優しさとはなんだろう。
僕には幼なじみがいた、彼とは幼い頃から共に多くの時間を過ごした。
はじめて出会った時の事は覚えていない、共通の古い友人は何人もいるが、気がついた時には彼とはお互いに誰かにお互いの事を幼なじみだと紹介する、言葉にして確認したことなど無かったがそれが彼と僕の関係だった。
彼とは幼い頃からよく遊び色々な思い出がある、住宅の隙間を探検してみたり、公園の遊具を船にみたてて海賊ごっこをしたり、時には母親に怒られ泣く彼を慰めたり慰められたりする事もあった。
中学校の頃には二人で教師に噛みついてみたり共通の友人を交えて遊びに出かけたりした。
僕はファッションに興味はなかったが彼はお洒落に目覚めており服屋さんが好きで、週末は金魚のふんのように彼に付いて回り色々な服屋さんを巡ったりしていた。
高校に入る頃にはお互いに違う学校へ進み部活や新たな出会いや恋愛などで共に過ごす機会も少なくなり始めた、それでも何かあればお互い寄り添い励まし時には注意しあえる存在だった。
部活の先輩にいじめられた事がありその時は大人に相談出来ず彼に相談したことがあった、僕は連日呼び出されあれやこれやと理不尽な事をされており、普段ならある程度の事であれば耐えていたが連日となると本当にまいってしまい彼に涙ながらに愚痴をこぼした。
彼は涙を流し何でもっと早く言ってくれなかったんだと同情してくれた、あの時ほど人に救われたと思う事は無かった、彼のおかげで顧問に相談することができ僕はあの苦痛の日々から解放された。
大学へ進む頃になると彼は夢のアパレル関係仕事の為に地元を離れ東京へ行く事になり、僕はやりたいこともなく地元に残る事に、その時はなんとも心細く感じた。
しかし、それ以降も関係性は変わらず長期休暇になり地元に戻って来た際はどれだけ離れていようとどれだけ時間が空いても昨日も一緒にいたかのようにお互いの近況報告や馬鹿話に連日花を咲かせていた。
彼が東京に出て一度だけ道を踏み外してしまいそうになった事がある、きっかけはサークルの先輩だったが、連日クラブ通いや当時は問題になる前だったが、一部の若者に流行ってしまっていた脱法ハーブ、彼からその事を聞いた時には本当に悲しかった、僕は彼の昔からの夢、それのために努力していた彼をずっと見ていたから、そして彼はそんな人間じゃないだろうと思っていたからだ、だからあまりにも悲しくて悔しくて涙ながらに彼にやめるようにとお願いした、僕は自分に出来ない努力をする彼を本当に尊敬していたんだ、僕の意外な反応に戸惑っていたがそれ以降はハーブに手を出す事は無かったようだ
更に時は流れ、お互いが社会人になり彼は東京で夢であるアパレル関連の企業に就職し、僕は地元でクラゲのような生活をしていた、連絡を取ることも少なくなったがそれでも関係性は変わらず、地元に戻る事があれば連日共に飲み歩いたり、こちらが暇な時は東京の彼の家へ転がり込んでみたりと変わらない日常があった
世間を漂っていただけの僕もある程度歳を重ねると仕事に本腰を入れるようになり、彼もひとつふたつと出世をし、お互いに生活は仕事一色になっていった、以前よりさらに空白が生まれるようになったりもした、それでも時折どちらかがふと思い出しては連絡を取り互いを訪れた、本当に不思議だが彼と会えば空いた時間など全く気にならないのだ
そんなふうにずっと続くと思っていた
通いなれた出勤通路、当時住んでいたアパートから会社まで近いこともあり自転車で向かっていた
気が付けばICU、麻酔で朦朧とする頭で何がなんだかわからなかった。
数日後に警察からスマホを操作しておりこちらに気が付かなかった車にはね飛ばされたのだと聞かされた
それ以降僕の世界は変わってしまった。
両親には誰にも言わないで欲しいと伝えそこから長期入院生活、一年近くかかりやっとの思いで退院するが以前のように軽い足取りはなく車椅子での退院だった。
そこからはあまりにも苦しい日々が続いた、人生でもっとも悪い日々だった。
以前のような日常は送れず車椅子の僕を見る人達の視線に怯え、塞ぎ込み全てを諦め閉じ籠ってしまった。
そんなある日彼から連絡がきた、それ以前にも連絡はあったが気付かぬふりをしてやり過ごしていた、その時はなぜ出たのかわからないが彼と話をした、久しぶりに電話越しに聞く彼の声はあの時のままで安心した、開口一番に連絡の取れない僕を軽く責めながらも近々地元に帰るから時間を空けておくようにと伝えてきた、少し悩んだが素直に彼に現在の状態を伝えた、そんな彼はいつものように泣いてくれた、本当に彼は優しいのだ。
だがその優しさは荒んだ心にはあまりにも沁みてしまうのだ、それはとても苦痛を伴う優しさだ。
その時は本当に精神的に追い込まれていた、優しさを受けとる余裕も無いほどに、それに彼には夢がある幼い頃から抱いていた大事な夢だ。
だから僕は彼に返せる最大限の優しさを返さなければならなかった。
それ以来彼と連絡を取ることは無くなった。
1/27/2026, 1:58:26 PM