甘々にすっ転べ

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11/20/2024, 8:51:33 PM

初めて行った結婚相談だったのに、何故か今は手を引かれ真向かいのファミレスへ。

「あの...」

「さっきのご要望もう一度聞かせてください」

それなら。

「母に勧められて」

「お相手に対して何か希望は?」

「特には。優しい人が良いです。」

「失礼ですけど、お幾つですか。」

「21です。母も同じ歳で結婚したのに、私はまだでお恥ずかしい。」


さっきも同じ話をしたのに。
どうしてまた同じ事を聞くの。

「じゃあ。聞くけど。」

そしておねぇさんの態度が変わる。


「デザート何食べたいですか?」

ガサっとメニュー表を開いて、どれでも良いですよと言う。

「じゃあ、これで。」

選んだのはショートケーキ。

「何でこれですか。チョコは嫌い?」

嫌いじゃないけど、ショートケーキを選んだ理由は沢山ある。


「言ってみてください。」

「な、にをですか」

「チョコレートケーキが嫌いな理由。」

「…嫌いじゃ無いです」

「じゃあ好き?」

「好きじゃありません。」

「好きなの有りません?抹茶のアイスとか有りますよ?」

「え。」

「ん?」

「ケーキの話じゃないんですか」

何か間違いでも犯したのかと慌てると、おねぇさんがニィと唇を上げて笑った

「デザートの話ですよ。」

そこからおねえさんの質問責めが始まった。

アイスはあまり食べない?
ーはい。
ケーキはホール?ピース?
ー多分、両方
自分で選んだ事ある?
ーあ、ありますっ。
選択肢何個有りました?
ー二択ですけど。
ホールとピースが有るのにたった二択?
ー私が選ぶ時は大抵、でも家族はちゃんと選んでますよっ。

「じゃあ、今は?」

おねぇさんがデザートのページを人差し指で、ぐるっと囲う。

「私とあなただけ。デザートの候補はアイス、わらび餅、ケーキ、パンケーキ、プリン、パフェ…どれにします?お腹空いたぁ。」

「ーーパフェ、にします。」

「どれにします?」

「苺の、こっちが良いです。」

「これは?こっちも苺ですよ?」

「…ヨーグルト苦手で、」

「でもそのパフェ小さいですよ。」


おねえさんがやけに食い下がる。
小さくても良い。

「だって、可愛いじゃないですか。」


そうして私はパフェ、おねえさんはパンケーキをお願いして待つ。

「聞いても良いですかね、最初のケーキの件ですけど。」

何だろう、と思いつつ頷いた。

「何故、ショートケーキを選んだんですか。」

理由ならいっぱい有る。
でも、言えるわけが無い。

「書きます?」

おねえさんが鞄からコピー用紙を取り出した。
そんな物、普通持ち歩きますか。
私も、持った方が良いのかな、


「ああ、私何でも紙に書かないと気が済まない性質なので、気にしないで良いですよ。紙の一枚二枚。資源になるだけですから。」

「はぁ、」

私はおねえさんに促されて、ショートケーキを選んだ理由を書き始めた。
書けば11個もあった。

そして、そのどれもが"私の事"じゃなかった。

「お姉さん働いてますよね。」

「はい。」

「自分へのご褒美にアイス買った事ない?」

「有りますよそのくらい。」

「それって、お家で食べられる?」


私は、いいえと答えた。

「じゃあ、聞きますけど。」

「はい。」

「お姉さん、結婚したい?」

「…し、」


お待たせ致しましたぁー、とお願いしたデザートが届く。
美味しそうっ、とはしゃぐおねぇさんを前に私は動けないでいた。

「パフェ食べないんですか?」

「わ、たしに食べる権利はあるんでしょうか、」

「お姉さんが食べたくて選んだ可愛いパフェですよ?」

私はテーブルで二つに畳まれた紙を見る。


「ね、お姉さん。」

「はい?」

「あんたのママはあんたが美味しそうにパフェを食おうがあんたへの態度は変わらない。こんな仕事してるとよく聞く話ですけど、あんたのママは、あんたがショートケーキ大好きだって信じきってるよ。でしょ?」


