その茶色い瞳に見つめられると、どうすればいいか分からなくなる。あんたと俺の視線は交わらないのが普通で、あんたの瞳の中に俺がいるところなんて、もう20年は見ていないのではないだろうか。なぜならあんたは照れ屋だから、俺が見ていない時はじいっと俺を見る癖に、一度俺が目線を向けると逸らしてしまう。
あまり俺たちのことを知らない世間様からは不仲だなんて取り沙汰されたが、これが俺たちの普通なのだ。寧ろ、ただでさえ照れ屋なあんたが特に俺に対して大袈裟に顔を赤くするのは気分がいい。一瞬視線がかち合っただけなのに、バッて逸らしたり、その癖人の一挙手一投足独り言をよく見ている。
俺のことを意識しすぎでは?目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。あんたの場合は目線が物言ってるけど。
ところが最近目が合うようになってきた。普通なら目が合うことを喜ぶのだろうが、俺は心が冷えたような気がした。
ーーもう俺では照れなくなくなってしまったのだろうか。あんたの特別にいると思っていたのは俺だけだった?もうドキドキしない?俺のことなんてどうでもよくなっちゃった?
そんなしみったれた考えが湧き出してくる。
俺にとってもあんたは特別だったのかもしれない。
「最近はお前の方が目逸らすな」
「あんたに見られるの落ち着かんねん」
「お前でも照れることあんねんな」
「それぐらいするわ…なんやと思ってんねん……」
「俺の目見てや、なあ」
ヒヤリとした手が頬に当てられる。
なんのスイッチ入ったんだろうかこの人。
大人しくそのまま目の前の人物に目線を合わせる。
にらめっこでもするつもりか?
従ったというのに何も無い無言の時間が流れる。
何がしたいねん。ただ時間を浪費されたことに舌打ちした。
「8秒、」
「はぁ?」
「8秒目逸らさへんかったら好きやねんて相手のこと」
「しょーもな、そんなんインターネットの眉唾もんやろ。第一俺の目ぇ見ぃ言うたんはそっちやんか」
「お前はな」
綺麗な顔がニヒルに笑う。面倒くさい、まどろっこしい、
いつも汲み取ってくれると思ったら大間違いやぞ。
「俺も8秒目逸らさんかった。わからん?」
「……わからん……やってそんなん、ずるいわ」
「俺が狡いくらい知ってたやろ」
「あんた、最近目合うやん」
「照れてたらいつまでも変わらんからな」
「俺に飽きたんかって……」
「お前には一生飽きひんよ。不安にさせてごめん」
親指が目の縁を拭う。
自分の意志に反して零れるねん、もう歳やなぁ。
「俺アホやな、早くお前の目見れるようになればよかった。
俺の事見てるヒナこんなに可愛いのに」
「そもそも意識しすぎて目見られへんようになったんがアホやねん。避けよって……小学生か!」
「いやお前このくりくりきゅるきゅるした目に耐えられると思ってるんか!?お前この目に見つめられてないから言えんねんそんなこと!ほんま今の今までよお手出さんかったわ!」
「手出すって……嘘やん」
信じられない。逆ギレ同然でとんでもないことを言いやがる。
この人めっちゃ俺のこと好きやん。まどろっこしいことしてへんと俺も素直になればよかった。
「……出してもええよ」
「えっ、いやそれは、アカンやろ……」
「ヨコ!」
一喝して黙らせる。
自分の言うことに従ってるだけやと思ってるやろ、あんた。
あんたの中の俺はいつもあんたに従順で何でもする。
そんな訳が無い。
あんたは知らんだけ、あれはただの利害の一致。
顔を両手で掴んで額同士がくっつくまでの距離に寄せる。
ヨコの瞳を介して俺の瞳の中にいるヨコと目が合う。
こんなに近いとここまでくっきり見えるものなのだな。
「確かに俺の目めっちゃくりくりしてんな」
「人の目ぇ鏡代わりにすんなよ」
「でもあんたの目の方が好きやわ」
柔らかい唇の方が好きやけど。チュッといつもあんたがするように音を立てて唇を離す。
「こいつの反対、わからん?笑」
「……そんなに煽られるともう手を出すしかないんですけど」
「うはは」
「こんなキスじゃ足りひんけどかまへん?」
隣に座ろうとしたら膝に乗せられて、視線が絡む。
すらっとした指が俺の髪を撫でるように梳いた。
ちょっと俺達にしては甘ったるくてくすぐったい。
おそらくあんたも恥ずかしいやろ?らしくなくて。
少し赤くなった耳元に手を当ててかまへんよと囁いた。
『見つめられると』どうすればいい?
