広いこの屋敷には、一人娘だった私と執事の朔夜しかいない。
両親は幼い私に多額の財産だけを遺して先立ってしまった。
召使いや侍女達は忽如と姿を消した。
私だけ取り残されてしまったようだった。
そこに現れたのが朔夜だった。雨でもないのに傘を指していたのが印象に残っている。
一人で眠れない私を朔夜は毎日寝かしつけてくれた。
冷たい体で抱きしめて眠ってくれた。
両親からの愛を満足に受け取れなかった私に、
沢山愛を注いでくれたのだ。
近頃女の人が襲われる事件が発生しているらしい。
亡くなった女性はみんな血が無いから吸血鬼殺人事件と巷では囁かれているそうだ。
そういえば私の両親も血が抜かれていたとそんなことを刑事さんが言っていたようなーー
「おや、お身体が震えていますよお嬢様」
「……少し冷えたのかしら」
「温かいお飲み物をお淹れしますね」
「朔夜が温めてくれてもいいのよ?」
「それは……また、夜に」
今夜も彼の腕の中で眠る。朔夜の体は冷たくて、これじゃどちらが温めているのかしらとクスリと笑うと、寝苦しくもないでしょう?と少し拗ねて返された。
「お嬢様の身体がお熱いんですよ。蕩けてしまいそうな程。
ふふ、また一段とお熱くなられましたね。冷ましてさしあげましょうか」
朔夜の冷たい唇が首筋に触れる。
ドクンドクンと期待で鼓動が高鳴った。
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「ねえ、朔夜」
「……なんでしょう、お嬢様」
「私もう長くないのよ。貴方と同じにしてくれないかしら」
「……知っていたのですか」
「最近ねあの夜のことを思い出したのよ、ちょっと早めの走馬灯かしら」
「そんな縁起でもないことを……おっしゃらないでください」
「ね、貴方ともっと一緒にいたいの。貴方にとってはやっと自由になれるのかもしれないけれど」
「そんな訳……!そんな簡単に言わないでください」
「疎ましいのなら、お父様やお母様のようにしていいから」
「出来ません」
「これは命令よ!」
「クソッ……!」
手首をグイッと引っ張られて抱き寄せられたかと思うも首筋に激痛が走った。力が抜けていく、意識が白んでいく。
嗚呼、お父様とお母様は苦しまずに逝けたのね。
ーー最期、愛しき吸血鬼が何かを呟いた気がした。
パチリと目を覚ますと、あの夜に見た彼が居た。
私は彼に本当に愛されていたのだなと気づいた。
「おはよう、朔夜……あ、私が眷属になったのだから、御主人様とお呼びした方がいいかしら」
「朔夜がいい。お嬢様に呼ばれるなら」
「もう私はお嬢様じゃないのだけど」
「ぐ………ヒナ」
「吸血鬼でも照れたら顔は赤くなるのね!どういう仕組みかしら」
血液を送り出すポンプはないのに。人体の不思議ならぬ吸血鬼の不思議。そもそも吸血鬼自体不思議か。
「良かったわ、私ちゃんと貴方に愛されていて」
「疑っていたのですか、心外です」
血のように赤い唇を尖らせて朔夜が拗ねる。意外と子どもっぽいのよね。そういう所も好きだけど。
「好きじゃなきゃ1人の人間にここまで肩入れしませんよ。それがちゃんと解るように教えこまないといけませんね」
そう言って朔夜がベッドに乗り上げる。
もう期待で高鳴る心臓はないけれど、
じゃあドキドキしてるのはどこなのかしら。
『My Heart』
作者の自我コーナー
いつものパロ、実はいつもの方達なんです。
こういうお題で何を題材にするかが性格に出る気がします。
Heartを心臓と捉えるか心と捉えるかもよりますし。
私の場合は『My Heart』が無いとされている吸血鬼を題材にしました。本当はもっと切ない話にするつもりだったんですけどこのお嬢様がかなり好奇心旺盛でシリアスになりきれませんでしたね。
3/28/2024, 2:32:31 AM