【光と闇の狭間で】
社会に出てから、2年と数カ月が過ぎた。
今日は高校時代の友人と会う約束があった。
お気に入りの服に着替えて、
いつもより時間をかけてメイクもした。
出かける準備はバッチリだ。
…だけど、そこから、身体が動かない。
LINEグループでは、連絡が飛び交っている。
私も返信しなければ…とは思うものの、
何をどう返せばいいのか、わからない。
既読をつけてしまうのが怖い。
そもそも、私が遊びに行っていいの?
気心の知れた仲だけど、だからこそ、怖い。
何が?何が怖いの?この感情は本当に恐怖?
なんで自分のことなのにわからないの?
私は、今、何を考えているの?
思考がグルグルと悪循環していたとき、
電話がかかってきた。
(…電話。せめて、電話くらい出なきゃ。)
意を決して、画面をタップする。
「よう。そろそろ出発だけど、大丈夫か?」
『…ごめん、今日…行けない。』
ちゃんと話さないといけないのに、
声の震えを抑えられない。視界がぼやける。
「おい大丈夫なのか?」
『うん…、大丈夫。』
「そうか。……無理、するなよ。」
『…うん。ほんと…ごめん。』
「気にするな。大丈夫だから。な?
今日はゆっくり休め。」
『うん。…ありがと…ごめん。』
「ああ。それじゃ、またな。」
"また"…か。
連絡もまともにできなくて、
当日にドタキャンするような、
電話口で泣き出すような面倒なやつに、
"また"の機会なんて、あるのだろうか。
一度悪い思考に囚われてしまうと、
そう簡単には抜け出せない。
自分はなんて弱い人間なんだろう。
―――
いつの間に眠っていたんだろう。
気が付くと、外は既に暗くなっていた。
スマホで時間を確認して、
そのまま何となく動画を漁ってみる。
少しすると、LINEの通知が表示された。
"調子はどうだ?"
"今、家の近くなんだが
少し会えないか?"
"今朝はごめんね
もう大丈夫"
"どれくらいで着くの?"
"5分もかからないと思う"
"了解、待ってるね"
やり取りを終えて、外に出てみる。
夜風は冷たく、雲がかかって月も見えない。
真っ暗な空を見上げていると、
遠くから眩しい2つの光が向かって来た。
「なんだ、外で待ってたのか?寒いだろ。」
『うん、平気。』
車を停めて駆け寄って来る。
吐き出される息は真っ白だった。
『中、入る?』
「いや、今日はコレ渡しに来ただけなんだ。」
『なに?』
そう言って手渡された紙袋。
「甘いの好きだろ?みんなで買ったんだ。」
『うん。…ごめんね、わざわざ「謝るなよ。」…ごめん。
…ありがとう。』
「おう。」
『中、見ていい?』
「あぁ、もちろんだ。」
中に入っていたのはバウムクーヘン。
『…米粉?』
「そうだ。米粉のバウムクーヘン。ショッピングモールで
出張販売してたんだ。3種類あるぞ。。」
『へぇ〜、美味しそう。』
「それなりに日持ちするから、少しずつ食べろよ。」
『うん、ありがとう。』
「…やっと笑ったな。」
『ん?何?』
「いや、何でもない。」
暗闇に独り、取り残されてしまったような気持ちと共に、
曇っていた空も晴れていく。
満月が辺りを明るく照らす。
あなたの優しさが、私に光を宿してくれた。
【距離】
こんなに、近くにいるのに。
同じ部活で、すぐ隣で
一緒に練習しているのに。
とても、追いつけそうにない。
元々の経験値が違ったから、
簡単に追いつけるとは思っていない。
でも、それでも…。
あまりにも遠いところにいる気がする。
自分で独りだけが、置いていかれている気がする。
(もっとリズムに合わせて、テンポを保つ 。)
(もっと音を聴いて、音程を合わせるんだ。)
((少しでも近づくには、まだ練習が足りない。))
今日は部活動もお休みの日。
それでも2人は、同じ教室で自主練習に励む。
遠く感じていても、すぐ近くにいる、お互いに負けないように。
これからも、肩を並べていられるように。
【泣かないで】
先輩方が引退されてから、早数ヶ月。
近々行われる合同演奏会に向けての練習中、
同級生のあいつが泣いているのを見つけた。
「…グスッ…。」
平気な顔をしようとしていても、
目が充血しているうえに潤んでいる。
誰が見ても、泣くのを我慢しているとわかる。
更に、既にわかっていること。
それは、こいつは"大丈夫か?"と聞くと
必ず"大丈夫"と答えること。
本当は大丈夫じゃなくても、そう言えないやつだ。
『なぁ、セッティングの確認をしたいんだが、少しいいか?』
「…うん。」
『よし。ここだとうるさいから、場所を移すぞ。』
人が集まりつつある部室を出て、誰も来ない楽器庫へ向かう。
