「師匠、あなたは鳥籠にいて幸せなのですか」
窓越しに、弟子の野良鶯がそう尋ねる。
「はたして、鳥籠にいる私は幸せか、
と問うているのだな」
「そうです。私は自由に羽を動かすことができ、
何にも縛られないのです」
弟子は真剣な眼差しで、師を見つめる。
「で、あるか。では、君は外敵もおらず、
好きな時に寝て、3度の飯も確保される空間に
いたいとは思わないのか」
師はそう述べると、自慢の羽を少し広げ、
クチバシでつくろった。
「それは真の自由とは言えないのです!
敵がいるということ、それは すなわち、
味方もいるということではありませんか。
今日の飯が確保されていないからこそ、
美味しさが増すと思うのです」
野良鶯は、その美しい響きをさらに響かせた。
—ガチャリ。
「あら、素敵な鶯さん、こんにちは。」
短髪の、ワンピース姿のお嬢さんが
野良鶯の姿を見ながら部屋に入ってきた。
その声には、野良鶯も敵わないほどの余韻があった。
瞳は少し野暮ったくあるものの、
それはちょうど垢抜ける直前にしかない、
短命な美しさでもあった。
彼女が鳥籠に近づくたび、部屋には
ふと爽やかな風が舞い込んだかのようだった。
師の飼い主である。
「さてピーちゃん、ご飯にしましょ、ほら、あーん」
野良鶯は飛び立った。
来世があるのであれば、確実に、
ペットを目指そうと己に誓った。
夢のなかで 散歩をしよう
君は速かった 全力疾走の最中
ピンク色の舌が 笑みから溢れていた
夢のなかで ご飯をあげよう
君のお腹が 空かないように
夢のなかで たくさん触れよう
口角のあがっている君は 目を閉じている
トンネルを抜けると そこには海があるらしい——
君も僕も 不思議と 歩みが早くなる
波の音は 激しく (ザァ、ザァと表すべきだろう)
僕たちは 思わず 顔を見合わせた
海が見えた フナムシもいた
そして 君が リードを強く引っ張った
夢のなかで 毛を梳こう
赤茶の毛の艶が もっともっと 輝くように
夢のなかで 芸をしてくれないか
君の得意だった 「おかわり」を
君は助手席に乗って 景色を見ることが好きだった
窓に鼻までくっつけて 何を見ていたんだろう
上手にシートに腰掛ける君
僕は 鍵をロックした 「落ちないでね」
夢のなかで逢おう
君の大好きだった 公園で
「友情」
雨が ぱら ぱらと降りこんで
マンホールの蓋に映る ぼくの顔が揺れ動く
まるで にらめっこを しているみたいだった
お気に入りの黄色い長靴でもないのに ぼくは
小さなみずうみにダイブした
ずしゃり、と音がして
なんとか踏ん張った
靴下が 足が ふと 重くなった
◇
そんな梅雨が終わり 夏休みがやってきた
朝顔を 種から育てましょうと
先生は言った
こんな小さな粒から 花が咲くはずなどなく
先生は愉快な人だなと 感じていた
◇
それから毎日 絵と日記を書いた
たいして 変わり映えもせず
やはり先生は嘘つきだと ぼくは一人でうなづいた
水やりにも 飽きてしまって
ぼくは 塩素の匂いがする
大きなプールに通いつめた
◇
ラジオ体操のスタンプが まばらに溜まってきた頃
ふと朝顔をみると
しおれて うつむいてはいたけれど
花が 咲いていた
その小さな 小さな 主張に
ぼくは 蚊が血を吸おうとも 動けなかった
ただ しばらく 動けなかった
黄橙色の 化石のなかに
「己は、まだ生きているのか」と
思わず問うほどの 虫の姿があった
ぼくは 少し寒気がした
(三千万年前の 姿が そのまま
そのまま 残っております——
それが 本商品の 売り であります——)
◇
限りなく ちいさな泡が立ち込めている
この頃だって 誰かが
空気を汚していたはずさ
(冗談であるかは 分からない)
虫は もがいていた
にもかかわらず
混在する葉だけが輝きを増していた
◇
黄橙色の 薄い膜が張っていた
琥珀色の塊に 閉じ込められた 虫に
ぼくは 会えるだろうか
人類の叡智によって 立ち会えるだろうか
君を 救うことが できるだろうか
もしぼくらが 出会えたのであれば
伝えて みたい
「翅は まだあるじゃないか
また飛び直せるさ」
と
◇
虫はもがいていた
黄金の輝きにも負けず 逃げるために
生きゆく我々には その必死さが
はたして あるのだろうか
残酷なほどの 眩しさ!
いくら 人類が成長し 進化しようとも
私を 飼い慣らすことは できないだろう
震えるほどの 熱さ!
すでにもう 四季の論理は崩れている
蝉は異常を察知し 耳をつんざく叫び声をあげる
どれほど豊かになろうが
(世界中の貧困に苦しむ人々への支援を呼びかける
コマーシャル が 流れております
その直後に 我々は 痩せるための 薬を
宣伝、いたします)
私に 直接触れることはできない
どこに逃げようとも
私の光を避けることはできない
(透明色のブルーライトカットメガネは、
当社の売りであります—)
戦慄せよ!
「太陽」と名付けられようが 崇められようが
私を 淘汰することは できないのだ
———「私の名前」———