回顧録

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9/17/2024, 1:59:26 AM

雨男や雨女なんて居ない。もし本当に存在するなら干ばつの酷い地域に連れて行けばいい。そうしたら砂漠もオアシスに早変わりだろうし、農作物が不作の年なんてないはずだ。 でも実際には不作で値上がりもすれば、数年前は綺麗だった川だって枯れる。人間如きに天気などどうにか出来ることなんてない。

今でももちろんそう思っている。思ってはいるのだが、
不覚にも雨がしとしとと降り続いたとき、さめざめと泣く村上の姿が脳裏を過ぎったのだ。
そんなところ見たこともないのに。

どちらかと言えば、からっとした晴れ空が似合う男だと思う。
竹を割ったような性格で、熱血で快活。灼熱の太陽のごとくアグレッシブ。ニカッと笑った顔が眩しくて、近づけば焦がされてしまいそう。というのが表向きで、実際の村上さんは穏やかだ。激情的になることはまずない。周りがアホなことをしているのをニコニコぽやぽやして見守っている。陽だまり、みたいな。あの顔を見てると気が抜ける。
俺はある程度気を張っておきたいタイプの人間なので仕事前は極力見ないようにしている。

何が言いたいかと言うと、あいつのエネルギーというのは本来そこまで強くないのだ。
みんなを照らせるくらいの力はある。白熱電球の温かみのある光。でもそれを出力MAXにしてミラーボールみたいにギラギラ輝いてるのが普段の村上だ。
困ったことにタフだから、誰も無理していることに気づかない。鈍感だから本人すら気づいていない。
俺にはそれ分かるからな。作り笑顔って。普段から作ってたら、バレへんと思ってるんかもしれんけど。

エネルギーの慢性的な過剰消費に、他人からの悪感情が巣食ってガス欠を起こしているというところだろうか。
実はナイーブなところ、もう知ってる人間大分減ってきてるからな。
ガラスのハートではないが、決して壊れない訳じゃない。分かってるけど、普段のお前を見ているとつい忘れそうになる。
せめて俺だけはちゃんとせなあかんのやけど。

『向いていない』『浮いている』『お前が足を引っ張っている』『お前が辞めたら良かったんだ』

画面の前で、そう言われて『ごめんな』と謝っているお前を見た時、腸が煮えくり返るかと思った。分かっている、全部ジョークだ、画面の中で行われることは全てフィクションで、良いところモキュメンタリーだということも。でも、その顔が強ばっていることに隣に座っている奴が気づいていないことに激しい怒りを覚えた。

そこで何となく、この回がいつ撮影されたものなのか察した。
あの日だ。この土砂降りでもない、でも延々と降り続く小雨が降り始めた最初の日。 東京には今も雨が降り続いている。
少し換気のために窓を開けていたからか雨音が煩い。ヒナのカラカラとした笑い声が頭の中を空回った。
心が冷えていくような気がした。

ーーどうして休みの日まで、お前のこと考えなあかんねん。


俺しか気づけないのならば、俺が動くしかないだろう。
今あいつがどこにいるかマネージャーから聞き出し現場に向かう。仕事中だと言われても構うものか、こっちが最優先事項だ。

「あれ!?なんで、おるん?」

答えず、目が丸くなった男の手首を掴んで使われていない部屋に入れる。

「どうしたん……」
「お前が泣いてるような気がした」
「なんでそれでヨコが来るんよ」

眉を下げてへにゃりと笑う。どこか泣き出してしまいそうな、困っているようなそんな表情。俺は今までその顔をどれだけみただろう。

「御足労ありがとうございます。でも泣いてへんよ、無駄足やったね」
「泣かれへんの間違いやろ」
「もう泣かへんの間違いや。泣くなんて俺らしくないやろ」

どうしてもって言うんやったら、お前が代わりに泣いてくれとケロッと、でも少し震えた声が伝える。巫山戯るなと思った。
言いたいことが山ほどある。らしいらしくないなんてない、どんなお前だってお前だ。それに、

「泣くのが1番お前らしいやろ」
「…………」

誰に何を言われたか分からないが、誰よりも長くて濃い時間を過ごして来た俺がいうのだから間違いない。
人生の過半数お前の泣き顔を見て過ごした気がする。陽だまりのようなこの男は感情がとぼしいというか、すぐに涙腺に来てしまうのだ。感情表現のバリエーションがない。
悲しいも寂しいも怖いも悔しいも嬉しい時ですら涙を目に溜めた。でもある時から自分の事で涙を流さなくなった、人のことでしか泣かなくなった。でもそれは傷つかなくなった証拠にはならない。

「代わりに泣いてくれ?甘えんな、ちゃんとお前が泣け。よほど泣きたくないんかもしれへんけど、ヒナの代わりなんておらんねん。ヒナがちゃんと悲しまないとその悲しみは残ったまんまや」
「……余計、悲しくなるやん」

