誰もがここは理想郷だと言う。
綺麗な飲み水。安全で美味しい食事。お風呂があれば寝る為のスペースもある。学びもあれば娯楽もある。
なるほど。
それが理想郷の条件なら確かにここは理想郷だ。
理想の郷。
なら、どうして彼女はいないのだろう。
第三者から見た理想郷。どうやっても欠けた郷。それが僕にとってのここだ。
夢で会えばそれはいよいよ軋んでいく。
探しに行かなければ。僕のための理想郷のために。
友人が手紙をくれた。
留学先からだ。
少しまるっこい文字が彼女の近況を知らせてくれる。誕生日、何が欲しいと聞かれ手紙と答えたのを覚えてくれていたらしい。
留学先でできた友人、変わりやすい天気。
それらを読んでいればまるで自分も体感していられるようで心地よい。
写真も同封されていた。
すっかり大人びて凛々しい顔立ち。
それでも、笑うと下がる目尻は変わらない。変わらないとこを見つけて私はほくそ笑む。
懐かしく思わずにいられない。手紙を読み返していたらチャイムが鳴った。
誰だろうか。首を傾げながらドアを開ける。
「AがBの国を滅ぼしたんでしょ?」
そう私たちは習っている。
「大変よく出来ました」
そう肯定した。
だが如何にも彼の言葉の節々から噛み合わない。馬鹿にしている、と言うわけではない。
生徒の反応を楽しむ教師のようだ。
すいすい細い道を置いていかれないように続く。行き先も気になるが彼が言わんとしていることも気がかりだ。
「違うの?」
思わず聞いてしまった。
「正確には半分正解半分ハズレ」
「半分」
ようやく目的地らしい。足を止めた、と思えば此方を振り返る。
「我々が教育機関で唱えられているのは歴史の一側面でしかない」
「先生。もっと短く」
「つまり、教えるに当たっていくらか簡略化され不都合だと廃止された面がある」
私の要求に呆れながら結論を披露した。
「……別に珍しくないと思うけど……」
歴史など視点が変わるだけで途端に別の顔をする。
「さてここからはもう一つの物語」
古びた書籍を懐から取り出した。
今から数えて大層古い年代。授業では古典と言われるような古い書体が敷き詰められており若干頭が痛くなった。
「まさか歴史の再演しようなんて言わないよね」
「さて、都合が悪いと言ったのは覚えているかい。その都合は、誰にとって悪いんだろうね」
暗がりというのは、どうにも不思議な魔力を帯びている。
つい覗き込んでしまう。
人の不安を煽る。
かと思えば誰も彼もを招く。
招かれた者はまた不可思議な面持ちになるだ。
ひどく乱暴者が途端に賢者のように思想を広げ、善人の顔をした凡夫を狂わせ狼藉者にへと変化させる。
どうしてこうも人の惑わせるのか。まるで鏡だ。
心の奥底にあるペルソナを引き摺り出す。
だが私はそんな暗がりの中が好きだった。
より深くより広く心を広げることができる。
きっと、原初こそはこの暗がりの中にこそあるのだ。
紅茶の香りがする人を好きになった。
いつも落ち着いた風に話し、機智に富んでいる。
かと思えば甘いものに目がない。茶菓子の前にすると目が輝く。
そんな人だ。
そして、私の友達に長いこと片想いしてる人。友達には既に恋人がいると知りながら想い続けてる人。
私と会うより前かららしい。指摘すると苦笑いした。
心のどこかで期待していた。友達を諦めた時、私にチャンスが巡ってくるのでは、と。
だが寂しげな横顔に、後悔が胸を刺す。
酷いことを言ってしまった。
風が吹く。
彼から紅茶の香りがふわりと漂う。
どうしたら、紅茶を飲み干すようにこの気持ちを飲み込めるのだろう。