夏送り
誰しもが ゆびをもっていること
しけったマッチを擦り 筒先に火をつけ
火花の果てしなく溢れでること
梢におもたく 水銀をまとった葉の
終わらないはずの季節を見送り
他人の呼吸をのどに滾らせながら
夏と夏のつなぎ目に
人差しゆびを引っ掛けて
鎖をひとつ編むには
今日を終わらせることが必要だから
折れたマッチを積み上げた
黄色いそらのくらさに ゆびを突き立て
ころがった光の礫を よる、と呼んだ
(タイミング)
虹の底
そこには
セロファン紙のように薄い玉ねぎの皮が
いつまでも舞って
尽きない光であるかのように
たったひとつの色を生もうとするのに
ひるがえるたび 屈折した光は
なないろの飛沫となり
見えない目に蜻蛉を散らす
手さぐりで くちに感じる色だけを
音たてて啜りつつ
玉ねぎの皮の 雲母となって
いつかの風へ消えてゆくのを
黒土に埋もれたからだが
ずっと見ていた
朝列車
濁るむらさきの都会を発車し
海街までの40分
トタン屋根にすずしく反射しながら 列車は
夜からのうすやみのなかを
みずを溜めるように 淡々とすすむ
車内には 顔のない太ももたちが
紺色の座席へしっとりと横たわり
揺れやまない灰色の空を呼吸し
待ちつづけている
いつか眼のひらくことを
抜け落ちた歯が床に転がる
濡れまとった朱色の ふりこぼすまま
灰の空を軋ませ ひかりのすじが
長方形のうすやみをふちどり
なぞる指先を待たずに
ひとつの朝が生まれでていった
(テーマ: オアシス)
袖を切る
切り落とした腕にまとった 袖はひかりを広げて
見失ったからだを探して 黄土色の川面をわたり
とこにいけば温もりにたどり着くのか
うかぶ木の葉の赤さと しずむハンカチは微熱の夜の
あなたの胸もとに覗いた とおい日の残照
蕗の筒を覗くように
すぼまった袖さきに目をあてると
温もりのかたまりだけが 色もなく
輪郭をにじませて
あなただったころの匂いだけが 明るんで
目の前をはらはらと
今年はじめてのぼたん雪のように
片袖の ひかり千切れて
あのとおい声のように この指をすり抜けてゆく