あと一押し。

「悲しなったら、寂しなったら傍におったる。吐き出したいなら全部聴く。お前の代わりは出来へんけど、共有することは出来る」
「いつも傍におらんくせに」
ボソリと刺すようにつぶやかれた言葉は甘い毒。
「いつもおってほしいん?」
「っ、別に……出来ひんこと言うなってことや」
「出来るよ。やからちゃんと口に出して?『そばおって』ってたった5文字やで」
「狡いわ………なんでそんなやさしいねん、今日」
「俺にはお前が『要る』からな」
「見たんかあれ。それで来たん?ふふっ、別にそんなんで辞めへんよ」

また笑う、違う見たいのはその顔じゃない。

「心配症やな」
「ここまで心配するのはお前やからじゃ」
「俺辞めそうに見える?心外やわ」
顔が歪む。堪えなくてもいい、ここにはお前が泣き虫なことを知っている俺しかいないのだから。
「……ここまで鈍いか、そんな顔してるからや」
「そんなって……そんなに酷い?」
「現状俺しか気づいてへんけどな」
「……あんたがいうんやったらそうなんやろなぁ……わかってるんや。冗談やって、この世界何年やってると思てるん。でもなぁ、………なんか妙に残ってもうてっ」

段々と言葉が詰まっていく、ぽろぽろと張り付いた笑みが剥がれ落ちていく。随分とこびりついていたみたいで思ったよりも時間がかかった。それだけ放置してきたってことだ。

「ごめんなぁ、おれもその時否定せえへんで」
「なんで謝るんよ、悪ないやん……こんなことでくよくよしてもうてる俺があかんわ、話半分で聞いとかんとあかんのに」

また涙を引っ込めようするので、頬を抓った。

「あにすんの」
「俺の言うことは信じられるんやろ?」
「あにをいまはら……」
「そやったら俺以外を信じひんかったらええ」
「そんなむひゃな……」
「お前は『要る』絶対要る。やから離れようなんて許さんからな。1回しか言わへんぞ、俺らはお前の存在に救われてるんやで」
「いひゃいいひゃい!わはったはら、はなしてえやぁ!」

痛みからか生理的な涙が滲んだ。やっと泣いた。もうなんやのあんたと目を真っ赤にしながら笑う。笑い泣き。
うん、やっぱりその顔が見たかった。



その日、二週間ぶりに東京の雨が止んだ。


(空が泣く)


作者の自我コーナー
いつもの。最近泣き虫なあの子に向けて

9/12/2024, 3:50:38 PM

初恋を拗らせている。正確に言うと初恋は実らないと聞いたことがあったので、他に恋をしていた。そっちは拍子抜けするほどあっさりと叶い、あっさりと終わった。
そりゃそうだ、あいつへの恋を初恋にしないためのツナギに過ぎなかったのだから。
今考えると相当女の子側に失礼なことをしている。
それも懲りずに何回も。間違いなく女性の敵だ。
でももうご安心ください、第11回目の彼ヘの恋をもって一途になることを決めました。
この恋を終わらせようと思います。

そばにいれるだけで十分ーーなんてお前ほど出来たことは言えへんけど、散々振り回したことの贖罪は受け入れようと思う。
きっと俺が望めばお前は全て与えてくれる。身体も心も、命でさえも。でもそれは俺が望むからでお前の意志じゃない。
それを10年くらい前の俺は、自分だけの特権だと思っていた。お前を俺は好き勝手出来ると。
でも気づいた、お前から望まれたことは何もない。
もともとあの男にはそれほど欲がない。パブリックイメージが独り歩きしているだけで、本来人の為にしか生きられない奴なのだ。俺が作った設定だったのに、独りで歩かせている内にすっかり抜け落ちてしまっていた。とんだ役者だ、演出していた人間に、演出させていることを忘れさせるなんて。

でももう俺はヒナじゃないとダメなのだ。俺を欲しがってくれないと嫌だ。相思相愛ってそこ含めやろ。
互いが互いを求め合ってこそやろ。重い?なんせ20数年物でしてね、さらに重くすることは出来ても軽くはならない。
でもそれはおたくもそうやろ。一蓮托生って言うたもんな。
そこに漕ぎつけれたら御の字って?全然足らん。
俺は諦めるつもりは無いからな。
この恋を終わらせる前に絶対に今世でお前を手に入れる。

『本気の恋』ってやつに今度こそ向き合って、もう一度初恋を始めよう。

(ジンクスなんぞ打ち破ったるわ)


作者の自我コーナー
いつもの。負けず嫌いの彼はきっと運命にもジンクスにも打ち勝つのだろうな。

9/12/2024, 5:14:55 AM

カレンダーなんていつもは気にしないのに、時間に追われているみたいでカウントダウンなんてしないのに。
一日一日ごとに塗りつぶされていくマスが愛おしくて仕方がない。黒に、あんたの色に染められていくみたいで。

逢えない時間がーーというのはあながち嘘ではないらしい。
そんなことを俺が考えているなんて知ったら、らしくないと笑うだろうか。馬鹿笑いしてるあんたの顔が浮かんで、またマス目を塗りつぶした。