それは、そうですけど。

「パフェ要らないですか?欲しく無いなら私食べますよ。そんな小さいの余裕で入りますっ。」


私は、スプーンを手に取った。
おかしいな、強張ってる。
そしてひとくち、ほんのちょっとだけ...そう言い聞かせて食べた生クリーム。

「美味し?」

「…おいしぃ、っ」

「もう一個頼みます?」

私は首を振って断った。

「もう少し食べてから考えます。」


あっという間に食べ終わった小さいパフェ。
こんなものに、私は一体何を見てたんだろ。

これはパフェで。
生クリームで、バニラアイスで、コーンフレークで、苺と苺シロップの只のパフェでしかない。


食べ物に罪は無い、って本当なんだ。


「あの、」

「はい。何のご用でしょうか?」

「私。やっぱり結婚したいです。」

「御相手へのご要望は?」

「私、の…好きな物を覚えてくれるひと、が良いです。でも、そんな人居ますかね、」

「さぁ。それは今から探しましょう。それより、次のデザート何頼みます?今度こそ好きなケーキ食べましょうよっ。」


私は、たった1回だけ食べたチーズケーキを選んだ。


「美味しぃ、」


ーーーーー

「毎年、誕生日のケーキがファミレスのデザートなんて安上がりだなぁ全く。」

「良いんですっ。」

「パフェと、チーズケーキね。はいはい。」

「もうっ、ちゃんと理由が有るんですよっ。」

「知ってますーっ。その話、何万回も聞きました。俺を妬かせて楽しいですか。」

「へへっ。楽しいですっ。」

あの時のとは全然違う苺パフェになったけど、今食べてる苺パフェもチーズケーキも美味しいですっ。

「保育園のお迎えが二人だって知ったらあいつら跳ねて喜ぶな。」

「…子供の全力の突進を受け止めるのも、母親の役目つ、」

「いやいや、無理すんな。そこは俺の役目、俺がやるっ。」

「私と体重変わらないのに、」

「筋力違うからっ。」

「ジャムの蓋、開けられなかった」

「それは、俺も情けないと思ってるけどっ、あのジャムも悪い。」

「ジャムは悪く無いですっ。」


だって、食べ物に罪は無いじゃないですかっ。



10/22/2024, 3:32:10 PM

#殴り込んで思い出させる事にした。



自我の発生した瞬間を覚えている

暫く生きて
情緒はぶっ壊れ

触り心地はザラメの様で
ザラザラとチクチクと触れた指が痛んだ

ぶっ壊れ情緒に
健やかな命の表層に触らせてくれたのは
自分より余程小さい四つの生き物で

さらさら ふわふわ ぬくぬく

しかし他人事
ガラスの向こうで見る命達の話だと思っていた

ああして
"生きている振りをすれば良い"のだな
伴わない言葉と動作は存外簡単に身に付いた

そこにガラスをぶん殴る猛者が現れた

