回顧録

Open App

海に入った。病気をしてから一度も怖くて入れなかった海に。
スキューバは出来なくなってしまったけど海は変わらず母のようにボクを受け入れてくれた。水温は冷たいのに温かくて、思わず泣いてしまった。
太陽の光を反射してキラキラと輝く海があの瞳とリンクする。
ボクのために泣いてくれるあの人に会いたいーーそう思った。また信ちゃんと海に行きたい。
一緒に潜ることは叶わなくなってしまったけど、酒を飲みながら海を眺めることは出来るから。
キレイやなーなんて月並みな話をしながら。

「オレこないだ海行ったわ」

彼は大きくて丸い目をもっと丸くさせながらええやんと笑った。

「どこ?」
「ベリーズ」
「そらええなぁ、前良かったって言うてたもんなぁ」
「泳いでん、あとシュノーケリングも」
「……そらぁ綺麗やったやろう」
「うんむっちゃ!キレイやったでー。キラキラ輝いてた」

貴方の目みたいだった。夜の闇でだって僅かな光を反射させてキラキラと輝く、濁ることのない僕らの希望の象徴。

「貴方にも見せたいなぁーって思った。また海行こうな」
「せやな、行こか。案内頼むで?」

くしゃりと笑う彼の瞳はいつにも増して水分量が多く揺らめいていた。まるで水面のよう。
表面張力で支えきれなくなった水分が雫となって落ちた。

「あ、あれなんでやろ、ヤスくんよかったなぁと思ったら……」

彼の瞳がぽたりぽたり止めどなく雫を創り出す。綺麗だと思ってしまった。
ボクのための涙。ボクのために信ちゃんが泣いている。
ーーそう思ったら身体が勝手に動いた。

「……歳とるとあかんわぁ……どんどんよわなる……っ……?」
「い、やぁ…………マルの気持ちが分かったわ…」
「愛おしなったん?」
「愛おし、なった、なあ………」


作者の自我コーナー
以前書いてたもののサルベージです。
いつもの、ではないけどこの二人の間に流れる柔らかな空気も好きですね。

8/23/2024, 3:57:28 PM