甘々にすっ転べ

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SNSの一角に、優しい世界が有る。

姪の誕生日を祝ったり、子供の面白いエピソードを爆笑しながら見守る様な世界が。

それを眺めて飽きた様な声が言う。


「嗚呼、知らない世界。」


しかし、嘆いているわけではない。
嘆いているのは恐らく今の私よりずっと小さい私で。

あの頃、泣き喚く程に欲しかったものはコレかと、今になって液晶越しに目にして何か思うものがある。

それが何なのか解明したい。


"ひとは見たことのないものは、欲しくはならない"

そうだろうとも。
ならば、余計にそうだろうな。

私達は賢過ぎた。
ありとあらゆるものを学びとした。

私達は目が良過ぎた。
文字が読める様になるとその意図まで理解しようとした。

私達は、故にあまりにも自由だった。

ひとには見えないものを何処までも見た。
この指で紙を捲り、この手でペンを握った。
この耳であらゆる音を聞き、些細な変化で感情すら読み解いた。

あまりにも色々なものが見えた。


私達は見た。
優しい温かい世界を、この指でこの耳で見た。
現実に有るかもしれない世界。
文字の中の世界、想像の中の世界から、限り無く存在すると思われる"理想の現実"を見てしまった。

見てしまったからには欲しくなる。

欲しくなるが与えられるものは、別のもの。


恐らく、おもちゃが欲しいと思ったがくれたのは文鎮だった。
そのくらいのがっかりなら私達は笑っただろう。
がっかりはしても、理解は出来た筈だ。
膨れっ面をしてもそれが愛だと言うことを私達は理解できる。


もし、私達に私達が見た"欲しいもの"が与えられたなら。

きっと向かう所敵なしだっただろう。
 だから彼らは奪う。

奪わなければ彼らの何かを私達が奪ってしまう、と危惧したからだ。
恐れたのか、恨まれたのか憎まれたのかは知らない。
ただ、与えられなかった事だけは知っている。

愛が欲しいと子供が言う。
愛とは文鎮である、と親は言ったのかも知れない。

残念ながら小さい私達は愛が具体的な何を示すのかを知らない。

もし知っていたなら、と思わずにはいられない。

ハグをしておいで、と囁いてあげられただろう。
抱っこを強請るといいよ、とコソコソ話をしたり。
あどけないくちで、きゅうけいしませんか、と言ってみたらどうかな、など色々と吹き込んだだろう。

そうして色々なことを操って来ただろう、と予想が付く。
幼いながらに聡い頭へ、経験値が付いたならきっと天才と呼ばれたに違いない。

親思いの可愛い子になれかも知れない。
まぁ、しかし舐め腐った子供になっていた可能性もちと有るな。

鼻っ柱は早く折った方が良い。
あまり煽てると流石の私達も木に登り天狗になって空を飛び、いずれ太陽に焼かれたかも知れない。

それはイヤだな。
恥はなるべく少ない方が嬉しい。後学の為にも。


さて、与えられなかったものを何時迄も嘆く私達ではない。

文字すら追えない目で、音が溢れていく耳でそれでも何かを拾いたいと思って手を動かして、耳をそばだてる。

何か見たい
何か聞きたい

何か胸が痛いものを

例えば、井戸の中の蛙が見る空の深さの様に。

この目でこの耳でしか見えない何か、大事なものを。


それを探す事も愛で
それを見つけて大事に仕舞っておく事も愛で
突いてみるのも愛、弾いてみるのも愛。

曇天の空に価値が無いなんて、井戸の中の蛙は思わない。

きっと、あの色が向こうの色に変われば雨が降る。
あの雲の向こうに空がある。
空はどんなでこんなに高い、と曇天でも空を見る。


馬鹿だな、と笑う蛙も居るかも知れない。

恐らく私達は笑わない。

空を想う蛙の気持ちをきっと他の何より知ってる。


今の私達は、ある特定の条件下でのみ、本領を発揮するいきものになってしまった。

残念ながら誰かが当たり前の様に持っているものを、私達は自分で探さなくてはならない。
小さい時から持っていた皆のそれとは違って、どうにも歪で後から拾い集めた小さなカケラ達では中々に上手く嵌まらない。

これが上手く嵌った時にこそ、私達は存分にこの目と耳を行使する。
若干、手と足が鈍臭い所が有る。
なにぶん、賢いのは頭だけで筋肉は怠惰を極めている。

脳が筋肉でなくて助かった。

私達は極上のインクと極上の音色でファンファーレを謳う。



「Catch me if you can, I’ll give you a head start.」


そのぐらいしなければ、
私達から、私達が幼い頃に欲しかったアレを取り上げるくらいの暴挙に出なければ。

あなたがたは、敵わないとその足りない頭で考えたのだろう?

残念だ、と書いて有難うと読んでもいい。
それをルビと言うんだが、あなたがたはご存知か。

私達は地道な努力を怠らない。
私達はたった一文字、この一音だけで何よりも素晴らしい世界を創り出す事が出来る。

私達は空の深さを知っている。

あの頃欲しかったものは、きっと今も欲しい。
けれどその渇望も絶望も感傷も何もかも、私達には世界を創る何か、へと昇華出来る。

それは才能だ。
それは希望だ。

あなた方には無いのでしょう

目が滑るあの寒気のする様な経験も、音が聞こえるのに何ひとつ理解出来ないあの恐怖の日々も。

私達はーー

「ある。」

「あるよ。」

「わたしも。」

「わかる。」




「捕まえられるものなら捕まえてみな、少しハンデをあげるよっ!」


 私達とあなたがた、
 この世界で一番輝いているのは誰か。

 勝負をしよう。






1/27/2025, 1:31:51 PM