此方もまさか割れるとは思わなかった

ぶっ壊れ触り心地の悪い情緒に掴み掛かり、
あまつさえぶん殴る奴が居るとは思いもしなかった

「痛ぇ...」

その日、自分の指先に
皮膚があり神経があり血が流れている事を自覚した。

どこかの誰かじゃない
自分がアバターとして動かしているのでもなく
この身体こそが自分で、
身体の消失が存在の消失へ繋がる

命は自分にも宿っていた


「まじか。」

そんな大層な物が自分にも有ったとはー…

思いもしなかったな…

命は大事だろ。
知ってるか。
お前も、命持ってんぞ。

見てみろよ。
それ、人間の手だぞ。
お前、人間だったぞ。

命を大事にしろと唱える人間様のひとりだったぞ
笑える話だよな
でも、大事にして良いんだぞ。


「安い綺麗事のくせに、そうだな。」

「ああ、だろ、?」





10/17/2024, 9:03:07 AM

【化け物との触れ合い方】

1理解し合えると思ってはいけない
翻訳された言語ですら未だ不確実な部分があり、確実性は五分五分で曖昧とすら言える。

2立ち向かってはいけない
勝ち負けに固執する個体も多く、勝ちを得るまで凶暴性は停止しない。

3壊れて良い物だけを与える
自他の境界線が曖昧な為、目に付く物は端から破壊される可能性がある。

以上を踏まえ、
事故や怪我の無いようお願い致します。


【柔らかい生き物との触れ合い方】

※非常に繊細な生き物の為、その飼育環境には特に注意を払ってください

1殺伐とした心は捨てなさい
鋭い観察眼をお持ちです。
お手を煩わせる事の無き様、自らを律してから入室しなさい。

2触れる際には必ず許可を得なさい
稀有な存在です。何よりも敬いなさい。

3常に意思の疎通を図りなさい
非常に愛情深く高度な理解力をお持ちです。
言葉を交わす事が出来る、その存在にどれだけ救われるか常に感謝を伝えなさい

※うっかり緩んだ涙腺に備品を使う事を許可します。
ハンカチは数ある品の中から私達の為にと心を砕いて選んでいただいた物を用意しています。
しっかり使いなさい。ほのかに甘い香りがします。握り締めなさい。


【屈強の境界線の作り方】

1 化け物と意思疎通するな
「状態異常:脳内お花畑」という実に皮肉ったスキルを発動。
子供が描いたような花畑をイメージ。
童心に帰りましょう。

2 大事な物は記憶せよ
万が一にも破壊、破損、紛失、喪失、処分等に遭ったとしても記憶は半永久的と言える保管機能の為上手く利用すべし。

3 極太マッキー(黒)を買え
ぶっとい境界線を引け。
何処まで踏み込むのか、誰の何を踏み込ませないのか決めろ。
人の為に極太線を越えるなら、自他に与えるリスクだけでなく影響も忘れるな。
全て自己責任で挑め。