『見つめられたら』キスすればいい!
作者の自我コーナー
いつもの。やっぱり関西弁が書きたいだけ。
照れ屋君より珍しく照れ屋なきゅるきゅるちゃんの話。
でも結局いつも通り。可愛いは強い。
ときどきこうやって照れ屋が逆転していてほしい。
最近二人で目を合わせてること多くないですか?
広いこの屋敷には、一人娘だった私と執事の朔夜しかいない。
両親は幼い私に多額の財産だけを遺して先立ってしまった。
召使いや侍女達は忽如と姿を消した。
私だけ取り残されてしまったようだった。
そこに現れたのが朔夜だった。雨でもないのに傘を指していたのが印象に残っている。
一人で眠れない私を朔夜は毎日寝かしつけてくれた。
冷たい体で抱きしめて眠ってくれた。
両親からの愛を満足に受け取れなかった私に、
沢山愛を注いでくれたのだ。
近頃女の人が襲われる事件が発生しているらしい。
亡くなった女性はみんな血が無いから吸血鬼殺人事件と巷では囁かれているそうだ。
そういえば私の両親も血が抜かれていたとそんなことを刑事さんが言っていたようなーー
「おや、お身体が震えていますよお嬢様」
「……少し冷えたのかしら」
「温かいお飲み物をお淹れしますね」
「朔夜が温めてくれてもいいのよ?」
「それは……また、夜に」
今夜も彼の腕の中で眠る。朔夜の体は冷たくて、これじゃどちらが温めているのかしらとクスリと笑うと、寝苦しくもないでしょう?と少し拗ねて返された。
「お嬢様の身体がお熱いんですよ。蕩けてしまいそうな程。
ふふ、また一段とお熱くなられましたね。冷ましてさしあげましょうか」
朔夜の冷たい唇が首筋に触れる。
ドクンドクンと期待で鼓動が高鳴った。
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「ねえ、朔夜」
「……なんでしょう、お嬢様」
「私もう長くないのよ。貴方と同じにしてくれないかしら」
「……知っていたのですか」
「最近ねあの夜のことを思い出したのよ、ちょっと早めの走馬灯かしら」
「そんな縁起でもないことを……おっしゃらないでください」
「ね、貴方ともっと一緒にいたいの。貴方にとってはやっと自由になれるのかもしれないけれど」
「そんな訳……!そんな簡単に言わないでください」
「疎ましいのなら、お父様やお母様のようにしていいから」
「出来ません」
「これは命令よ!」
「クソッ……!」
手首をグイッと引っ張られて抱き寄せられたかと思うも首筋に激痛が走った。力が抜けていく、意識が白んでいく。
嗚呼、お父様とお母様は苦しまずに逝けたのね。
ーー最期、愛しき吸血鬼が何かを呟いた気がした。
パチリと目を覚ますと、あの夜に見た彼が居た。
私は彼に本当に愛されていたのだなと気づいた。
「おはよう、朔夜……あ、私が眷属になったのだから、御主人様とお呼びした方がいいかしら」
「朔夜がいい。お嬢様に呼ばれるなら」
「もう私はお嬢様じゃないのだけど」
「ぐ………ヒナ」
「吸血鬼でも照れたら顔は赤くなるのね!どういう仕組みかしら」
血液を送り出すポンプはないのに。人体の不思議ならぬ吸血鬼の不思議。そもそも吸血鬼自体不思議か。
「良かったわ、私ちゃんと貴方に愛されていて」
「疑っていたのですか、心外です」
血のように赤い唇を尖らせて朔夜が拗ねる。意外と子どもっぽいのよね。そういう所も好きだけど。
「好きじゃなきゃ1人の人間にここまで肩入れしませんよ。それがちゃんと解るように教えこまないといけませんね」
そう言って朔夜がベッドに乗り上げる。
もう期待で高鳴る心臓はないけれど、
じゃあドキドキしてるのはどこなのかしら。
『My Heart』
作者の自我コーナー
いつものパロ、実はいつもの方達なんです。
こういうお題で何を題材にするかが性格に出る気がします。
Heartを心臓と捉えるか心と捉えるかもよりますし。
