真夜子

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9/23/2022, 1:22:58 AM

【君の声が聞こえる】

   壁をコンコンと叩く。そして、僕は壁に耳を付けて聞いた。
『コン、コン……』
 壁の中から音がする。
「今日も元気かい」
『……ぇぇ』
 壁に口元を近づけて話をする。今日も元気そうで良かった。
「じゃあ、僕は仕事に行くね」
 その返事にはコンコンとノックだけが帰ってきた。僕は微笑むと靴を履いて家を出た。



 仕事が終わって帰宅すると深夜2時。今日はかなり遅くなってしまった。
 家に帰り着いて玄関を開けると中からノックと声が聞こえる。
『孝さん……』
 コンコン、コンコン。
『孝さん、居る?』
 コンコン……
『孝さん、居ないの?』
「ただいま、ミズエさん」
 コンコンと壁を叩く。
 するとドン、と音が帰ってきた。帰りが遅かったからか、怒っているらしい。
「ごめんね、残業があったんだ。今日は仕事がトラブってさ、その尻拭いで忙しかったんだ。心配したよね」
 そう言って、僕は電話を壁の前に置く。
「明日からはさ、必ず電話するから。ごめんね、寂しかったよね」
 コン……と寂しげな音が響いた。
「おやすみ、ミズエ」
『おやすみなさい』
 そう言って、僕らは眠った。
 翌日の昼頃、僕は電話をする。留守電になると「今日も遅くなるよ、ごめんね」と言って切った。
「あら、田中さん。お家に電話ですか?」
「うん、昨日の残業で奥さんの機嫌が悪くてさ」
 苦笑して見せる僕に、同僚も苦笑いする。
「そ、そうなの。無理も無いわ」
「ですよねぇ、連絡大事ですね」
 その会話を聞いていた新人の女の子が事務机から顔を上げて、茶髪の髪をかき上げる。
「あれ、田中さんの奥さん先月亡くなったんですよね?」
「ちょっ!」
 同僚が黙れと言わんばかりに新人に注意する。
本当に失礼な話だが、彼女が指導係として叱るのだろうから、僕からは何も言わないことにした。

9/21/2022, 9:40:28 AM

後日更新します

9/19/2022, 12:36:14 AM

読んで下さりありがとうございます。
おきにいり登録、とても嬉しいです。

夜景、後日更新します。

9/18/2022, 3:12:46 AM

【お花畑ヒロイン】

   はい、皆様ご機嫌よう。いよいよ始まりましたわね、王室舞踏会断罪イベント!
 魔法球で皆様へ通信(LIVE配信)しつつガッツリ証人と証拠を獲得していきますわ。
 お送り致しますのは、バーベイン公爵家の一人娘、カレンデュラですわ。
 納得行きませんけど立場的に悪役令嬢と言うところかしら。
 そして、向こうはエルダー男爵家養女、もとは平民の清楚系尻軽乙女ミント様と、その(貞操が)ユルふわの魅力にまんまと骨抜きにされたアルカネット王家の第一王子であるディル様。
 そして、王子の側近であるミント様ハーレムのご一行様です。
 本日も、節操なしの彼女の周りは殿方ばかりですわね。同性の友人がいらっしゃらない時点で色々察せるでしょうに。
 私は王子達に優雅なカテーシーをして見せます。(ドレスを摘まんでお辞儀するアレですわ)
「婚約破棄の件、その理由を伺っても宜しいでしょうか」
「理由など分かっているはずだ。彼女を取り巻き達といじめ抜き、様々な嫌がらせの限りを尽くしただろうっ! 令嬢達で仲間はずれにし、彼女の物を盗み、暴力まで行ったと聞いている」
 ミント様が儚げに同意と言わんばかりの涙を浮かべて王子にすり寄ります。
「証拠はありますの?」
「彼女の証言、そして私や彼等もミントが同級生に叩かれる所を目撃した」
「まあ……また何をしてかしたのです、ミント様」
「なんだと!」
 この女の素行の悪さは一つ一つ答えていたら朝になってしまいますわ。
「神に誓って、私は何もしておりません。ミント様が冷遇される理由は彼女自身の不徳故ですわ」
 私に同調する令嬢達の声がザワめいた。
「卑劣な……」
 そのざわめきが公爵家の息の掛かった者に見えるとは、恋は盲目と言うより馬鹿量産の病ですわね。
「酷い……酷いです」
 ハラハラと涙を流してミント様は王子の胸に抱かれようとします。
 そこへミント様ハーレムの皆さんとセイン、ジョーンズ、ワートの三人がミント様に駆け寄ります。
「なんと酷い言いがかりだ」
「こんな清廉な姫が……」
「こんなにも悲しんでいるのに何とも思わないのか」
「良いの、私が悪いのは分かっています……でも、茶会も晩餐も無視されたり、怒鳴られたり頬を叩かれるのは怖い……」
 ワッと泣き崩れるミント様に同情的な男性達と白ける貴族家達の温度差は明白でした。
 それはそうですわ。
 悉く、幼少から信頼を築いて交わしてきた許嫁のご令息達を根こそぎかっ攫う女と仲良くしたい奴なんているものですか。
 私は溜息を一つ零して口を開いた。
「ディル様、今、この場を全体的に見てどう思われますか」
 第一王位継承者たるもの、この場の温度差とミント様に婚約を破談されたご父兄や令嬢達の敵意に気づかない様では務まりませんわ。国王も王妃も頭を抱えているのに、見えてないのかしら。
 そして何より、ミント様の周りには結婚適齢期のご令息以外に居ないことも気づくべきです。なんですか、皆で花嫁をシェアするんですかね?
「お前が根回しした穢れた貴族達だ。みなミントに誤解している」
 でしょうね、うん。目、見えてないのよね。
「よくご覧下さい。両陛下共に貴族全体が、殿下とミント様がご一緒に居ることを快く思っておりません。それは何故か。ミント様の周りに居る数多くのご令息達は皆、以前は婚約者がいたのです」
「その婚約者がミントをいじめ抜くから愛想が尽きたんだ」
 ジョーンズが言い放つと男達は皆同意した。
「違いますわ。例え元平民であれ、貴族社会のマナーは学んで守るべきものです。ミント様はそうなさらなかった。婚約者のいるご令息に近づいて過剰な交流をなさっていました。それに対し注意する者が現れるのも当然でしょう。今もですわ、男爵家の令嬢がシャペロンも付けずにこの場にいるなんてマナーがなっておりません」
 シャペロンとは同伴する父兄や年上の女性事ですわ。婚約者がいれば、婚約者を伴うのがマナーです。なので、見れば一発なのです。この舞踏会にご父兄や親族の女性達がやたら参加しているのは、そこのミント様が原因です。
 無論、私のシャペロンもこの場に居ります。
「元平民と侮辱するのか!」
 話にならない……。こうなったら、御兄様に証言をと私は兄に振り返ります。
 兄は貴族達に手を上げて合図をすると、魔力を秘めた指輪をかざして、映像記録をその場に映し出しました。
貴族社会では諍いや陰謀が絶えませんので、こういった記録用のアイテムは必須です。裁判になったら証拠として提出できますもの。