※但しその行いには心から敬意を表す。
例え不利益な影響が有ったとしても、自らの為に自らの意思と確定し線を越え決断した事は、誇りに思わなくてはいけない。

それは非常に稀有で、勇気と呼ばれる物だ。

些細な事と謙遜も卑下もすべきでは無い。
境界線を越えるということは、それだけ汗水垂らす様な行動なのだ。

大変な苦労をした筈だ。
ご褒美を選ぶと良い。
ケーキか紅茶か好きな物を何かひとつ。

ハンカチは、【柔らかいひと】の部屋に有る。
行きなさい。
きっと話を聞いて褒めてくださる筈だ。







9/11/2024, 4:02:10 PM

林檎を拾う女がいる。
女はよく物を落とす様に作られていた。
それを横目で眺める男は、何事にも無関心なように作られている。

無関心な男がぶつかり掛けた甘い身体の女は、そういう事が好きな様に作られている。

男にぶつかられそうになり、思わずよろけた甘い身体の女を抱き留めても男は何処までも真摯な様に出来ている。

甘い身体の女を気遣い、やんわりと誘いを断ると転がってくる林檎を手に取りよく物を落とす女へと手渡した。

ーーーーー

よく物を落とす女


「あっ」

焼き物屋の娘にしておくには些か手元が危うい娘を、どうにか良い男の元に嫁がせたいと、父は常々思っていた。

「ここは良いから買い出しを頼むよメイベル。アップルパイが食べたいんだ。」

「もう、また私を工房から追い出すのね。」

「出来上がったカップを破られたら堪らんからな。」

「もうっ。」

行ってきます、という娘に父は気を付けて行っておいでと声を掛ける。

「さて。今の内に棚へ寄せてしまおうか。」

リンゴロン、とドアベルの音がした。
釜の音がうるさい工房には相応しいベルの音だが、来客の予定でも有ったかな。

「はいはい。どちら様でしょうか。」

口元を真っ黒な布で覆い隠した男が立っていた。

「ウェイド・ロックス。」

「どちら様かな。」

「お前はウェイド・ロックスか。」

「そうですが。そちら様はどなたでしょう。」

ビゥとウェイドの耳元を風が走った。
数瞬のち鋭い痛みに襲われ、バッと左耳を押さえると指先が血に濡れていた。

「“アレ”を何処へやった。」

「何のことですか、な」

分からない、とウェイドは言ったが男は鋭い目付きでウェイドを問いただす。

「そんな筈は無い。お前はウェイド・ロックスだ。1年前私から“アレ”を盗んだ男の一味だ。」

ウェイドは一目散に身を翻し、工房の隅へ走ると銃を掴んだ。


ドンーーッ

裏山から降りてくる熊や鹿を脅す為の散弾銃。広範囲に広る極めて殺傷能力の高い銃弾は、あろう事か空中で止まっていた。

「そんな、」

「“アレ”は今、何処に居る。」

ヒュン、

銃弾が右耳を掠めた。
焼けるような痛みが走り、直後には身体中から汗が吹き出す。

浅くなる呼吸、怯える心臓。
それでも男の歩みは止まらない。
一歩、また一歩ウェイドへ近付いてもう一発弾が肩を掠めて皮膚を引き裂いた。

散弾銃の弾薬は3発。
右耳と左肩。

「次は目だ。」

「ひぃ、」

いよいよ追い詰められたウェイドは、震える声で白状した。

「市場に、居る」

男はそうか、と答えると指を振って工房を出ていった。
あとに残されたのは、更に右目に銃弾を浴びたウェイド・ロックスだった。

ーーーーー

「そうなの、この街にはお一人で?」

「そうなんだ。今着いたばかりで、この街は活気が有って良いね。」

よく物を落とす女は、真摯な男と話していた。林檎を拾って貰いお礼を言うと、思い掛けず話が弾む。

「私、他の街へは行った事がないから知らないの。貴方は何処から来られたの…えっと、」

「ラッセルだ。」

「じゃあラスティね。」

「君は?」

「メイベルよ。メイベル・ロックス。父が焼き物やをしているの。良かったら市場の中を見ていって。他の工房の皆と一緒に店を出しているの。」

「そう。もし君さえ良かったらこの街を案内してくれないかな。もし、この後急ぎの用事が無かったなら何だけど。」

「ええ、勿論って言いたい所だけどごめんなさい。私、今日は父にアップルパイを作ってあげたいの。良かったら、明日なんてどう?」

真摯な男ラスティは浮き足立っていた。
