「平穏な日常」
鳥が鳴く声は聞こえない
草木も枯れたこの街で
冷たいビルの残骸が
ただ無機質にそこにいる
未来を無くした僕たちを
星たちはどう思うだろう
心を無くした僕たちは
ただ過去に生きるしかない
青空の下で
バスを待っていたあの日
小さな子どもたちが喧嘩しているのを
騒がしいと憤っていたあの時
母の作った朝食を
あの日僕は食べなかった
鬱陶しくて返さなかった
あの日の父からのメール
僕は今でも覚えている
もう何も聞こえない
僕の呼吸と
僕の鼓動以外
もう何も聞こえない
頭の中で
過去のテープを再生する
何度も
何度も
煩わしかったみんなの音は
いま僕がいちばん欲しいものなんだ
いずれ僕の音も
聞こえなくなるだろう
いまはただ
ありふれた日常に戻りたい
お金がなければ、おいしい食べ物は買えない。
お金がなければ、良いところに住めない。
お金がなければ、良いスーツを着れない。
お金がなければ、生きていけない。
一番何が大切かって?そりゃあお金だよ。
でもね、問題はお金を何に使うかなんだ。
こうありたい、何かをしたいという欲求。
欲求を満たすための道具としてお金があるのさ。
欲望がなければ、人は人足り得ない。
お金はただの紙切れになってしまう。
強欲さこそが、生きる上で最も大切なものだと、俺は思うね。
月夜
窓を開け、夜風にあたりながら
ぼーっと空を見つめる。
何を考えるでもなく、何を見ようとするでもなく
ただ視界も思考もぼやかして、
自らの存在を、夜に滲ませて同化させる。
数年ぶりにまともな仕事についてから、
それが僕の日課になっていた。
残り一本となったタバコを箱から取り出し、
口にくわえる。
こうやってまた吸えるようになったのも、
働き始めたからだ。
ぼやけた夜空に、タバコの煙がたちこめる。
満月の下では、僕も、星も、僕以外の人たちも、タバコの煙すらも等しく同じ存在。
ふぅっと煙を吐いて、
僕は夜との同化を一時停止した。
明日、またタバコを買わなきゃな。
少し奮発して、マルボロを吸ってみようか。
それと、金曜日だから酒を買って、
仕事終わりに呑むんだ。
缶ビールを2本ぐらいにしよう。
つまみは何にする。
カルパス何本ぐらいで
満足した晩酌になるだろうか。
刺し身を買うのもいい。
魚は身体にいいから。
それに、最近少し暑くなってきたから、
さっぱりとしたものが食べたい。
土曜日にはコインランドリーに行って、
洗濯をしなきゃいけない。
散々ため込んでいるからな。
洗濯機を買いたいけど、金は無限に湧いてこないし、買ったとて、見知らぬ人に家に入られると思うと、たまらない。
布団も干さなきゃいけない。
ずっと敷きっぱなしでは、衛生面で悪いから。
布団だってタダじゃないんだ。
大切に使わないといけない。
週末は贅沢をして、いつもより高い肉を買おう。
久しぶりに、りんごも買おうか。
ああ、果物ナイフはあっただろうか。
りんごの皮を剥くには、
やはりそれ相応のナイフでなくちゃな。
でも、もしナイフがなかったとして、
りんごを食べたいためだけに新しいものを買うのか?
それって、無駄遣いにならないだろうか。
金、あったかな。
給料が出るのは20日だし、
色々と照らし合わせて使わないといけない。
三つ折りの財布を取り出し、
中身を確認しようとしたところで手を止める。
静かな夜に、僕の笑い声が
ひたひたとはりついていた。
こういうところ。こういうところだよ。
すべてが面倒になる。頭の中があらゆる思考でごちゃまぜになって、出発地点を見失ってしまう。
明日のことは、また明日考えよう。
その日の気分で、その日を過ごせばいいんだ。
また、僕は空を見上げた。
今晩の月は、また一際と輝いている。
すぅ、すぅ、と僕の息が聞こえる。
僕は生きている。
遠くの方で、車のクラクションが聞こえる。
痴話喧嘩だろうか、若い男女の声もかすかに聞こえる。
空には、無数の星が輝いている。
夜風は不規則に、僕の前髪を揺らした。
僕は、またこの世界の一部になった。
そう思うと、胸の奥の方から
じんわりと嬉しさが押し寄せてきて
僕の身体全体に、染み込んでいくように思えた。
大丈夫、僕は明日からも生きていける。
鼻の奥がツーンとしたけれど、
僕は黙って、空に浮かぶぼやけた月を見ていた。
あの日、君がオレに話しかけてくれた日。
今思えば、あれがオレの人生の
スタート地点だったのかもしれない。
人生、なんて格好つけて言ってはみるけど、
そもそも人間じゃないオレは、
「人生」という箱庭にすら存在しない
ただの異物でしかなかった。
そんなオレを、君が引き入れてくれたんだ。
それからのオレは、
少しは人間らしくなれただろうか。
何回も何十回も、
同じ歴史を繰り返して。
変えようとしても、できなくて。
そのたびに巻き戻しして、
また初めてのように君に出会うけど、
オレは、人間の心を持てているだろうか。
長い長い時間の中で、
人ってものを勉強する余裕はあった。
でも、暑い夏の日に食べるアイスクリームの味や、
海岸に足を踏み入れたときの砂の感触、
深い森の中での静けさは
自ら経験しないとわからない。
あらゆるものがありふれていて、でも儚い。
オレを残してみんな消えていってしまうけど、
オレは、それを本当に哀しいと思えているのか?
文字で学んで理解することと、
感じて理解することは、大きく異なる。
オレの心は、人間になれているのか。
オレが開放される日は、いつになるのだろう。
きっと明日も
暖かい季節と 肌寒い季節の狭間
公園の木々たちは みんな風でざわめいて
街中に溢れる人々たちも
同じように冬支度を始めるだろう
攻めてくるような日差しも
やがて身体を包み込む優しさに
押入の中にある
冬服を出さなくちゃ
夏と冬のあいだと
冬と夏のあいだ
姿を見せない恥ずかしがりや
主張しないその控えめな姿
それでも明日
私はまた探すだろう
小さな小さな君たちのことを