(はよ、あいたい)


作者の自我コーナー
いつもの。珍しく付き合ってます。
最近雰囲気が柔らかいですよね。
久しぶりに更新しました。しばらく連続更新したいと思います。

8/23/2024, 3:57:28 PM

海に入った。病気をしてから一度も怖くて入れなかった海に。
スキューバは出来なくなってしまったけど海は変わらず母のようにボクを受け入れてくれた。水温は冷たいのに温かくて、思わず泣いてしまった。
太陽の光を反射してキラキラと輝く海があの瞳とリンクする。
ボクのために泣いてくれるあの人に会いたいーーそう思った。また信ちゃんと海に行きたい。
一緒に潜ることは叶わなくなってしまったけど、酒を飲みながら海を眺めることは出来るから。
キレイやなーなんて月並みな話をしながら。

「オレこないだ海行ったわ」

彼は大きくて丸い目をもっと丸くさせながらええやんと笑った。

「どこ?」
「ベリーズ」
「そらええなぁ、前良かったって言うてたもんなぁ」
「泳いでん、あとシュノーケリングも」
「……そらぁ綺麗やったやろう」
「うんむっちゃ!キレイやったでー。キラキラ輝いてた」

貴方の目みたいだった。夜の闇でだって僅かな光を反射させてキラキラと輝く、濁ることのない僕らの希望の象徴。

「貴方にも見せたいなぁーって思った。また海行こうな」
「せやな、行こか。案内頼むで?」

くしゃりと笑う彼の瞳はいつにも増して水分量が多く揺らめいていた。まるで水面のよう。
表面張力で支えきれなくなった水分が雫となって落ちた。

「あ、あれなんでやろ、ヤスくんよかったなぁと思ったら……」

彼の瞳がぽたりぽたり止めどなく雫を創り出す。綺麗だと思ってしまった。
ボクのための涙。ボクのために信ちゃんが泣いている。
ーーそう思ったら身体が勝手に動いた。

「……歳とるとあかんわぁ……どんどんよわなる……っ……?」
「い、やぁ…………マルの気持ちが分かったわ…」
「愛おしなったん?」
「愛おし、なった、なあ………」


作者の自我コーナー
以前書いてたもののサルベージです。
いつもの、ではないけどこの二人の間に流れる柔らかな空気も好きですね。

7/31/2024, 9:34:58 AM

ポジティブ強い彼のそのまん丸い瞳が濁ったところを見たことがない。普段はタレ目でおっとりとしているのに、子犬のような目をしているのに、覚悟を決めた時は誰よりも目力が強くて人を惹き付けるのだ。
俺もその目に魅入られたクチで、彼に見つめられるのは苦手だが、その目を盗み見ては友人にバレて呆れられていた。

そんな日々を繰り返してわかったことがある。
彼の覚悟というのは、彼を消耗させるものが多い。
そしてそういう時こそ彼の瞳は空気の澄んでいる日の夜空のようにキラキラと輝くのだ。
遠くで命の火を燃やしているみたいに。

ここ最近彼の目はキラキラどころかギラギラしている。瞳に反射する全ての光が一等星、みたいな。相変わらず人を惹きつけて、タチの悪いことに人懐っこいから変な絡まれ方までして、また星が瞬いた。
もはや魔眼だ、見た人だけじゃなく持ち主まで狂わせる。


「おい」

俺のまさしく不機嫌です、という声に彼が目をぱちくりさせた。そっちの瞬きの方が好きだなと思った。なんせ俺はそのタレ目に惹かれたものでして。
俺を怒らせたと思って溢れそうになるほど揺れるこの瞳が一等好きなものでして。

機嫌を損ねたということだけを呈示して踵を返すと、作った人集りそっちのけで俺を追っかけてくる。

「なあ、待てって!なんでそんな怒ってるん?」
「怒らせるようなことしたん?」
「やからそれが俺が聞きたいねん」
「…別にええよ」
「ええよって何やねん!?絶対俺何かしたやん!」

俺の機嫌を取る方が偉いさんの機嫌取りよりも優先されることなんだということだけで既に機嫌は治りつつあるのだが、というか、全部ポーズなのだが、キュートアグレッションってやつなのか少し困らせたくなる。いやかなりだな。

「目瞑って」
「へ?」
「いいから瞑れ」

ちゅっという可愛らしい音と空気が抜けたような間抜けな声、
ぽやっとした顔、赤い頬、意地の悪い顔を映した瞳。
澄んだ水には魚も棲まないというし、濁ってる俺を映すくらいがちょうどいいやろ?

「おっさん近づかせすぎやねん、腰なんか触らせんな」
「不可抗力や」
「言い訳すんな、俺から離れんなや」
「……っ、わがまま」


作者の自我コーナー。いつもの。理不尽なことを言う旦那さんに文句は言うものの結局従うお嫁さん。
こうやって、人当たりの良い彼を守ってほしいなと思ったり。


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