぶりに電話越しに聞く彼の声はあの時のままで安心した、開口一番に連絡の取れない僕を軽く責めながらも近々地元に帰るから時間を空けておくようにと伝えてきた、少し悩んだが素直に彼に現在の状態を伝えた、そんな彼はいつものように泣いてくれた、本当に彼は優しいのだ。

だがその優しさは荒んだ心にはあまりにも沁みてしまうのだ、それはとても苦痛を伴う優しさだ。

その時は本当に精神的に追い込まれていた、優しさを受けとる余裕も無いほどに、それに彼には夢がある幼い頃から抱いていた大事な夢だ。

だから僕は彼に返せる最大限の優しさを返さなければならなかった。

それ以来彼と連絡を取ることは無くなった。

12/26/2023, 1:33:57 PM


~2作品~




潮の香りがするバス停から少し歩き石階段を登った先には、樹齢何年だろうかと思うような立派な松が生い茂り、そこを抜けるとまるで別世界のように広がる青い海。

腰をおろし広がる青と白を眺めながら、打ち寄せる波の音を聴いた。

遥か昔より、何も変わらない景色だろう、しかし彼方に見える船影のみが現代である事を教えてくれる。

ゆっくりと流れる船は何処へ行くのだろうか?

この波は何処から来たのだろうか?

どれほどそこにいたのだろうか、気がついた頃には赤く染まり出した景色を名残惜しく思いながら歩き出した。


------------------


子供だった頃の記憶は年を重ねるごとにだんだんと少なくなってしまうものだ。

そして大人が子供だった頃は何を考え何を感じていたのか?

私は幼い頃、強く思った事を覚えている。

早く大人になりたい

それを強く願った。

そんな事を言う私に祖母は

「みんないつかは大人になるから大丈夫よ」

と笑いながら幼い私を膝に乗せてくれた


しかし、幼い頃の私が大人になった今そんな思いは真逆になっている

今では全てが懐かしい

夕方友達と別れ家に向かう道で嗅いだカレーの香りや、家族と共にした祖母と母の手料理

父のおおきな背中を洗い、ゴツゴツとした指で洗われた頭の感覚

祖父の布団のぬくもり

変わらないものはない、時の流れで全てが皆等しく変化し、大好きな祖父母は天へと登り、大きかった父の背中はいつしか小さく感じ、母はいつからかおばあちゃんとなっていた

しかし、唯一変わらない物があるとしたなら家族を思う気持ちだろう


Next