とある依頼を受けて、名前すら聞いた事ないような街にこうして出向いて来たが、思い掛けず可愛いひとに出会ってしまった。

「宿を取ってるんだ。もし、その、時間ができたら訪ねて来て欲しい。」

「ええ、勿論よ。」

「待ってるからメイベル。」

「ええ、ラスティ。」

買い物籠に林檎を抱えて、振り返りながら微笑む彼女を見えなくなるまで見送った。

「ラスティ、とてもやさしい人だったわ。ああいう人が父さんの言う良い人なのかしら。」

父の為のアップルパイを焼いて、明日にでも出掛けて良いか相談してみよう、そう考えていた。

何処からともなくビゥ、と砂を巻き上げる程の突風が吹いた。

「きゃぁ」

思わず目を瞑ったメイベルは、足先ががふわっと浮いたのを感じた。

「見付けた。」

風で飛ばされるかと思った身体は、がっしりと何掴まれている。

腰が痛いわ。

恐る恐る開いた目には黒い服が見えた。
黒い靴、黒いズボン、黒いシャツ…黒のマスク。

「あの、」

「誰だお前。」

「メイベルです、」

「名前は。」

「ロックス、メイベル・ロックスです…あの、助けていただいてありがとうございま…きゃぁ!?なにっ、!?」

メイベルはまた林檎を落とした。
黒いマスクで口元を覆った男に担ぎ上げられたからだ。

「痛いわっ、!乱暴は止してっ。」

一瞬の事だった。
見ず知らずの男に攫われるのは怖くて、恐ろしくて硬く目を閉じて居たら、何処かも分からない部屋のベットへと落っことされた。

「1年前、お前の父が俺から奪ったものを探している。」

「知らないわっ、家へ帰してっ。」

グッと、手近に有った枕を握り込むがこんなものではなんの抵抗にもならない。

「お前の家には工房があるな。」

「ええ、だからなにっ、」

「工房の南側にあの男が銃を隠している。」

「当たり前でしょ、あの辺りは獣が多いのっ。貴方に何か言われ事なんて」

「散弾銃は3発。一つは右耳、一つは右目、もう一発は何処だと思う。」

窓はひとつ。
メイベルの後に有るだけで、飛び出そうにも此処が何回かも分からない。唯一のドアは男の背後。こっちも、当然出られそうにない。

「父さんが、何を盗んだかなんて私は知らないっ。」

「市場に行ったと話していた。お前の事だろ。」

「だから、どうしてそれが私だと思うのっ。私は貴方を知らないっ。」

「だろうな。」

メイベルは戸惑っていた。
何故見ず知らずの男が、自分の父の話をするのか。父はこの人から一体何を盗んだと言うのか。
それが、何故私に関係するのか。

「だが、お前のその姿は偽物だろう。よく出来てはいるがな。お前、本当にあの男の娘か。」

ギシッ

男がベットへ膝を付く。
悲鳴を上げる間もなく、押し倒され押さえ付けられた両腕が痛んだ。

「いいえ。」

「セキュリティコードは。」

「私は"ソフィ・ロックス"よ。貴方は?」

「チッ。」

男はソフィの足をグッと持ち上げた。
左膝の裏を、トントンとある決まった法則でノックする。

「ソフィ・ロックス。」

「はいっ、何かしら?」

「お前のセキュリティコードは。」

「私のセキュリティコードは彼女が持ってるの。ごめんなさい。」

「彼女とは誰のことだ。」

「言えないの。でも知ってる人がいるわ。特別に教えて欲しいっ?」

「ああ。」

「赤い幸せの鳥を探すの。私はいつかこの街を出て、幸せそうに並んで泳ぐ二匹を池のほとりで眺めて暮らしたいわ。」

「そうか。もう良い。」

男はもう一度、ソフィの左膝をトントンと操作し、最後に一つだけ付け加えた。

「早く帰った方が良い。父親が強盗に遭ったぞ。」

ソフィは、ドアを開け階段を降りた。
そこは街に幾つか有る宿屋の一室だった。
迷う事なく、ソフィは通りを左へと曲がり市場へと帰って行った。

「赤い幸せの鳥、か。」

男はまた街へ出た。
ソフィの横を通り過ぎても、彼女は何の反応も示さない。

女は、メイベルへと戻ったのだ。

ーーーーー

何にも無関心な男

此処は天国だって聞いてきた。
女を好きに選んで、気に入ればものにして良い。ヤっちまっても構わない。

魔法工学で何でも解決できる奇跡の街だ。

だが、ここは毎日同じ事の繰り返しだと気付いた。
毎日同じ道で同じ女が林檎を落とす。
客を取る柔らかくて甘い匂いのするこの女は3回抱いたが、翌日には何も覚えちゃいない。