私の場合は『My Heart』が無いとされている吸血鬼を題材にしました。本当はもっと切ない話にするつもりだったんですけどこのお嬢様がかなり好奇心旺盛でシリアスになりきれませんでしたね。
俺には可愛い恋人がいる。
年上の幼なじみで、一目惚れだった。
何度も何度も幼い俺は拙いプロポーズをし、彼女は困った顔をしながら、「大きなったらね」と頭を撫でてくれた。
そんな様子を見ていた俺にとって兄のような人ーー彼女の兄の苦い顔を忘れられない。
いつものように彼女を部屋に招き、紅茶を入れてあげる。
彼女のお好みは無糖のアールグレイ。俺も彼女もあまり甘いものが得意じゃないので、お茶請けはカカオ75%のチョコレート。
チョコレートを1粒食べると彼女がため息をついた。
「また女の人ちゃうかった……」
「また?2日前の人とちゃうん?」
「ちゃう、身長全然ちゃうかった……ヒール履いておにいと身長変わらんかったもん」
「モテるなぁ、女途切れたことないんちゃう真島くん」
「たつくん、口が悪いで」
そりゃ、お家デート中に他の男の話されたら機嫌も悪くなる。
他の男って兄でしょ?と思われるかもしれないが、俺にとってはライバルなのだ。
「でもほんまの事やん。大学入ってからますます女遊び酷なったよな真島くん」
「うちも真島やねんけど……。昔はキミくんキミくん言うて懐いとったのに……いつからこんな反抗的になったんやろか」
『うちも真島』で結婚した後もついつい苗字で呼んでしまって、もうお前も同じ苗字やろ?みたいなくだりが頭に過ってイラついた。彼らは兄妹なのだから当然なのだが。末期だ。
「ひなちゃんはひなちゃんやし。それに絶対に『倉橋』にするからええの」
「就職するまではあかんで?」
「そんなカイショーナシとちゃいます」
いつか、俺は王子様からお姫様を奪うのだから。
ーーひなちゃんは実の兄に恋している。
そして、二人は両想いだ。これは俺だけしか知らない秘密。
もちろん言うつもりなんてない。言ったところで幸せになんてなれないのだから。
ひなちゃんはきっと喜んで幸せを投げ捨ててしまうだろう。
それは真島くんも俺も望んでいない。同じ人を愛してしまった同士だから分かる。
真島くんも自分じゃ幸せに出来ないことを知っている。
だから俺は託されたのだ彼に、愛する人を。
なぁ、きみくん。ひなちゃんのことを堂々と女性として愛せる俺が羨ましい?キミくんが女の子取っかえ引っ変えしてしてるコトをひなちゃんに出来る俺が憎い?
ひなちゃんな、キミくんに新しい女が出来た話する時、
失恋したみたいな顔するねん。恋人の前で。
ベッドの中で抱きしめてキスして愛してるって言ったら、うちも好きやでって言ってくれるねん。好き、やねん。
俺は愛してるって言わんでも、女の子取っかえ引っ変えしてても、幸せに出来なくてもひなちゃんの心を独占してるアンタが殺したい程憎い。
『ないものねだり』
作者の自我コーナー
いつもとは似て非なるもの
やっぱり関西弁が大好き。
ここに王子様はいない気がします。騎士と悪い魔法使い。
でもお姫様は女の敵になりそうな兄を案じているだけってオチ
アイツはただ家が近くて、学校が同じで、同じクラスで、
学力も家の経済力も似たようなものだったから、進学先も同じだっただけ。ただの腐れ縁。
こんなに一緒にいるからよく仲がいいのか聞かれることがあるが、そんなことは無い。必要以上の会話しかしない。
強いて言うなら、世間から見れば『幼なじみ』に当たる俺たちは、母親同士の仲がいい。そして弟もまた、アイツの弟と同級生。つまり、否が応でも家族ぐるみの付き合いはある。
そしてこのデリカシー0ガサツ男は
「ゆきー、タッパー美子に返しておいてくれ」
「人の母親を名前で呼ぶな、は?なんやこれ」
俺でなく、俺の母親と仲がいい。
「やからタッパーやん。昨日美子が肉じゃがウチにおすそ分けしてくれて。やから返す」
「わざわざ学校に持ってこおへんでも、家来たらええやん」
