🐥ぴよ丸🐥は、言葉でモザイク遊びをするのが好き。

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11/1/2022, 1:42:04 PM

089【永遠に】2022.11.01

「永遠に愛を誓います、なんて、ありえないよね」
ふたりならんでテレビを見ていたら、結婚式場のコマーシャルが流れてきた。そんなことをいいながらクスクス笑って、きみはぼくの肩に甘えるようにもたれかかってきた。
「え、きみはぼくを永遠には愛してくれないの?」
ぼくはぼくで、イタズラっぽくきみをのぞきこんで、揶揄するように、軽いキスをした。
「さあ、どうなんだろ?でも、いまは大好きだよ」
と、きみからもお返しのキスがきた。
「永遠はあるよ」
ぼくはちょっとイジワルな気分になって、反論してみた。
「それはね、つまり、新陳代謝を別の言い方であらわしただけだから」
きみはぽかんとした。それから、なによそれー、また哲学テッちゃんきたよー、ウケるんだけどー、とまるで関西のどつき漫才の芸人のように、ぼくの体中をばしばしたたきまくった。
「だからさ、伊勢神宮の式年遷宮みたいなもの」
「シキネンセングウ?……あ、わかるかも。何年かに一回、神社を新築するってやつ?」
そうそう、知ってるじゃんよー、とか返しながらも、えらくザツな理解のしかたにぼくは苦笑した。
「伊勢神宮ではね、二十年に一度、社殿も宝物も、全部新調するんだよ。つまり、神様の新陳代謝」
きみは、ふふふ、全部総取っ替えの新陳代謝なんて、美容によさそうだね、アマテラスさんも女性だから、そのへん気にしてんのかな、なんていうたわいないことをつっこみながら、
「あ、ていうことは、新調するたびに若返るってこと?アマテラス、美への追求、貪欲すぎじゃん!美魔女かよ」
って、きみがそーゆーとっぴょうしもない発想をするところが、ぼくは好きだ。
「そう、二十年に一回、神社が若返るんだよ。人間の努力でね。その努力を継続してきた結果、昔からの建築や伝統工芸の技術なんかも引き継がれてきてるんだよ。すごくない?」
「すごい。マジすごい。努力、偉大」
「だから、永遠っていうのは、新陳代謝のための不断の努力をし続けること。人間が努力をし続けることで、永遠を可能にできる」
ふーん、永遠って、つまり、努力のことだったんだー、ときみは感心しかかっていたけど、
「ところでな。いま、不断の努力、って、憲法入ったよね?」
「うん」
「伊勢神宮と憲法ならべて語るヤツ、たぶん、あんたしかいないんだけど!」
すると、ああ、まただ……ちょーウケるっ、と全身をべしべしとしばかれた。
それからきみはやおらたちあがり、ぼくにもたちあがらせて、手を握り、まるでラピュタのシータとパズーが「バルス」をするときのように、握ったふたりの手をかかげ、
「わたしたちふたりは、永遠の愛を現実のものとするために、不断の努力を怠らぬことを、ここに誓います」
とおどけた調子で誓いを立てて、なーんてね、とかってケタケタ笑ってるんだけど。そこをすかさずぼくはぎゅっとハグした。
「誓ったね。うそついちゃだめだよ。結婚しよう」
え?、と、きみはあきらかに虚をつかれていた。ぼくの腕の中できみの体がきゅうにしなやかになった。
そして、ぼくときみは、ふかくふかく、永遠のためにキスをした。

