二度寝から目が覚めて 少し気だるい日曜の午後
何か口に入れる必要があるはずさ 重い足を動かす
近くのスーパーにある ちらし寿司でも買おう
◇
外に出ると 空が灰色に染まっている
目を凝らすと 微かに水滴がみえた
雨音はきこえない
だから 傘はいらないだろうと判断して歩き始めた
濡れながら歩いていると
ふと
亡くなった愛犬の小さな歩幅を思い出した
◇
目当てのちらし寿司は売り切れていたし
それなりに服は濡れたけれど
しとしとと降り続ける雨は 嫌いじゃなくて
隣にあった 2割引のカツ丼を手に取った
アーケード商店街を少し抜けた先に
3軒の古本屋が 点在している
その一つが 終わりを迎えるという記事をみた
◇
大学の頃は足繁く通い
(今では月に数度訪れる程度だったけれど)
くたびれた本たちの背表紙と睨めっこをし
不思議なコレクションを増やしていった
本屋では見たこともない本が そこにはあった
◇
その日 店の親父さんのもとに
馴染みの人らが 次々にやってきていた
聞こえてくる会話の中から 病が 理由と知った
◇
三島由紀夫の選集や いつ読むかわからないエッセイ
官能的な文学に 多分知らない詩人の詩集を買う
閉店セールで 安かった
くたびれた紙袋に入れてもらった
哀愁漂う、くたびれた紙袋から出てきた本たちは
本棚に入らず 床の上に積み重なっている
金木犀の香りがふと香る。
もうそんな時期かと思って、ふと上を向くと、
鉛筆みたいな白い飛行機と半透明の細切れの雲が
澄んだ青い空のキャンバスに
さりげなく描かれているようにみえた。
「そろそろ衣替えしなきゃな」なんて思うけど、
土日のための服の量なんて、たかが知れている。
とっておきの服は、きっと今年も出番がないだろう。
それに、セーターやコートはまだ早い。
だから服たちは、クリーニング屋の袋のままで
世界が寒くなるのを待っているのだ。
「今年ももう終わるね」なんて笑う君に
「まだイチョウすら落ちてないよ」と言い返すのは
いささか冷たいだろうか。
「夜中に鳴く虫は、なぜ四季がわかるのかしら」
と真剣な眼差しで語る君に
「遺伝的なプログラムさ」と言い返すのは
いささか味気ないだろうか。
そんなことを思いながら僕は、再び歩き始めた。
逃げることはできない
暑い陽射しの下
誰もが必死に走るリレーにて
それほど仲よくない友よ
鋭い眼差しの君が向かってきた
バトンを渡すために ただ駆け抜ける
そこには何かが宿っているようだった
その力強さに 思わず鳥肌が立った
一瞬だけ、結ばれる瞬間
裸足の僕はグラウンドの砂を蹴り
痛みなど気にせずただ走った
ただゴールを目指すために
地面を蹴る感覚に覆われて
少し下手くそなアナウンスも
叫ぶ応援団の声も
聞こえなくなった
ただ前を走る背中を追いかけて
夕立がやってきて 靴下までびっしょりな
下校時間の 帰り道
傘なんてなくて なぜか走りたくなって
足が速くなる靴の力を試したくなって
ランドセルをしっかりと背負い込み
ダッシュした
雨が 目に 入ってくる
◇
排水溝のあみあみは
驚くほど滑り
ぼくは こけてしまった
顔に傷はつかなかったけど
ぼくを守ろうとした手は少しすりむけていた
しばらく起き上がることができず
雨と、 汚い泥水が流れる音だけに包まれた
◇
なぜ走りたくなったのかは
今ではわからない
そんな気は 起こらない今のぼく
傘という弱さを手にしたからなのか
大人になったからなのかは
わからない