「え?」
まん丸い目が見開かれる。
水分量の多い瞳が零れそうだなと思った。
少し顔を赤くしてアイツが言う。
「行ってもええん……?」
遠慮という概念がこいつにもあったのか。
俺もお前もお互いの家の構造を理解しているのに、
その遠慮は今更すぎるだろう。勝手知ったる他人の家だ。
「ええんも何も、家来てるやろお前」
「それはおかんの付き添いやし……家族ありきやんか」
「今も変わらんわ。おばちゃんの代わりにタッパー返しに来るだけやろ?」
「やけど……いつもはユキの意見なんてないやん?おばちゃんが入っていいって言うたらどれだけユキ文句言うても入ってかまへんやん」
「逆に俺が叱られるからな」
「やから嬉しい。てっきりユキに嫌われてる思てたから」
そういうと照れながらはにかむ。
そんな可愛い顔も出来るのか。
16年一緒に居るがそんな顔を見るのは初めてだった。
……いや、違うぞ?随分前に見たことがある。
ここから俺は幼い頃の記憶を辿り始める。
俺の初恋の話だ。雪みたいに白い肌だからユキ君!とはにかみながらあだ名を付けてくれた女の子だった。全く焼けない肌をコンプレックスに思っていた俺は、その日から色白な自分が嫌いじゃなくなった。
笑うと見える八重歯が可愛くて、俺はその子を八重歯のやえちゃんと呼んでいた。
全部過去の話だ、初恋は実らない。
まぁ俺の場合、そんな女の子いなかったのだが。
そう、その女の子は男の子であり、目の前のコイツだった。
当時コイツは今では想像もつかないほど病弱で、外に出ることがほとんどなかった。髪も長くて女の子みたいだった。
同じ小学校に入学したことで発覚した。やえちゃんは黒いランドセルを背負っていた。ショックで俺は入学早々体調を崩し、2日寝込んだ。
そこからは綺麗さっぱり忘れ……られなかったのだと思う。
明らかに俺はそこから避け始めた。
そしてその記憶を、今の今まで封印していた訳だ。
でも解かれてしまった。その笑顔によって。
もう『好きじゃないのに』。俺より背は低いが、腹筋は割れているしブツはでかいし、俺の好きだったやえちゃんなんてもうほとんど跡形も残っていないのに。
「じゃあ今度はユキの家にタッパー返しにいくな」とアイツがあまりにも嬉しそうに言うから。
「タッパーのうても来たら」やえちゃんと返してしまった。
あの頃と変わらないキラキラした瞳で、
「覚えててくれたん?」とやえちゃんが言うから。
捨てたはずの初恋がまた熱を帯びた。
作者の自我コーナー
いつもの擬き
自称腐れ縁ほど信用ならないものはないと思います。
ユキ→やえかと思いきやユキ←やえであり、スタート両片思い。
ユキ君は似たような学力だと思っていますが、実際には学年3位とブービー賞くらい差があります。一緒にいたいから落としたんだよ、健気だねやえちゃん。
雨が降っている。
それは今が梅雨時期だからということもあるのだけれど。
不思議なことに、俺がオフの日は結構な確率で降るのだ。
タダでさえインドアな人間なのに、雨が降ってしまうともう、食材を買いに行くのさえ億劫になってしまう。
余り物でなんとかなるかな。
いや、でもこの前使い切ってしまったようなーー
……うーん、…………行かなきゃダメかなぁ……。面倒くさいなぁ…あ、そうだ、彼に頼もう。
確か、今日早いって言ってたし。
そうと決まればLINEを送る。
と、タイミングが良かったみたいであっという間にいいでしょう!と彼の声がするスタンプが送られてきた。
最近、こんな風に大人しく彼の帰りを待つことが増えた気がする。
まるで俺を外へ出さないようにしてるみたい
は考えすぎかw
雨の檻
(君が降らせたと考えれば雨の日も悪くない)
『ところにより雨』
作者の自我コーナー
以前別サイトで書いた話のサルベージ
小さい頃雨男雨女を雨を操れる人だと思っていました。
体育の日とか便利ですよね。外でマラソンよりも中でドッジの方が好きです。