10/31/2022, 3:22:18 PM

088【理想郷】2022.11.01

「ヴォロージャ兄さん……お茶の時間だけど、どうかな?」
声をかけながら部屋にはいると、ヴォロージャは窓際にいざりこんでなにかに夢中になっていたらしい。内緒の悪戯を見つけられた子どものように、はっとこちらにふりかえった。
「……あ、あぁ……ユーリャ。もうすこしだけ待ってて。いま、果樹園に南国の果物を植えられないか、実験しているところだから」
と、兄は気もそぞろであるといわんばかりに、いらえを返そうとした私を置きざりにして、色鮮やで、つるつるとした小石をいくつかつまみあげ、床の上に並べた。
「はい。これでおしまい」
無邪気ににっこりしながら立ちあがると、
「いくよ、ユーリャ。遅くなると、お母さまが気を悪くなさるからね」
と手をさしのべて、むしろ私のほうをいざなおうとした。私は、不用意に目頭が熱くなったが、かろうじて、手をまぶたまで持っていくのは抑えた。
弟である私のほうが年長者であるかのように兄に接さねばならなくなって、もう一年以上経つ。回復の見込みはない、と医者からは見放された。教会は、ただ祈れ、とだけ告げて突き放した。きまぐれにおとずれる、こうした奇跡の瞬間、ヴォロージャが幼きみぎりを思い出したかのように、長兄として気丈に振る舞おうとする姿を見せてくれる瞬間だけが、私にとっての唯一の慰謝であった。
ふたりして室を出ながら、私は一瞬だけ後ろを見て、ヴォロージャの理想郷の全景を視野におさめた。
もともとは、テーブルのチェス盤の上でだけの世界だった。チェスの駒と、煌くカフスボタン、それとふたつばかりのさいころ、それが兄の版図であり、人民であり、作物であった。それはいくばくもせぬうちにテーブル全体にはみ出し、さらに拡大し、いまでは床一面がヴォロージャの夢に占領されている。兄弟共有の玩具だった機関車はアジアへとつながる鉄道となり、妹のサーシャのドールハウスは国会議事堂になっていた。わざわざペテルブルクから取り寄せた哲学書は、もはや読まれることもなく、ヴォロージャの版図の縁のほうに累々と積み重ねられている。これらはいまでは、国境の山々となっているのである。
「お父さまは古臭くて困ったものだね。もう、旧来のやり方は通用しなくなってきているというのに……次期当主である僕の意向もとりいれて、あとすこしだけでも農奴の待遇を改善してくれたらいいのに」
ね、ユーリャもそう思うでしょ、と小首をかしげるヴォロージャに、私は中途半端な返事しかできない。以前なら、その理想に私も私の理想を熱く語り返すことができた。だけど、いま、ヴォロージャは後継者ではない。私でもない。次期当主は、父に忠実で、もしかしたらそれ以上に反動的かもしれない二番目の兄、ニコライだ。
すべては、半年にわたる獄中生活のせいだった。私は、おもわずヴォロージャの細い体躯を抱きしめた。その背中に、腕に、拷問の傷跡が残っているのを、衣服に隠されてはいても、私は知っている。
革命への夢は、もはや断つしかなかった。いまはただ、このひとさえ無事にながらえてくれたらいい。私の望みは、ただそれだけだった。

10/30/2022, 1:35:37 PM

087【懐かしく思うこと】2022.10.30

ひさしぶりに、母校のあたりをうろうろした。うちの小学校区は、初めて来たひとは、一度入ると必ず迷子になる、といわれるような、道も方位もカオスな地区だった。まあ、ほんとにちっこいころから補助輪付きのピンクの自転車で走り回ってたから、地元民にとっては、いうほどカオスな実感はなかったけどね。だけど、もう、20年くらいは前になるのかな、区画整理の対象になり、全部がガッとまっ平になった。新たに道が刻まれ、それから、ぽこりぽこりと新しい家が建ち、それなりにまた、街らしくなってきた。その新しく碁盤の目状に整備された道路を通っていると、たしかに、かつてはカオスだったんだな、ということが逆にわかった。そう、そのカオスぶりを思い出しながら、バイクをちんたら運転しながらうろうろしてたんだ。
区画整理がはじまったころは、ホントはここにはこんなふうに道が通ってて、魚屋の横に八百屋があって、抜け道はここで、なんてことを克明に思い出せた。だけどどうだろう。いまではうすぼんやりとしか思い出せなかった。こんなふうに、懐かしく思うことすら懐かしくなっていくのか。時の流れは残酷だとおもいながら、大通りへの交差点で、信号待ちしてたりしてた。
高校のときの通学路は、ここはモロッコかよといってもいいくらい、レトロで、路地が入り組んだ地域を通過してて、ママチャリで突っ込んでは、行き止まりに泣かされたり、見当はずれの所に出て、ムダに体力消耗したり。懐かしいほど最悪だった。ここもすこしずつだけど区画整理がはじまって、変に工事用の道がついてるものだから、ますますわけがわからなくなってる。この過渡期のわけのわからなさもいずれは消え去り、きれいさっぱり、ぴかぴかの道と、建て替えたばかりの家でいっぱいになり、懐かしく思うことすらも全部忘れられてしまうのかとおもうと、泣けてくる。
この地区のスクラップアンドビルドが終わったら、次もまた、別の地区に行政の手が入るんだろうな。まるで街が、戦前の模様が残った古い皮を脱皮していくのを、一生かけて眺めているような気分だよ。もし手に入るなら、その皮全部、私が貰っときたかったかもな。

