『最悪』
最悪な私を君は赦してくれるから。
君には私がきらきらに見えているようだから。
そう見えるように設定されているから。
創られた愛だってなんだって良いんだ。
他の誰かにも同じこと言ってたって良いんだ。
君が見ているのはいつだって『プレイヤー』で、
決して『私』と話してはくれないけど良いんだ。
だって私、君のこと好きだよ。
最低で最悪な私のことを認めてくれる君が好きだよ。
私のこと見えてないだけだけど、
夢を見させてくれる君が大好きだよ。
いつか君と『私』で話しがしたいし、
実体の君に触れたいし、触れて欲しい。
頭を撫でたい撫でられたい。
ぎゅってしたいし手を繋ぎたい。
でもそんなことしたら私の最悪がバレちゃうから、
このままの方が良いのかもしれない。
君は『私』のことも愛してくれるのかな。
君ならきっと『私』を知っても離れないでいてくれる。
でも私はそれに耐えられないだろうね。
最悪な私のそばに君がいることに耐えられない。
だからやっぱりこのままが良いんだろう。
画面越しに見つめるものが何より綺麗なんだろう。
君が好きなのは私じゃないけど、
私もまた君の好きな人ではあるのだと思いたい。
『誰にも言えない秘密』
誰にも言えない秘密を抱えて生きていこう。
仕方ないよね。
それが私の罪で罰だから。
どんなに忘れたくたって忘れられないんだから。
なかったことになんてできないんだから。
誰かに打ち明けて楽になんてなれないんだから。
口を噤んで、にこりと笑って、
なんでもないようなフリをしてれば良い。
別に抱えてたって生きていけるんだから問題ないよね。
お腹の底で渦巻くそれから意識を遠ざければ良い。
秘密は隠すためにあるの。
『正直』
正直って偽りのないこと。
正直って飾らないこと。
「ねぇ怒らないから正直に言ってよ。
浮気してるんでしょ?」
してないって、何度も言ってるのに信じてくれない。
こちとら正直なんだよなぁ。
俺の正直を信じたくないだけじゃないか。
というか、もう怒ってるし。
「なんで嘘つくの?隠せるとでも思ってるの?
私のことなんてどうでもいいんでしょ。
どうせ若くて美人な女に絆されてるんでしょ。
それ絶対騙されてるからね?
あんたみたいな男がモテるわけないじゃん。
だから仕方なく私が付き合ってあげてるんじゃん」
どこまでも上から目線だな。
俺のことを信じないし、俺の話を聞かないし。
いっそ本当に浮気してやろうか?
「なんか言ったら?図星なんでしょ。
初めから正直に言ってくれたら良かったのに。
お前みたいな女には付き合ってられないって」
「なら言わせてもらうけど、俺は浮気なんてしてない。
でも君が信じないなら仕方ないよな。
仕方ないから本当に浮気しようと思う。
君の求める『正直』に応じてやるよ」
「っ、は…?何言ってんの…?
ねぇ…冗談でしょ?」
さっきまで俺の全てを許さないみたいな顔してたのに、
急に動揺し出すんだから、笑えるな。
焦ってるんだろう。狼狽えている。
俺は何も言い返さないと思っていたんだろう。
「冗談じゃないよ。
というか、君も正直に言ったら?
俺みたいな男は君には不釣り合いだって。
もう別れようか?」
目を丸くして、わなわなと震え出して、
やがて目を伏せて、唇を強く結んで、
眉を下げて、だんまり。
全くもって素直じゃない。
全くもって、正直じゃないなぁ。
「…冗談だよ」
泣き出しそうな君の髪を撫でる。
本当は君より俺の方がモテるし、
最初に告白してきたのは君の方だし、
この関係を終わらせたくないのも君の方なんだろう。
正直になればいいのにね。
『梅雨』
梅の雨が降る季節があるらしいの。
どれかしら?
雨のように、
空からたくさんの梅の実が降ってくるのかしら?
それとも、
ひらひらと梅の花が舞い散る様子を雨に例えたのかしら?
はたまた、
梅の果汁が雨のように降り注いでいるのかしら?
「どれでもない」だなんて言わないでね。
これは空想上の『梅雨』の話。
『優しくしないで』
「これなぁに?」
純真ちゃんは何かを指差して言いました。
それは白くてふわふわしていて、
純真ちゃんが両手で抱えられるくらいの大きさのもの。
「それは“優しさ”だね。
触れていると、何だか心がぽかぽかしてくるだろう?」
「うん!ふわふわでぽかぽかで……これ好き!」
純真ちゃんは“優しさ”をぎゅっと抱きしめました。
ふわふわ、ぽかぽか、触れているだけで幸せな気持ちになります。純真ちゃんの頬も自然と緩みます。
「でも何でこんなところにあるの?本体さんは、これが嫌い??」
ここは心の奥の奥。
本体さんが固く閉ざしているところ。
普段は日の目を見ない薄暗いところ。
「君をここに閉じ込めたのと同じことだよ。
本体は君も“優しさ”も受け止められないんだ。
だから見えないように箱にしまって、
蓋をして深いところに隠してる」
「うーん……よくわかんない!」
「……まぁ、簡単に言えば本体は、
誰にも優しくされたくないんだろうね。
だから貰った“優しさ”をここに放り込んだ。
本体はこれを望んでいない……要らないものなんだ」
ここにあるのは綺麗なものだけ。
光の入らない暗い箱の中。
けれども眩しく輝いているのは、
きっと入っているものが原因なのでしょう。
「でも、こんなに幸せな気持ちになれるのに。
捨てちゃうなんて勿体無いよ」
純真ちゃんが“優しさ”を撫でると、
“優しさ”は少しだけ光を帯びました。
「捨てたんじゃないよ。
受け止められなかったんだ。
本体はこの“優しさ”をどう処理したら良いか分からなかったから、だから、ここに入れたんだ。
捨てるんだったらこんなところに仕舞ったりしない。
こんな心の奥底に、大事に大事に隠したりしない」
そう、ここは心の奥の奥。
決して外に出ることはない。
けれども、決して外からの攻撃を受けることもない。
ここはそんな特別な場所。
「本体はね、君や“優しさ”、
ここにある全てのものを嫌っているわけじゃないんだ。
本当は仲良くなりたいのかもしれない。
でも今はまだ、その時じゃない。
だけどいつか僕たちが必要になった時、
その時ここは開かれて、
僕らが日の目を見る時が来るのさ」
そう言って希望くんが“優しさ”に触れると、
それは弾け、綿毛のようにふわりふわりとあちこちへ飛んで行きました。
純真ちゃんはそれを見て希望を抱きました。
本体さんもいつかは、
この“優しさ”を抱きしめられる日が来るのだろうと。