俺がどれだけ褒めても責め立てても、女は幾つかのパターンを繰り返すだけだ。

アイツは今日も林檎を落とした女を口説いてやがる。
何処まで行ったって明日にはまた、女の落とした林檎を拾って全く同じ下手くそな口説き文句を言う。

俺が口説いてやった時も同じ事を言った。

よく出来てる。
流石、魔法技術の結晶。
この街の面白いところは、シナリオが無数に存在するって所だ。

例えば、林檎の女を俺が口説く。
すると口説く筈だった男はシナリオを変えて、甘い匂いのする女に誘われて宿に入っていく。

俺は、この林檎女を楽しむ。
お茶してデートしようが、路地裏に連れ込もうが明日には全部元通りの街だ。

パパに紹介してもらうより先に、ヤる事があるだろ。

「なぁ、あんた。」

「え。ああ、なんだ新人か?」

「そうだ。」

男の前には、全身真っ黒の服を着た男が立っていた。口には黒のマスクをしてる。

「赤い幸せの鳥って何のことだ。」

この街に来る男は、大抵それを言う。
前情報で仕入れた所謂合言葉、だ。
ネタバレ禁止の映画で、これだけは覚えとけって先人からこっそり教えて貰ったヒントだ。

「あの店ん中だ。」

多くは言わない。
その為にこの街に来たんだ。
俺の最近の楽しみはああいう初々しい連中を見る事だ。

こいつらが違うシナリオに移るのを見入るのも面白い。
明日も明後日も同じシナリオで、飽き飽きしてたんだ。

偶には、違う事でもやるか。

ーーーーー

とある任務の為に俺はこの街へ来た筈だったが。
そういえばここの所、碌に休みが取れなかった事を思い出す。

女性が林檎を落としていた。
思わず拾いに行こうとしたが、別の親切な男性が拾ってあげていた。

優しい光景を見ていたら、甘い匂いのする女性が俺の腕をグイグイ引いて店に入っていく。

あっさり連れ込まれてしまった。

「じゃあ、1杯だけ。」

彼女は嬉しそうに笑って、グラスを合わせた。

「あの絵は何?」

ふと視界に入った絵が気になった。
鮮やかなピンクの鳥が二羽、湖を並んで泳いでいる。

「綺麗な絵だね。」

彼女は微笑んで、俺を上から下まで眺めていた。

「何かな。」

そういう店なのだろう。
やたらと露出の多い服で、上階へと続く階段にはさっきから数人男性が露出の多い女の子の腰を抱いて上がるのを見た。

「しないよ。ここで1杯飲むだけ。」

彼女は少しだけしゅんといてみせたが、また微笑んで指先で俺の手の甲をさらりと撫でた。

俺だって男だ。
そういう欲は有るが、口の利けない子を相手にするのは少し気が咎めるな。

「何処か宿を探してるんだけど、安くて綺麗な所を知らない?」

彼女は、首を巡らせて階段を見る。

「俺には無理だよ。薄給なんだ。ごめんね。」

彼女達を一晩はおろか、何時まで掛かるとも知れない任務の間中買い続けるのは俺には無理だ。

ギィ、と店のドアが開く。
全身黒づくめの男が入ってきた。

ああいういかにも裏稼業で稼いでそうな人にこそ、声を掛けるべきだったな。
せっかくのチャンスを不意にさせてしまったかな。

「なあ、ここに赤い鳥の絵は有るか。」

「ええ、有るわよ。あそこに。」

黒づくめの男が探していたのは、ついさっき俺が見ていた絵だった。
態々見に来るほどの絵なのろうか。

実は有名な画家の作品なのか。

「ソフィ・ロックスのコードを知ってる奴は居るか。」

ーーーーー

「ソフィ・ロックスのコードを知ってる奴は居るか。」


「いいえ知らないわ。」

店主の女が言う。
それに続いて近くの女達が順番に答えていく。

「俺も知らない。」

真摯な男は答えた。
その隣に座っていた甘い身体の女だけが、返事をしなかった。

「お前だな。」

女は再度返事をしない。
そういう設計なのだ。

全身黒づくめで口元を覆い隠した男が彼女に近付き、足を持ち上げる。
