『それでは、今日も街の平和を守りきったヒーローから! ひとことお願いします!』
テレビ画面には、爽やかな笑顔の青年が映っていた。身にまとう黒い特殊スーツはぼろぼろで、ところどころ焦げ跡がついている。
レポーターからマイクを向けられても、慣れているのだろう、青年は堂々とした様子で答えた。
『えー、いつも同じことを言って恐縮ですが。
世界中の誰もがみんな、安全で安心な生活を送る権利があります。
それを守ることこそが、僕らの使命です!!』
彼が言い終えるやすぐに周囲から盛大な拍手が起こって、「いいぞー!」「ありがとー!」なんて彼を讃える声がいくつも上がった。
画面の奥には、普通自動車くらいのバカみたいな大きさのトカゲが仰向けに転がっているのが見える。
それは、突如街に現れるようになった、正体不明の怪物たちのうちの一体だった……。
わたしが病室に入ったとき、兄はまだテレビを見ていた。
「……呆れた。はやく寝ないと、治るものも治らないよ」
そう言ってリモコンでテレビの電源をぷつりと切ると、兄は「あっ」と声を上げた。
「なんで消すんだよ。俺の勇姿が放送されてたのに……っ痛てて」
振り返る兄のその顔は、今日怪物を倒したヒーローその人。
兄はかっこよくインタビューを受けたのち、この病院に担ぎ込まれたのだった。……まあ、いつものことだ。
「今日は骨折してるんだから。安静にしなきゃ、お兄ちゃん」
「肋骨と脚だけだろ、すぐに治して復帰してやるさ」
「……そっか」
ずっと聞きたくても聞けないことがあった。
ねぇお兄ちゃん。
この仕事いつまで続けるの?
いつも全身ぼろぼろになるのに?
ねぇ、お兄ちゃん。
『誰もがみんな安全で安心な生活を送る権利がある』って言うけど。
その『みんな』には、お兄ちゃん自身は含まれないの……?
『誰もがみんな』
「では、花束のイメージを決めましょう。贈られるお相手の性別や、ご年齢を教えていただけますか?」
「あっ……」
フラワーショップのカウンターで店員さんに尋ねられて、僕は言葉に詰まった。
店員さんは鉛筆片手に、感じの良い笑顔で僕の言葉を待っている。
僕は何も知らない。
あのひとの性別も年齢も。
ーーちょうどそっちに行くからさ。よかったらお茶でもいかがですか。
SNSで知り合った人だ。
長い付き合いだけど、今日までお互い本名も聞かず、写真も求めず、通話をしようとも言い出さず。
ただ文章のやりとりだけで、つながり合えていると思っていたが。
「……よかったら、こちらのおすすめの花でお作りしましょうか?」
黙りこくる僕を見かねたのか、店員さんが助け舟を出してくれた。
「いや、すみません。おすすめも素敵ですけど、やっぱり……」
ちょっと早いけれど、花束を持って待ち合わせの場所に立つ。日曜日の昼下がりは街の人通りも多い。
作ってもらった花束は、ピンクのバラを中心に、白いダリアとかすみ草の入った上品なものになった。
「あっ……これ、第一印象『ピンクの花束を持った男』になっちゃうやつ……」
僕は今更そんなことに思い至って、ちょっとだけ後悔しながらも待ち合わせの時間を待つのだった。
『花束』
※ SNSで知り合った人と会うことにはリスクが伴います。人目の多い場所や時間を選ぶなど、くれぐれもご注意の上行動ください。
『どこにも書けないこと』
ものを書く人は、数えきれないほどの『どこにも書けないこと』を隠し持っているからこそ、表出する『書けたこと』が魅力的になるのではないかなあ、なんて思います。今日も寒いですね。
朝起きて。
愛用の腕時計を見ると、時計の針が凄まじい速さで逆回転していた。
「これはッ……!?まさか!世界の時間が巻き戻っているとでもいうのッ??!!!」
なんとなく漫画みたいに大袈裟に叫ぶと、腕時計から返事が返ってきた。
「そんなわけあるか」
「えっ」
「他の時計を見てみろよ」
他の時計は、普通に動いていた。
テレビをつけると、いつも通りの朝のニュース。
昨日試験がありました。
未明の火事は鎮火しました。
詐欺の犯人捕まりました……。
「別に時間は巻き戻ってないね」
「言ったろ、おれだけだって」
ぶっきらぼうな私の腕時計の針だけが、相変わらずぐるぐると逆回転していた。
「……いろいろ気になることはあるけどさ。まず、なんであなただけが逆回転してるんだろ?」
「……そうだなあ。もしかすると、どこかの誰かが『時計の針を巻き戻したい』って、強く願ったんじゃないか?」
「えぇ……その人が望んだのって、こういうことじゃなくない? しかも何で私の腕時計なのさ」
「知らね。単に、願いを聞いたやつが適当だっただけだろ」
私は釈然としないまま、でも遅刻をする方が一大事なので、普段通りに家を出た。
その日ふと気がつくと、時計の針は元通りに戻っていて、それ以来腕時計に話しかけても返事が返ってくることもなくなった。
『時計の針』
愛しい人への溢れる気持ちを手紙に綴ったら、便箋30枚もの超大作になった。
「というわけで。先生、添削お願いします」
「えっ、どういうわけ???」
小さな指導室で、国語科を専門とする女性教師はぽかんとした。
「真面目な君がラブレター書くぐらいだもの、応援したいけど……
えっ、でもこれ先生読んでいいやつ? このまま相手の子に渡したらだめなの?」
「や、こんな手紙をそのまま渡した日には、きっと『文章は長けりゃいいってもんじゃない、やり直し』って、すげなく突き返されると思うんです」
「……なかなかシビアな子に恋をしてるのね。わかったわ、それじゃあ失礼して……あっ」
「さっそくどうしました?」
「……この出だしの『あなたは僕にとっての女神であり、天使であり、大輪の薔薇であり、野に咲くたんぽぽであり……』、ああこれまだ続いてる!」
「はい、つかみは大事ですよね!」
「いやいやいやいや!要素をあれもこれも欲張りすぎよ、びっくりした」
「ええ……ここは相手の方の多方面にわたる魅力を表していて」
女性教師は頭を抱えた。
「どれかに絞りなさい……!」
◇
「疲れた……便箋30枚が奇跡的に5枚になった」
「ありがとうございます、先生!」
「まあ、でもこれで大丈夫。胸を張って渡してきなさいな」
「はい!……それでは。どうぞ」
男子生徒は、5枚の便箋を女性教師に差し出した。
「えっ?」
教師は、目を丸くした。
「先生、これが僕から先生への気持ちです。あれをそのまま渡してたら、『長すぎる』って言って読んでくれなかったでしょう?」
「……ええ、でしょうね」
「でもこの方法なら、短い手紙に収まりきらない溢れる気持ちも、もれなくぜーんぶ読んでもらえます! ね?」
『溢れる気持ち』