『海へ』
くじらの心臓を探しに行きましょう。
空にあったはずなのに失くなっちゃったみたいだから。
きっと海へ落としたのだと思う。
恋しくなったのよ。くじらだもの。
この海へ還って来たかったんじゃないの。
だけど貴方だけ行って、遺された身体はどうするのよ。
寂しそうよ。心臓或いは頚が無いんじゃ、いくら怪物だからって生きてるとは言えないでしょう。
だから海へ行きましょう。
くじらに心臓を届けるの。
海の底に沈んでしまった眩い光を掬い上げて、
空で泣いてる身体の元へ導いてあげるのよ。
そうして今一度『くじら』になって、
『くじら』の姿でこの海へ還って来なさい。
きっと海は貴方を受け入れるから。
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『海へ』というお題を見て真っ先に浮かんだ言葉は、「海へいこう ありす」だった。
これは日渡早紀先生の『ぼくの地球を守って』という漫画に出てくる詩、「みおくる夏」の最初の一文。
『裏返し』
オセロをするのが好きでした。
一人でもできるから。
どこで貰ってきたのか、旅行に持っていくような小さなオセロを持っていたのです。
半分に畳める、片手に乗るくらいの大きさの盤。
小指の爪ほどのサイズの石には磁石が入っていて、オセロをせずとも石を並べてくっつけるだけでもそれなりに楽しいものでした。
小さな石を ぱちん ぱちん。
先手も後手もどちらも私。
黒で攻めては白で攻める。
裏返して裏返して、裏返したものを裏返す。
きっと私が天才だったらこんなの楽しくないけれど、
幸いにも私は馬鹿だったから。
こんなものでも退屈しのぎにはなったのです。
多分ね。
『夜の海』
そこでは波の音しか聞こえない。
黒い海から押し寄せてくる大きな音は少し怖くて、
私は家族の元を離れられなかった。
花火をしたんだ。
海に行った日の夜は必ず、砂浜で花火をした。
赤や緑の光が弾けて音を立てた。
しゅわぁぁぁ ぱちぱちぱち
波の音はいつの間にか怖くなくなっていた。
線香花火は最後の楽しみだった。
火の玉が砂浜に落ちるまでを見届けた。
それも終わって「さぁ帰ろう」という頃には、
辺りは火薬の匂いに包まれていた。
父と母が歩き出す。
姉がその後をついていく。
こんな時間でも車は道路を走っていた。
歩道には転々と街灯が置かれていた。
向かいの宿泊施設では窓から灯りが漏れていた。
私たちはこれから、あの明るい場所へと向かうのだ。
夜の海は寂しそうだった。
昼間の海とは違う顔をしていた。
砂浜に火薬の匂いを置いたまま、私は姉の後を追った。
海が背後から呼んでいた。
けれども決して振り返らなかった。
波の音は、やっぱり少しだけ恐ろしかったのだ。
『心の健康』
心の病って、存在するんだよ。
甘えでも弱さでもなくて病気なんだよ。
だから治せるし、改善できるし、対策できる。
それでも罹るときは罹るよね。
でもそれで終わりじゃないよ。
ちゃんと心の病にもお医者様はいるし、お薬はあるし、支えてくれる人も場所も存在してるよ。
今はもう、そういう時代なんだよ。
お医者様にもお薬にも、合う合わないがあると思う。
心の病ってちょっと治療法が多すぎるよね。
だからこそ自分に合ったものを見つけてほしい。
近くの病院行ってみたけど、カウンセリング受けてみたけど、全然駄目だった。合わなかった。嫌だった。
そこで諦めないで欲しい。
もし不調や問題を感じていて、それを改善したいと思っているのなら、他のところも受けてみて欲しい。
きっと貴方に合うところがあるはずだから。
『心の健康』というものに目を向けられてきてはいるけれど、どのような心の病気があり、どのような症状があり、どのような治療法があるのかをちゃんと知っている人はどれだけいるのだろうか。
向き合ってあげてね。
自分の心はもちろん、周りの人の心にも。
気づいてあげてね。守ってあげてね。
心の声を聴いてあげてね。
『明日、もし晴れたら』
明日、もし晴れたら、君に傘を返しに行こう。
電車に乗ってバスに乗って、君の元まで届けに行こう。
日傘をさして傘を持つ。
晴れているのに傘を持つ。
すれ違いざま幼子に、「なんで傘持ってるの?」と
指をさされたって気にしない。
今、私にはこの傘が、赤い糸のようにすら見えている。
これは君と私を繋いでくれる運命の傘なのだ。
小指で持つには少し重たいけれど、
その重みすら愛おしい。