また膝の裏をトントンとある決まった法則でノックする。

「お前名前は。」

「フラウ・ミン・トゥ」

「変わった名前だな。誰が付けた。」

「Dr.クドー」

「そうか。ソフィ・ロックスのセキュリティコードを言え。」

「パスコード要る。」

「ヒントは。」

「Dr.の娘の名前。」

男は、一瞬息を詰めた後ボソッと呟くようにパスコードを告げた。

「工藤日奈子。」

「Dr.の息子の名前。」

「工藤翼。」

「彼の恋人の名前。」

「甲斐、信之」

彼女はそれらをパスコードと認識した。

「ソフィ・ロックスのセキュリティコード“紅鶴”。ログは3秒後に消去。再開まで13秒。」

甘い身体の彼女がカウントダウンを始めたと同時に、黒づくめの男は店を出た。

「クソッ、!」

男は宿屋へ歩き出した。
丁度、13秒を数え終わった彼女はまた何事も無かったかのように隣の男の手の甲へ指を滑らせていた。

男も、さっきまで起きた事は何も覚えていない。ログにも残っていない。

「ところで、安くて綺麗な所を知らない?」

ーーーーー

魔法工学を一気に押し進めた男がいる。
工藤翔太。
突如降って湧いたような話だった。

すぐ隣に有りながら、決して交わる事はない世界。一部の表側の人間だけが存在を知り、関わる事を許された世界。
それが魔法の有る裏側の世界。

とりわけ、この街は異質で科学と魔法の融合を試みた街だった。
広大では有りながら結界の中だけでのみ存在することを許されたプログラム。

表の世界で言うなら、ここは仮想空間。
裏の世界で言うなら、テーマパーク。
違いは、魔法の有無を知っているかどうかだ。

表の人間が魔法の存在を知っていたとしても、それを実際に目撃することは難しい。
実際の魔法を知らないままでこの街へ入ってきた人間からすると、ここは紛う事なく仮想空間とも言える。

触って食える、五感も三大欲求も最大限に満たす事が出来るこの街は、裏側の世界から見ても画期的だった。

ゴーレムじゃ硬すぎる、味気ない見た目、ブツ切れの会話、ぎこちないモーション。

それを現代科学が合わさって、飛躍的に進化した。
見て触って触れて、まるで本物の生きた人間がそこにいるかのような見た目、会話、手触り。

魔法により、科学だけでは乗り越えられない壁を易々と乗り越えた。
実際に食べられるご飯、実際に泳げる湖、見た事もない想像上の動物さえ、魔法工学と化学の融合により実現させてしまった。

博士は、俺の尊敬すべき師だった。
裏側へ行く誘いを受け入れる条件は、俺と彼の家族を連れていく事だった。

俺達ははすっかり魔法工学に嵌りこんだ。

そこへ思いもよらなかった災難が降り掛かった。
稀に有る話だそうだ。
表と裏の世界では、決定的な違いがある。

魔法だ。
魔力というものが、こちらの人間には備わっているらしい。

だが、俺達にそんな物は無い。
成長期をとうに過ぎた大人で魔力が発現した事例は無いが、博士の双子はまだ中学生だった。

表の世界の成長期身体に魔力が流れ込む。
遺伝子構造がそうされるのか、何処かの何かが上手く組み合わない事があるらしかった。

医療と魔法は俺達の分野じゃ無い。
出来る事は限られていた。

姉の日奈子はどんどん健やかに育つのに、弟の翼だけが年々身体の何処かに不調を来していた。

それでも高校生になった翼は博士みたいに賢くて、よく俺の後を着いて回っていた。
具合の悪い体でも、魔法を使う事で体内の魔力を循環・発散させて様子を見てみようと言う話になった。

過去、少ない事象ではあるがそれで回復したケースも見受けられた。
俺達はそれに賭けた。

何より、魔法工学と化学を融合させた街は医療方面にも役立てることが判明した。
動かない身体でも、ボディがあれば飯が食える喋って、走り回って女の子に話し掛けてデートにも行ける。