「…わざわざ鍵まで開けて…。」
『いいだろ。この部屋は俺たちの管轄なんだ。』
「まぁ…そう、だけど…。」
ほんの少しの躊躇いの後、室内へと足を踏み入れる。
…合奏が始まるまで、まだ時間はある。
『で?何があったんだよ。』
「…何が?」
『…話しにくいなら、話さなくてもいい。
だけど、無理だけはするな。』
「…。」
お前が泣いていても、
俺は、何もしてやれない。
先輩みたいに、笑わせてやることはできない。
気の利いた言葉をかけてやることも、俺にはできない。
お前が落ち着くまで、側にいることしかできないんだ。
だから、頼む。
――泣かないでくれ…。
【冬のはじまり】
吹奏楽部員にとって"冬"といえば…
「「「『全日本アンサンブルコンテスト!!』」」」
「我々は卒業しているのだから、"部員"とは少々違うがな。」
『まあまあいいじゃない。細かいことはさ。』
「そうだそうだ。気にするな。」
「君たちは本当に、先輩からの影響がすごいね。」
同じ高校で吹奏楽部に所属していた私たちは今年、
とある社会人バンドで偶然再会した。
今は「せっかく再会したのだから」ということで、
4人でアンサンブルチームを組むことになった。
「で、曲はどうするんだよ?」
『楽しいのがいい!』
「お前は曲の前に楽器を決めろ。」
「最近はフレキシブルの楽譜も多いんだね。」
「そうだな…。でも、簡単すぎやしないか?」
「確かに、少々物足りないな。」
『楽譜がないなら作ればいいじゃない。』
「簡単に言うなバカタレ!」
「まぁいいじゃない、楽しそうだし!」
「そうだ。ノリが悪いぞ。」
「やかましい!」
練習終わりの寒空の下。
話はまだまだ尽きそうにもない。
私たちの冬は、もう始まっている。
【終わらせないで】
高校3年生として挑む、全日本吹奏楽コンクール地方大会。
この大会の結果で、引退の時期が変わる。
―――
最後のリハーサルを終え、大会会場へと向かうバスの中。
隣の席で深く深呼吸をした、同じパートの同級生に声をかけた。
『緊張するか?』
「少しね。まだ、実感が湧いてないのかも。」
『俺もだ。』
ふと、カバンに付けたストラップが目についた。
『それにしても、よく作ったよな。』
「ん?…あぁそれね。頑張ったよ。」
地方大会前には、手作りのものを用意して
お守りとして交換し合う風習があった。
こいつが作ったミサンガには、透明感のある飾りが付いていた。
フレームに液垂れの跡が残っているところを見るに、
どうやらこれも手作りのようだ。
俺は手芸が得意ではなかったが、手製のお守りを作るという
この風習は、案外楽しいものだった。
「このミサンガもさ、1年の時より綺麗になったじゃん。」
『まぁな。俺だって練習したからな。』
「…効果、あるといいな。」
『…そうだな。』
今日、これから、全国大会出場の可否が決まる。
全国大会に進出できればその分、俺たちの引退も先延ばしになる。
もし全国へ行けなければ、ここで終わりだ。
『俺たちは、やるべきことはやったんだ。大丈夫だ。』
「そう、だね…。うん、私たちは練習頑張った!」
『あぁ。あとは全力をぶつけるだけだ。10月まで続けるぞ!』
もし、手作りのお守りでも効果があるのなら…。
もし、願いを叶えてくれるのなら…。
どうか、まだ、仲間と本気で音楽に向き合うこの時間を、
終わらせないでくれ。
―――
地方大会の全行程が終わって、帰りのバスの中。
隣の席で深いため息をついた、同じパートの同級生に声をかける。
『終わっちゃったね。』
「…そうだな。まだ、実感が湧かないけどな。」
『うん、私も。』
今日で、私たちの部活動引退が決まった。
『…お守り、効果あったよ。』
「ん?…そう、なのか?」
大会前に貰った、手作りのミサンガ。
彼が作ったミサンガは、2年前とは見違えるほど上達していた。
手作り感はもちろんあるけど、色合わせのセンスも悪くない。
私は元々手芸が好きだったから、お手製のお守りをお互いに作る
この風習も、案外好きだった。
「…確かに、演奏に後悔はないな。」
『うん。練習の成果は出せたから。』
「そうだな。」
『うん。そうだよ。』
今日、ついさっき、全国大会への道が閉ざされた。
悔しいのは当たり前だけど、後悔の残るような演奏はしていない。
だから、ここで終わることに不満はない。
『…悔しくはないけど、寂しい。』
「そう、だな。」
『あぁ。10月まで、続けたかったな…。』
もし、手作りのお守りでも効果があるのなら…。
もし、願いを叶えてくれるのなら…。
どうか、まだ、本気で音楽に向き合えた仲間との時間を、
終わらせないで。