 映像記録には御兄様がミント様に誘惑されるシーンがたっぷり入っております。
『ソレル様っ、何してるんですか?』
 御兄様はこの舞踏会に入場する前に絡まれた記録を映し出しました。
 馬車から降りてきた御兄様にいきなり飛びついて、腕を絡めて胸を押しつけます。御兄様は虫唾が走るのか、すぐに引き剥がして威嚇しました。
「無礼な……誰か、引き剥がせ」
「そんな酷いです。私はこんなにも好きなのに……」
 ハラハラと小動物みたいに泣き出すミント様に兄は汚物を見るような目を向けて「穢らわしい……」と呟きました。
 すると貴族の群衆の中から、ポッと映像記録が飛びだします。
『ジョーンズ様は私を可愛いと言ってくれます。私もそんなジョーンズ様が愛しいと思います』
 すると堰を切ったように映像記録が飛びだし、ミント様が如何に殿方とみれば節操なく飛びついていたかが分かるはずです。
『ごめんなさい、私、セイン様が貴女の婚約者だなんて知らなくて……でも、この気持ちは真実です。こんなに人を愛したことありません……』
『ワート様、はい、あーん。ふふっ! ほら、口元についてますわ。ぺろ☆あ、やだ私ったら……はしたない……』
 婚約者の御令嬢を目の前にして、デレデレする二人を映し出す映像には、周りから同情の声が湧き起こった。それよりも非道な事をされたと、仕舞いには物陰に連れ立って行く二人や、キスをする二人、ミント様ハーレムがミント様と白昼堂々と獣のようにイチャつく様などが次々に現れ、舞踏会会場はミント様のはしゃぐような嬌声(とにかくぶりっ子で気味が悪いヒロイン声)で溢れかえります。
そして最期に、記録の中のミント様の声が重なって共鳴しました。
《ディル様には内緒にしてね。私、お妃様になるのが夢なの。でも、あなたの花嫁になるのも、幸せだろうな……大好き》
 プッと映像が消える。青ざめた二人と信頼していた王子の側近達(ミント様ハーレム)は互いに顔を見やり、弁解の言葉と言い訳が飛び交います。
 そこで私はまた優雅なカテーシーをしますと、一言申して退場いたしました。
「では、末永く脳内お花畑とお幸せに」

9/17/2022, 8:02:35 AM

【空が泣く】

   近所にある稲荷神社の奥の院にハイキングがてら出かけていったら、晴れているのに空が泣いた。
 キツネの嫁入りだと笑っていたら、ジャラン……と鈴が鳴った。
 驚いてバッと振り返ると、連なる赤い鳥居の奥にしゃがんで神楽鈴を拾っている長い髪の女がいた。
(人の気配なんかしなかったのに……)
 長い髪を地面に落として女は鈴を手にすると、ゆっくりと立ち上がった。黒髪は太ももまで伸びていて、重く、量も多い。
 加えて黒いタートルネックにベージュのロングタイトスカートが更に雰囲気を陰気にする。
 その女は重たい体をゆっくりと気怠げに動かして、階段を上って僕の隣を通り過ぎていった。
(……うっ…)
 女の後ろ姿を見て声を失う。女の尻の辺りから、モフモフとした立派な狐の尻尾が揺れていた。
 僕は怖くなって一目散に来た道を引き返す。

階段を下がりきると本殿と社務所に巫女さん達が居て、青い顔をした僕に気づいて声を掛けてくれた。
「き、狐の尻尾……女の人が……」
 それだけ聞くと、巫女さんは「ああ……またか」と言う顔をして社務所に叫ぶ。
「ちょっと、斎藤さん!鈴木さんに尻尾のキーホルダーつけないでって言ってるでしょう!」
「稲荷神社ですもん、かわいいじゃないですかー!」
 と、巫女装束に狐の尻尾をつけた斎藤さんという巫女さんがケラケラと笑っていた。

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