「愛の言葉で成長するなら今頃天井に頭はついてるよ」
自信満々にわらうきみ。
そうだねともそんなことあるわけないとも言えずに固まってしまった。
何故。愛だと、断言できるのか。
「愛?のことば?へ」
「私が君からの愛言葉を聞き逃すわけないじゃん」
何読んでるのと手元を覗き込む。本は推理小説。丁度山場を迎え犯人を追い詰めている。だがそんなあらすじは私の頭の中から飛んでいってしまった。
「だって、君の言葉はたっぷり愛情の詰まったご馳走だよ」
隠していた合い言葉はしっかり気づかれ愛言葉にされていた。悔し紛れに脇腹を小突いた。
友達の友達と帰ることになった。
本当なら友達と帰る予定だった。だが具合がわるく友達も帰れそうに無い。そこへ代役として彼が抜擢されたのだ。
そう、彼からしたら面倒を押し付けられたも同然だ。なにより、私は人見知りが強い。正直、一人で帰りたい。
いい人なのだ。
それはわかってる。
今だって私の体調を気にかけてくれている。
だが体調不良によるマイナス思考と人見知りが噛み合い苦痛だった。
やだな。友達と帰りたかった。そして、こんな優しい人に嫌な感情を抱く私。もう全部嫌。
歯を噛み締め泣かないように必死だ。
そんなんだから階段を踏み外す。
こんなこと考えてるからバチが当たったんだ。
せめて痛くありませんように。など考えながら目をきつく閉じる。
だがそれより何かにきつく抱きつかれていた。
上を見上げると、必死な顔した彼がいた。
「平気?!立てる?」
小さくうなづく私にホッとしている。だがつぎに泣き出した私にまた慌てふためく。どこか痛いのか。腕痛かったのかと矢継ぎ早にきかれポカンとしてしまった。
「あ、安心したら泣いちゃった」
恥ずかしいな。そうへらりと笑う。
今度は彼の方が苦しそうに顔を顰め私はギョッとすることに。
どうしたんだろう。
ゆっくりと体勢を立て直し邪魔にならないよう移動する。私がずり落ちたことでざわついていた人の流れがすっかり元通りになった。
「……本当は、もっと余裕ある風に送ってくつもりだったんだ」
「十分だよ。ありがとう」
「どうせなら、カッコいいとか意識されたかったんだ」
階段から落ちかけてドキドキして、助けられてドキドキして。このドキドキはどうやって落ち着けたらいいのだろう。
「行かないで」
言ってしまった。
言わないつもりだったのに。言ったところでどうすることもできないのに。
ちらりと盗み見る。暗がりの中、困るでも喜ぶでもなく私を見ている
「……聞かなかったことにして」
「君はどうしたい」
君の視線から逃げるように俯いた。もう諦めなければと踵を返すより先、君が問いかけた。
どう。
叶うのなら行かないでほしい。引き止めたい。
「行かないでほしい……」
「それは聞いた。そこからどうするかだ」
もう一度口にする。そうではなかったらしい。
訳がわからないまま一度顔をあげる。
その視界には君の右手が招くように差し出されていた。
「さあ、君はどうしたい」
どうせ死ぬなら晴れの日がいい。
それもどこまでも続く青い空を見上げて。
そう言った友達の留学が決まった。別に驚いていない。以前からそんな話は聞いていた。それが今日になっただけ。
「なんだ。泣いてくんないの?」
そうおどけてチケット胸ポケットにしまう友達。
「……門出は晴れのほうがいいでしょ」
「わかってんじゃん。湿っぽいのも水臭いのもなし」
そうとも。だから今日はテコでも泣かない。
「生きてれば会える。……連絡するね」
そうゲートを潜る。
ああ、遠い。
搭乗はスムーズで離陸も予定通り行われた。
私は空を見上げて友達が乗っている飛行機を追いかける。
「ほんと遠いなぁ……」
空も、音も。
どこまでも続く青い空を横切っていく飛行機も。
なにもかも。
衣替えを終えた。
それに伴い着れなくなった服を裁断している。布地が薄くなったものは部屋着や寝巻きにしていたがすっかりくたびれてしまっている。これでは掃除の乾拭きにしか使えそうにない。
ゴミ袋に布の山がこんもりと出来上がった。
「……新しい服買っていいよね」
後ろにゴロリと寝転んでスマホを取り出す。
運良くセールでもやってないだろうか。
だがそんな私の視界の片隅に気になるニュースがチラホラと入ってくるのだ。秋の味覚、栗づくしパフェ。お芋食べ比べフェス。どれもこれも人を誘惑している。
「ああぁー」
意味のない声をあげる。
お財布も体も一つしかない。決めかねた私はコーヒーを入れるためキッチンに向かった。