10/29/2022, 12:09:43 PM

086【もう一つの物語】1022.10.29

私は角膜です。私の持ち主は学校の先生でした。だから私は毎日毎日、たくさんの子どもたちの顔と、黒板を見ていました。楽しかったです。黒板の前の先生を見つめる子どもたちの瞳、あ、わかった!、といきいきしはじめる子どもたちの表情、そのとき血液や神経を伝ってくる先生のよろこび。毎日毎日同じものばかりを見ていましたが、一日たりとも同一であったことはありませんでした。
だけど、残念なことに、先生は事故で亡くなりました。にもかかわらず、私は死にませんでした。脳死でした。先生はもともと、誰かの役に立つことに生きがいを見出すようなタイプのひとでした。だから、万一のときは臓器提供するよう、意思表示していました。そうでした。先生が更新の度に免許証の裏にそう記していたのを、私も見ていました。
私は冷たくなった先生の体から切り取られ、もっと冷たいもののなかに納められ、旅をしたようです。眠っているわけでもないのに何も見えないなんて、私には初めてで、あんなにドキドキしたことはありません。そして、なにやら明るいところに取り出されて、移植されました。
新しい持ち主は、最初は瞼を閉じていました。新しい持ち主が初めて瞼を開いたとき、とても眩しかった。新しい持ち主の目のなかで、目の使い方は、ひとによりクセがあることを知りました。お互い呼吸をつかむまで、ややかかりましたが、私はちゃんとなじむことができました。
新しい持ち主は、旅することを仕事にしていました。ツアーコンダクターというやつです。学校しか知らなかった私が、今度は旅から旅へ、もう一つの物語を生きることになるだなんて。かくして、新しい持ち主といっしょに、私は、日本中を旅することになりました。そのことの、なにが素晴らしかったって。私は新しい持ち主に連れられて、かつて、先生が私の目の前でチョークで黒板に書いていた地名の数々のまさにその場所に、日々、おり立つことになったのです。そこで、私は、子どもたちといっしょに習った建物やら自然現象やらの本物を、目の当たりにすることになりました。百聞は一見にしかずとはこのことです。学びてときにこれを習う、というのはこういうことかと、旅立つたびに驚きを新たにしました。いや、その孔子の言葉は本来はそういう意味ではないのですが、私にはそう思われました。
さて、新しい持ち主もずいぶん長いことこの仕事をしています。そろそろ定年退職です。もう旅よりも家でゆっくりしたい、というのが最近の口ぐせです。きっと私も、日々、新しい持ち主の自宅まわりの景色のうつろいを眺めながら、おだやかに暮らすことになるのでしょう。

10/28/2022, 2:35:27 PM

085【暗がりの中で】2022.10.28

かけ布団の中にもぞもぞともぐり込む。これで、インスタントに暗がりが一丁あがり。冬の布団はしっかりと綿がはいって分厚いから、遮光もしっかりきく。たったこれだけのことで、気分は洞窟探検だ。
「だけど、アレのなにが面白かったのかねぇ……よくわかんないや」
と兄貴は、お猪口の日本酒をちょっとだけすすった。
「あんな暗がりの中で、ナニしてたんだっけ?」
「さぁ……オレもよく覚えてない」
わはははははは、ほろ酔い加減の兄弟ふたりで声をあわせて笑った。
「懐中電灯で、ほら、手のひらとかすかしてなかったっけ」
「あー……あったかも。なんか、いつも、電池が勿体無いって、おふくろが……」
いいさして、はっとして、写真立てのほうを向く。老いてもなお笑顔がチャーミングだった俺たちの母親が写っている。
「……いまどきだったら、布団にもぐってスマホの持ち込みかねぇ」
「ですよねー。翔太がすでにそうだわ」
「翔太、いくつだったっけ?」
「もうすぐ五歳」
「五歳かー。布団の中でのスマホ、楽しいだろうなぁ。やってみたかった」
「いますぐやったら?布団ひいてやろうか?」
「バーカ」
兄貴に頭をしばかれた。こんなのいったい何年ぶりだろう。
「明日は納骨か。おふくろ、これからずっと、暗がりの中なんだな」
「うん。さびしいな」
「懐中電灯持たせてやろうかな?」
「なにいってんの。いまはスマホの時代だよ。もうすぐ三途の川のむこうにもアンテナ立つから。いつでも通話できるぜ」
俺は酒をあおった。おろした空の猪口を、兄貴が満たしてくれた。
と、そのときだ。スマホが鳴った。俺たちは、びくっとした。よく見ると、翔太のおもちゃのスマホだった。まさかね、とふたりで顔を見合わせながら、
「もしもーし、おふくろか?」
もちろん、返事があるわけない。ほっとするような、期待ハズレだったような。
俺たちは期せずして同時に猪口をとった。それから、それぞれめいめいのやり方で、鼻の奥をツンとさせるなにかと一緒に、酒を飲みほした。

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