【終わらせないで】
高校3年生として挑む、全日本吹奏楽コンクール地方大会。
この大会の結果で、引退の時期が変わる。
―――
最後のリハーサルを終え、大会会場へと向かうバスの中。
隣の席で深く深呼吸をした、同じパートの同級生に声をかけた。
『緊張するか?』
「少しね。まだ、実感が湧いてないのかも。」
『俺もだ。』
ふと、カバンに付けたストラップが目についた。
『それにしても、よく作ったよな。』
「ん?…あぁそれね。頑張ったよ。」
地方大会前には、手作りのものを用意して
お守りとして交換し合う風習があった。
こいつが作ったミサンガには、透明感のある飾りが付いていた。
フレームに液垂れの跡が残っているところを見るに、
どうやらこれも手作りのようだ。
俺は手芸が得意ではなかったが、手製のお守りを作るという
この風習は、案外楽しいものだった。
「このミサンガもさ、1年の時より綺麗になったじゃん。」
『まぁな。俺だって練習したからな。』
「…効果、あるといいな。」
『…そうだな。』
今日、これから、全国大会出場の可否が決まる。
全国大会に進出できればその分、俺たちの引退も先延ばしになる。
もし全国へ行けなければ、ここで終わりだ。
『俺たちは、やるべきことはやったんだ。大丈夫だ。』
「そう、だね…。うん、私たちは練習頑張った!」
『あぁ。あとは全力をぶつけるだけだ。10月まで続けるぞ!』
もし、手作りのお守りでも効果があるのなら…。
もし、願いを叶えてくれるのなら…。
どうか、まだ、仲間と本気で音楽に向き合うこの時間を、
終わらせないでくれ。
―――
地方大会の全行程が終わって、帰りのバスの中。
隣の席で深いため息をついた、同じパートの同級生に声をかける。
『終わっちゃったね。』
「…そうだな。まだ、実感が湧かないけどな。」
『うん、私も。』
今日で、私たちの部活動引退が決まった。
『…お守り、効果あったよ。』
「ん?…そう、なのか?」
大会前に貰った、手作りのミサンガ。
彼が作ったミサンガは、2年前とは見違えるほど上達していた。
手作り感はもちろんあるけど、色合わせのセンスも悪くない。
私は元々手芸が好きだったから、お手製のお守りをお互いに作る
この風習も、案外好きだった。
「…確かに、演奏に後悔はないな。」
『うん。練習の成果は出せたから。』
「そうだな。」
『うん。そうだよ。』
今日、ついさっき、全国大会への道が閉ざされた。
悔しいのは当たり前だけど、後悔の残るような演奏はしていない。
だから、ここで終わることに不満はない。
『…悔しくはないけど、寂しい。』
「そう、だな。」
『あぁ。10月まで、続けたかったな…。』
もし、手作りのお守りでも効果があるのなら…。
もし、願いを叶えてくれるのなら…。
どうか、まだ、本気で音楽に向き合えた仲間との時間を、
終わらせないで。
11/28/2024, 11:08:46 PM