野田

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長い影が砂浜を流れ、濃い潮風を受けながら一騎の武者が駆ける。
後ろには馬を急かす郎党たちがこちらに叫ぶように呼び掛けるが、徐々に波音へと呑まれていく。

まだ見えぬ敵の軍勢は荒波のように乱れ我先にと舟へ殺到していた。
だがその混乱の波の外にただ一騎の若武者だけが悠然と馬を浜へと進めていた。

郎党の声が波の音に呑まれ一騎黒い愛馬を操りながら進むと、光り輝くような見事な白い毛並みの馬に跨がる鎧の武者がこちらに気づき、先へと駆け出す姿が視界に入った、

咄嗟に弓を構え、声を張って呼び止めると駆け出した武者が手綱を緩め、静かにこちらへと向き直る。
その潔い気配に馬の足を止め弓をおろした。

やはり見事な鎧兜、名のある武将と思い、名乗りを上げる。

「熊谷次郎直実!武蔵国熊谷の者だ、さぞ名のある武士とお見受けするが、何処のお方か!」

武士は一瞬だけ逡巡し、吐き捨てるようにいい放った。

「貴様のような下賤な者に名乗る名などない!」

あまりに唐突な返答に思わず息を呑んだ。
だが、それ以上に驚いたのは鎧に不釣り合いなほど若い声だった。

そして次の瞬間、若武者は白馬の腹を蹴りこちらへと駆け出した。
あまりにも潔い威勢に、こちらも太刀を掲げ馬を走らせる。
砂を巻き上げるたびに、太刀を握る手に力がこもる。

互いの馬の鼻息が聞こえ、振り下ろした太刀が重なった。
だが、太刀から伝わる感触は思う以上に軽かった。
軽い、あまりにも軽い。

若武者は太刀の衝撃に耐えきれず、白馬の背から振り落とされ、砂浜へ叩きつけられた。
砂が大きく舞い、主を失った白馬は名残惜しげに歩を進めていた。

馬を止め、世界が冷たくなるのをかんじながら歩みよった。

太刀越しに伝わったのは、老齢の武将のものとは程遠く、鍛え抜かれた兵のものとも違った。
まれに稽古で相手にした息子と同じような手応えだった。

倒れた若武者は必死に身を起こそうと、鎧の隙間から砂をこぼし肩を震わせている。
それでも太刀だけは離すまいと握りしめていた。

兜が傾き、表情は窺えないが、若武者の腰元には戦場には似合わない見事な笛が揺れていた。

「…まだ、終わっていない…!」

若武者は震える声で、それでも必死にいい放い、力なく太刀を持ち上げた。

潮風が吹き抜け、じっとりとした汗が張り付く。

太刀を打ち払い、脇差しを手に若武者へ手をのばした。
兜を外すと想像以上に若く、とても少年とは思えない少女と言われても見間違うような透き通った美しい顔立ちだった。

おそらく軍勢からはぐれ逃げ遅れたのであろう、そう考えると、ふと息子の顔が脳裏をよぎる。

先日戦場で足に矢を受け、痛みに泣きじゃくった息子の姿--

その記憶が胸を締め付け、思わず声を落とした。

「‥‥じきに郎党の物がくる、その前に、お行きなさい」

だが若武者は震える声でさけんだ。
「武士が一度名乗りを受け相まみえれば、敵に背を向けることなどありえぬっ!」

その言葉は、恐怖を押し殺した必死の武士としての名乗りだった。
いつしか握りしめた脇差は小さく震えていた。

郎党の声が徐々に聞こえだした。
何とか言えばわからず押し黙ってしまった私に、若武者は全てを悟ったように

「私の首をとれ、あなたの手柄とするがよい」



戦場で涙を流す事など、一度も無かった

どれほどの死を見ても、どれほど血を流しても

武士とは、そうあるへぎだと信じてきた。

しかし--しかし、今はなぜか…。




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昨日書きそびれた私の好きな平家物語の敦盛です。これが伝えたかったこと、今日お届けします。

1/30/2026, 2:14:54 PM