アイツはただ家が近くて、学校が同じで、同じクラスで、
学力も家の経済力も似たようなものだったから、進学先も同じだっただけ。ただの腐れ縁。
こんなに一緒にいるからよく仲がいいのか聞かれることがあるが、そんなことは無い。必要以上の会話しかしない。
強いて言うなら、世間から見れば『幼なじみ』に当たる俺たちは、母親同士の仲がいい。そして弟もまた、アイツの弟と同級生。つまり、否が応でも家族ぐるみの付き合いはある。
そしてこのデリカシー0ガサツ男は
「ゆきー、タッパー美子に返しておいてくれ」
「人の母親を名前で呼ぶな、は?なんやこれ」
俺でなく、俺の母親と仲がいい。
「やからタッパーやん。昨日美子が肉じゃがウチにおすそ分けしてくれて。やから返す」
「わざわざ学校に持ってこおへんでも、家来たらええやん」
「え?」
まん丸い目が見開かれる。
水分量の多い瞳が零れそうだなと思った。
少し顔を赤くしてアイツが言う。
「行ってもええん……?」
遠慮という概念がこいつにもあったのか。
俺もお前もお互いの家の構造を理解しているのに、
その遠慮は今更すぎるだろう。勝手知ったる他人の家だ。
「ええんも何も、家来てるやろお前」
「それはおかんの付き添いやし……家族ありきやんか」
「今も変わらんわ。おばちゃんの代わりにタッパー返しに来るだけやろ?」
「やけど……いつもはユキの意見なんてないやん?おばちゃんが入っていいって言うたらどれだけユキ文句言うても入ってかまへんやん」
「逆に俺が叱られるからな」
「やから嬉しい。てっきりユキに嫌われてる思てたから」
そういうと照れながらはにかむ。
そんな可愛い顔も出来るのか。
16年一緒に居るがそんな顔を見るのは初めてだった。
……いや、違うぞ?随分前に見たことがある。
ここから俺は幼い頃の記憶を辿り始める。
俺の初恋の話だ。雪みたいに白い肌だからユキ君!とはにかみながらあだ名を付けてくれた女の子だった。全く焼けない肌をコンプレックスに思っていた俺は、その日から色白な自分が嫌いじゃなくなった。
笑うと見える八重歯が可愛くて、俺はその子を八重歯のやえちゃんと呼んでいた。
全部過去の話だ、初恋は実らない。
まぁ俺の場合、そんな女の子いなかったのだが。
そう、その女の子は男の子であり、目の前のコイツだった。
当時コイツは今では想像もつかないほど病弱で、外に出ることがほとんどなかった。髪も長くて女の子みたいだった。
同じ小学校に入学したことで発覚した。やえちゃんは黒いランドセルを背負っていた。ショックで俺は入学早々体調を崩し、2日寝込んだ。
そこからは綺麗さっぱり忘れ……られなかったのだと思う。
明らかに俺はそこから避け始めた。
そしてその記憶を、今の今まで封印していた訳だ。
でも解かれてしまった。その笑顔によって。
もう『好きじゃないのに』。俺より背は低いが、腹筋は割れているしブツはでかいし、俺の好きだったやえちゃんなんてもうほとんど跡形も残っていないのに。
「じゃあ今度はユキの家にタッパー返しにいくな」とアイツがあまりにも嬉しそうに言うから。
「タッパーのうても来たら」やえちゃんと返してしまった。
あの頃と変わらないキラキラした瞳で、
「覚えててくれたん?」とやえちゃんが言うから。
捨てたはずの初恋がまた熱を帯びた。
作者の自我コーナー
いつもの擬き
自称腐れ縁ほど信用ならないものはないと思います。
ユキ→やえかと思いきやユキ←やえであり、スタート両片思い。
ユキ君は似たような学力だと思っていますが、実際には学年3位とブービー賞くらい差があります。一緒にいたいから落としたんだよ、健気だねやえちゃん。
3/25/2024, 6:59:33 PM