まるで、波だ。
そう思ったきっかけは不明瞭だ。
彼の心を表す言葉があるならば波。一番しっくりきた。何事にも動じることがない、穏やかな波。
彼の心は何時だって凪だった。
彼が大口を叩いて笑うところを見たことがない。
彼が誰かの悪口を言うところを見たことがない。
彼が感動映画で泣いたところを見たことがない。
けれど、彼の唯一無二の片割れに恋人が出来た時
彼は微笑して祝福していたが
たまたま通りかかった時
彼は一人で静かに泣いていた。
美しい、とすら思った。言葉を失うほど、時が止まったかと誤認してしまうほど、彼は儚く美しかった。
彼は凪なんかじゃない。
ひっそり彼の心の波音に耳を澄ませばわかる。
感情の起伏が限りなくゼロに近しいだけで、彼には確かに感情は在る。
そしてそれは、押し殺して爆発してしまうほどの激しい大波。
まるで見てるこちら側が溺れてしまいそうだった。
ただ、その美しい感情に溺れている彼の心に巣食う多量の感情は波なんかじゃない。これは────・・・
まるで、涙。
7/5/2025, 10:29:48 AM