襖がわずかに開いている。
その隙間から光が差し込み畳に直線を描いている。畳特有の干し草の一本一本を丁寧になぞる光。
その光景を見守っているのはチラチラと漂う埃くらいの様なもの。あいにくとそれに背を向け障子越しに見える光を利用して本を読んでいた。
僕にはこのくらいが丁度いい。
太陽の下は眩しい。
隙間から部屋に差し込む一筋もまるで肌や書物に線を引いてるようでゾッとしない。
それでも、日光の下が嫌いなわけでもない。
襖の隙間も自ら作ったのだ。一差しが恋しくなって開けたのだ。
花屋の半額ワゴン。
そんな場所に入れられてしまった植物はどれもどこか萎びている。だがまだ活気を秘めている。長くはないだろうが手をかければ応えてくれるだろう。
その中でも一際萎びた鉢があった。
もう誰も手をつけまい。素人目からみても買い手がつかないことは明らかだった。
憐れみながら目的のスーパーへと向かう。
買い物を済ませ、生物をしまうと草臥れた鉢を一際日当たりのいい窓に招いた。
買う予定など全くなかった。だがどうもこの哀愁漂う姿に、酷く憐憫を抱いてしまったのだ。スーパーで買い物を済ませる頃にはすっかりその気になっていたのはいったい何なのだろう。
チラリと弱々しい葉を見る。
「……しばらくの間よろしく」
まだこの心変わりを説明できないが新しい同居人に挨拶くらいすべきだろうと声をかけた。一瞬、こちらこそというように揺れた気がした。
鏡の中に王国があると幼い頃信じていた。
不思議の国のアリス。その中に鏡の国というフレーズがとてつもない印象があったのだ。
同じく童話で誰が一番美しいか鏡に問いただしていたこともあり、鏡の中はよく似た別世界であるとすら捉えていた。
どんなとこだろう。
ここより綺麗なお洋服やアクセサリーがあるかもしれないという期待で毎日鏡を覗いていた。周りの大人はそんな私をおしゃまさんだといって深く気にも止めていない。
ところがある日、祖母のお家に飾ってある大層豪勢な鏡が割れたのだ。
私は火をつけたように泣いた。
その鏡は私の知る限り一番の鏡だったのだ。鏡の国に行けるのはこの鏡しかないとすら信じていた私にとって一大事である。
粉々に割れた硝子の前で泣きじゃくる。大人が危ないからと私を抱き抱えようとお構いなしだった。
そうこうしている間にすっかり片付き壁にはうっすらと日焼けのあとがあるばかり。もう鏡の国には行けないのだと希望を閉ざした。
あれから新しい鏡が来てもまったく見向きもしない。鏡の国は閉ざされ、鏡のなかの私は死んだ。
いま写っているのは別人しか思えない。私によく似た私。
今では脈絡のないお伽話だと言える。それでも当時の私にとっての世界。だからどうしてもここに書き残したくなったの。最後まで読んでくれてありがと。
良い夜を。
眠るのが惜しくなり、音楽をかけるようになったのは何時からか。
無音の部屋が逆に私から眠気を遠ざける。だからあえて音楽をかけるようになったのだ。そして出来れば音楽がいいと幼い頃お小遣いを貯めて小さなCDプレイヤーを見つけたり、余裕が出ると少し値段の張るスピーカーに手を出したり。
改めて思い返すと随分と幼い頃から無音を避けていたらしい。
だが就寝時と言う限られた場合に発生する無音こそが私の天敵。公共の場の無理は然程苦痛ではない。
何故とは考えない。
もう習慣化してしまったのだ。
なら、より良い音を探したほうが有意義だだから私は今日も眠りにつく前に音楽をかける。
眠りにつく前に
永遠など望んでいません。
友達の遺書はそんな短い一文から始まっていた。
白い、友達の顔にかけられた布のように白い便箋にはさらに続きがあった。
強い目眩のなか、私は読み進めていく。
こうやって書き残したのだ。誰かに読まれたいと言う強い意志が残っている。
だから読めねばならない。
短く息を吐き出し涙を堪える。友人は、幼少期から強い作曲の才があった。友達もまた、作曲を楽しんでいた。
だが両親は更なる高みを強制したのだ。時に感情に、暴力に、友好関係まで把握され、徐々に衰弱していく。
水をあげすぎた植物が如く弱っていく友人。
私たちは如何することも出来ずただ遠巻きに見守っているしかない。
永遠。永遠への執着はない。
過去の偉大な作曲家は尊敬に値する。
だが私は私の作品が永遠になることを恐れ呪っている。
私を愛しく思ってくれるなら、どうかどれもを廃棄して欲しいのです。
友人の言葉だ。そして助けることのできなかった罪を償う時だ。
私はスマホを取り出した。
永遠に