『遠い約束』
いつか君が死ぬ時は僕が看取ってやろうという約束、
結んだことを君は覚えていないのだろうね。
まだ生まれたばかりの君と結んだ、大切な大切な約束。
決して君を独りでは逝かせないという約束。
僕たちは皆、人間とそのような約束を結ぶのだけれど、
人間はそのことを覚えていないものだから、
死神だなんだと言って恐れるのだ。
死とは僕たちが運ぶものではなく、
初めから君たちが持っているものだというのに。
遠い約束を果たしに行こう。
どうしようもない君を看取りに行こう。
君がどんなに立派でも間抜けでも、
僕たちは等しく君たちの元へ訪れる。
約束は守るよ。
だから安心して、良い夢を。
『新しい地図』
なんだい、そんな古ぼけた地図抱きかかえて。
こっちの新しい地図をやろう。
見てご覧、これは分かりやすくて間違えることもない。
迷うことなく最短で目的地へと辿り着けるのさ。
ほら、そんな古い地図はもう捨ててしまいなさい。
そんな地図じゃあ、目的地も分からず無駄に彷徨ってしまうだけだ。
足が疲れて行くのも億劫になってしまうよ。
道に迷って、歩き回って、辿り着けずに時間を浪費する。
そんなのはもう懲り懲りだろう?
どうした。いつまで抱えているつもりだ。
早く手放すんだ、そんなもの。
ごちゃごちゃしていて分かりづらい。
間違いだらけで正確性がない。
無駄が多くて利便性がない。
計画性も現実性も何もない。
そんな子どもが描いた落書きのような役立たずの地図、
とっとと捨ててしまえと言っているんだ!
ああ、そうかい。
君はそんな地図で満足なのかい。
それに散々苦しめられてきたくせに、
手放せないだなんて困ったものだな。
馬鹿馬鹿しい。
『記憶』
人は老いと共に記憶を失っていく。
忘れたいことも忘れたくないことも、
時には自分の息子の顔も孫の顔も、
全て忘れて真っさらになる。
「人は次の人生に向けて記憶をゼロにする。
だから何もかも忘れてしまう。
赤子は何も知らない真っさらな状態だろう?」
そうしてそれからまた、記憶を増やしていく。
人は成長と共に記憶を得ていく。
覚えたいことも覚えたくないことも、
とにかく何でも覚えていく。
「逆に小さい時は自分の中に何にもないから、
とりあえず何でも覚えておこうとする。
記憶っていうのはそういうものなんだな。」
と、先生が話していたことを私は覚えているが、
先生はそんな話をしたことを覚えているのだろうか。
きっといつかは私も忘れてしまう。
だからこうして残しておこうと思ったのです。
『叶わぬ夢』
貴方のところへいきたいだなんて、
そんなこと叶わない夢だと分かっております。
何せ貴方と私では生きている場所が違う。
世界も時代も次元も、何一つとして同じではない。
仮にそのどれかが同じだったとしても、
私は貴方のところへはいけないのでしょう。
私は貴方と同じところへはいけないのです。
それは叶わぬ夢なのです。
貴方の視界に映りたい。
貴方と視線を交わしたい。
貴方にどうか私のことを知って欲しい。
そんなの全て馬鹿げています。
願うだけ無駄な夢なのです。
初めから決して叶うことはない夢なのです。
それでも今日も私は、そのような叶わぬ夢を糧にして、
このありふれた現実を生き抜いているわけです。
それはとても幸福なことで、
それはとても空虚なものです。
それが、私の人生です。
『君を探して』
君を探してくれる人なんてもう何処にもいないんだよ。
君がここからいなくなっても、
君の命が終わりを告げても、
もう誰も君のことを探してはくれない。
可哀想だね。
ね、僕もなんだ。
僕のことももう、誰も探してはくれない。
僕が何処にいたっていなくたって、
この世界には何の影響も及ぼさない。
それってとっても幽かだ。
取引しないか?
いつか君がいなくなった時は、僕が君を探してあげる。
君が何処にいたっていなくたって、
きっと君のことを見つけてみせるよ。
君の命が終わりを告げてもきっと、探してあげる。
だからどうか、どうか君は僕を探して。
他の誰もが見向きもしない僕を
どうか君だけは見つけてくれ。
お願いだよ。