【君の声が聞こえる】
壁をコンコンと叩く。そして、僕は壁に耳を付けて聞いた。
『コン、コン……』
壁の中から音がする。
「今日も元気かい」
『……ぇぇ』
壁に口元を近づけて話をする。今日も元気そうで良かった。
「じゃあ、僕は仕事に行くね」
その返事にはコンコンとノックだけが帰ってきた。僕は微笑むと靴を履いて家を出た。
仕事が終わって帰宅すると深夜2時。今日はかなり遅くなってしまった。
家に帰り着いて玄関を開けると中からノックと声が聞こえる。
『孝さん……』
コンコン、コンコン。
『孝さん、居る?』
コンコン……
『孝さん、居ないの?』
「ただいま、ミズエさん」
コンコンと壁を叩く。
するとドン、と音が帰ってきた。帰りが遅かったからか、怒っているらしい。
「ごめんね、残業があったんだ。今日は仕事がトラブってさ、その尻拭いで忙しかったんだ。心配したよね」
そう言って、僕は電話を壁の前に置く。
「明日からはさ、必ず電話するから。ごめんね、寂しかったよね」
コン……と寂しげな音が響いた。
「おやすみ、ミズエ」
『おやすみなさい』
そう言って、僕らは眠った。
翌日の昼頃、僕は電話をする。留守電になると「今日も遅くなるよ、ごめんね」と言って切った。
「あら、田中さん。お家に電話ですか?」
「うん、昨日の残業で奥さんの機嫌が悪くてさ」
苦笑して見せる僕に、同僚も苦笑いする。
「そ、そうなの。無理も無いわ」
「ですよねぇ、連絡大事ですね」
その会話を聞いていた新人の女の子が事務机から顔を上げて、茶髪の髪をかき上げる。
「あれ、田中さんの奥さん先月亡くなったんですよね?」
「ちょっ!」
同僚が黙れと言わんばかりに新人に注意する。
本当に失礼な話だが、彼女が指導係として叱るのだろうから、僕からは何も言わないことにした。
9/23/2022, 1:22:58 AM