高校を卒業した歳の俺の誕生日に、翼がプレゼントを用意してくれた。

嬉しくて断らなかった。
何せ、博士の家族ぐるみでのプレゼントだった。

「なのに、」

その翌年、翼は消えた。
博士はよりによってアイツの誕生日に言ったんだ。

「これを君に。」

箱に入ってたのは、翼が組んでいたプログラムの一部だった。

「残りは…どうしたんですか、」

「隠したよ。」

「なぜ、」

あれは俺が完成させる筈だったコードだ。
翼が残した唯一の形。

「あれは、俺の」

「そうだが、翼の物でもある。」

「いやでも、博士のじゃ無いでしょ、」

「頼まれたんだ。君に見せたいものがあるって。僕だって、今の君はとてもじゃ無いけど見ていられない。」

探しなさい、と博士は言った。
翼が俺に見せたがっていたコードを五つにぶった斬って、この街の何処かに隠した。

やっと二つ目を見付けた所だったのに。

もう3年になる。
始めは何の手掛かりもなく、只広いこの街を手当たり次第に歩き回っていた。
毎日繰り返されるシナリオを見て、あらゆるギミックを試した。

自分達で組んだコードだ。

それがある時、何処からかモールス信号が流れていることに気付いた。
何時も使う宿屋の向かいにある飯屋の看板が、風に揺れて音を立てていた。

看板には鳥の絵が書いてあった。
燕の絵だ。
燕は愛の象徴でもあると同時に、希望を運ぶとも言われている。

鳥は、博士が大事にしていたモチーフだ。
自分の子供にも鳥に因んだ名前を付けるほどに

だから、きっと…そうに違いないっ、!

藁にも縋る思いで、端末からモールスを解読し座標まで夜通し歩き続けた。
そして漸く自力で見付けた二つ目のコードを、このロックス達に奪われた。

「は、はは…クソったれ、」

おかしいだろ。
毎日同じ一日を繰り返すように設計してある。街に同じ人間は二人と存在しない筈なのに、あの日あの晩は違うシナリオが動いていた。

メイベルがソフィになった様に。

俺の為、なのか。
俺の為にこんなゲームを仕込んだのか。
それならいっそ消えた理由をキッパリ教えてほしいもんだ。

いくらボディを借りてるとはいえ、お前より十二も歳上の男を駆けずり回らせて楽しいかーー。

聞く相手も、答えてくれる人も居ない街で野宿して星に恨み言を吐いたりもした。

そんな妄想に取り憑かれて、喚き散らしながら1年を過ごした。

アイツは誰だ
何のキャラだ。
漸く探し当てたロックスの娘。

アイツのセキュリティーコードを解けば、盗まれたコードの在処が分かる筈だ。

「翼、お前今何処に居るんだ」


ーーーーー完

SFの海ドラに触発された。

9/8/2024, 1:07:14 AM

#踊る様に


石があるから躓くのではなく、
何か絶望が有ってそれを表す為に躓かせるが。

躓く石さえない様な、窪んだコンクリートさえ無いような場所で転んだとしたならどうだろう。
より絶望感を表せるのではないか。

では、踊らせるのはどうか。

音も無い 照明も無い客も居ないステージで踊らせるのは絶望を表すのにぴったりではないだろうか

「嗚呼、それは良い。」

お主はどっちが良い?

転ぶか踊るか
どちらも酷いものだ。


わたしは、じゃあと指差して石ころと踊る人形の両方を往復する。

踊る様に転べば。

いっそ、痛みもあり滑稽でもあり孤独なのでは。
そして転ぶよりも滑らかに立ち上がれるのでは無いか。

「では踊るのは絶望に値しない表現か。」

「いいえ。」

暗闇と無音は孤独で絶望ですが、躓いた石ころにもその後の物語があります。
石ころは立ち上がると言う希望を見せる。

「では、なぜ踊らせる。」

「自己愛です。自己を表現しています。」

しかし観客は疎か、誰の目にも触れる事が無いのならそれは正しく絶望と言えるのではないでしょうか

ほうほう。

「では、それに見合う希望の話をしよう。」

「さて、この駒の希望は何にするかね。」


そうしてカツン、と盤上に置いた駒は正しく踊る様に躓き転んだ所だった。

「そうですね、わたしなら」









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