友愛と恋情を勘違いするな
父の言葉でした。
あなたの隣、心がとても安らぐの。
あなたの手、握ると握り返してくれるの。
まるであなたはオアシス。
ごめんね、わたしはちょっと情緒が不安定だからさ。
みんなの前では笑わなきゃって、いっぱいいっぱいになって…
でも、あなたはその溢れた涙を何も言わずに拭ってくれる存在なの。
心にぽっかり空いた穴を、あなたはいとも容易く埋めてくれた。
どれだけ暑い砂漠の中でも、あなたというオアシスにたどり着くためなら、なんだってする。
そう、なんだって…
わたしもう、あなたなしじゃ生きられない!
これって恋だよね?父さん…!
「ううん、違うよ。」
そう否定したのは
父でもなく
あなたでもなく
誰でもない
わたしでした。
「…先輩」
反応はない。
ぴくりともしないですやすや眠る様子はまるで猫だ。
普段は肉食動物の如く獰猛なくせ、昼寝をする時だけ少しだけ可愛らしくて笑みが浮かぶ。
「…先輩!」
やっぱり反応はない。こいつ狸寝入りしてんじゃないの?思い切ってゲジゲジ蹴って見たら耳がぴくりと動く。
「起きてください。昼休み終わりますよ。」
眉を寄せる。まるで「まだ寝かせろ…」とでも言ってるように。
「…もう間に合わないので隣失礼しますね。」
昼休み終了まであと10分。正直間に合うけど少しでも
「…勝手にしろ」
ぶっきらぼうな貴方の隣にいたかった。
揺れる木陰の下、二人で眠りについた。
貴方の隣は、心底居心地がよいのです。
まるで、波だ。
そう思ったきっかけは不明瞭だ。
彼の心を表す言葉があるならば波。一番しっくりきた。何事にも動じることがない、穏やかな波。
彼の心は何時だって凪だった。
彼が大口を叩いて笑うところを見たことがない。
彼が誰かの悪口を言うところを見たことがない。
彼が感動映画で泣いたところを見たことがない。
けれど、彼の唯一無二の片割れに恋人が出来た時
彼は微笑して祝福していたが
たまたま通りかかった時
彼は一人で静かに泣いていた。
美しい、とすら思った。言葉を失うほど、時が止まったかと誤認してしまうほど、彼は儚く美しかった。
彼は凪なんかじゃない。
ひっそり彼の心の波音に耳を澄ませばわかる。
感情の起伏が限りなくゼロに近しいだけで、彼には確かに感情は在る。
そしてそれは、押し殺して爆発してしまうほどの激しい大波。
まるで見てるこちら側が溺れてしまいそうだった。
ただ、その美しい感情に溺れている彼の心に巣食う多量の感情は波なんかじゃない。これは────・・・
まるで、涙。
暑いって感じる
セミの鳴き声を感じる
滲む汗に
浴びる日光
視界が揺らいで
陽炎も揺らぐ
あ、夏だなって思って振り返ると
当然君はいないので
もっと夏だって実感します。
夏に生まれて夏に死んだ気分はどうですか
僕なら御免です
蒸し暑い夏なのに、棺桶の中に入ったらより一層蒸し暑くて火葬される前に溶けてしまいそうだから
毎日が誕生日で毎日が命日みたいな感じですか?
誕生日に死なれたら、祝う側も複雑だよ
また今年も夏が近づきます。
夏の気配を感じる度に、
貴方を思い出して溶けてしまいそうです。
初めて聞いた声は、とても高いソプラノでした。
中学生になり、少し落ち着きましたが、貴女のソプラノは明るく、僕の心を満たしてくれました。
高校生になって、付き合い始めると少し元気が無くなったような気がします。大学受験に向けてお互い忙しく、大変な時期でした。
大学を乗越え社会人になり、そして同棲…つまり結婚したら、君の声はとても大人っぽくなっていました。気づいたら成長していました。僕を置いて。
そして、子供が生まれて君の声は優しく聖母のようでしたが、どこか逞しくなりました。君は、お母さんになったんですね。
僕も例外なく、お父さんですけど。
そしてどんどん時が経って
おばあちゃん、おじいちゃん、なんて呼ばれちゃって
ひどくしわがれた声になりました。
でも、不思議と寂しくなんか、虚しくなんかありませんでした。
最後に聞いた君の声は、透き通っていて、消えてしまいそうでした。
ピーという電子音と共に、君はあの世へ連れていかれました。
そんな走馬灯ですが、もう時期僕もそちらへ行きます。
暗転
初めてあの世で会った時に聞いた声は、とても高いソプラノでした。