【あの日の温もり】
ある冬の日の寒い夜
君と入ったコンビニで、
一緒に買ったホットドリンク
並んで歩いた帰り道
明るい月に照らされて
よもやま話に花が咲く
着いてしまった分かれ道
お別れするのが寂しくて
歩みを止めて話し込む
それじゃあまたねと手を振った
すっかり冷めたホットドリンク
それでも心は温かった
【手紙の行方】
「はぁ〜…」
部室に入ってから何回目かのため息が漏れる。
「これ、どうしよ」
差し入れと一緒に用意した便箋。
日頃の感謝をしたためるまでは良かった。
ただ、いざ渡すとなると、どうしても気が重い。
「重いかな〜…こういうの…」
口頭で伝える勇気がないなら、せめて文面で…と思ったけど、
どうやら私には、手紙を渡す勇気さえもないようだ。
「はぁ〜〜…ホントどうしよ、これ…」
差し入れのお菓子と一緒に渡そうと、決意して持参した手紙。
こんなことなら、お菓子と一緒にラッピング袋に入れてしまえば
よかった。
「はぁ〜〜〜」
「何回目だよ、ため息」
「……は?」
なんで、ここにいる…?というか…
「…いつの間に来てたの?」
「さっき。で?どうしたんだよ」
「いや、別に…」
…全く気が付かなかった。お前の前世は忍びなのか?
「別にってなんだよ」
「いや、本当に何でもないよ。気にしないで」
「そうか?」
こうなったら…儘よ…!
「それよりさ、これ。差し入れ」
「おぉ、ありがとう。ん、これは…?」
「あぁー…それ、ね…」
ヤバい、なんて言えばいい?言葉がでてこない…
「…気にしなくていいよ」
「なんだそりゃ。今、見た方がいいか?」
「いや!後でいい!なんなら捨てていい!」
いや馬鹿か私は!捨てられるのは嫌だ!
「はぁ?捨てるかよ、バカタレ」
「は?」
「んじゃこれ、ありがとな」
「うん…」
…捨てないんだ。よかった。
「はぁ〜」
さっきまでとは違う、安堵のため息。
もしかしたら、顔が赤くなっているかもしれない。
この際、そんなことはどうだっていい。
何はともあれ、
ちゃんと渡せてよかった。
【そっと伝えたい】
この気持ちに気付いたのは、いつだっただろう。
この気持ちは、いつから抱いていたんだろう。
自分でも、そんなことすらわからないまま、
自覚した想いは日に日に募っていく。
(直接、伝えることができたら…)
そんなことができたら、どんなに良いか。
不器用で素直にもなれない自分が嫌になる。
今日も彼女は、俺の隣にいる。
俺の隣を歩いている。
すぐ近くにいるはずなのに、それなのに、
手も声も届かないくらい、遠くに感じる。
(…いつか伝えられるだろうか。この気持ちを)
(この想いを打ち明けられるまで、
こいつは、隣にいてくれるのだろうか。)
―――好きだ
「ん?なに?」
「いや、何でもねーよ」
今はまだ、面と向かって打ち明けられそうにない。
だけど、届かなくてもいいから伝えたかった。
こんなの、“伝えた”とは言えないことなんか、
痛いほどわかっている。
…それでも、伝えたかったんだ。
【君の背中】
君はいつだって、私の前を歩いている
前向きな君がいると、私も前向きになれる
厳しい君といると、私は今よりも成長できる
君に優しくされると、認めてもらえた気になる
君の広い背中は、いつだって温かい
君がいないと、私はダメなんだ
【風のいたずら】
「譜割りするぞー!!」
「はーい」
楽譜の束を抱えながら、先輩が相変わらずな元気の良さで部屋に入る。
「今度の曲はなんですか?」
「これだ!」
「わー…マジですか…」
机に広げられた楽譜は、学生時代に大変苦労した覚えのある一曲だった。
「まさか、またこの曲をやることになるとは…」
「懐かしいなー。お前たちが入部してすぐの頃だったな、この曲をやったのは」
ここにいる全員が学生で、同じ部活動に所属していた頃、最初にぶち当たった壁がこの曲だった。
あの頃の私は、初めての楽器に戸惑い、難しいリズムにも戸惑って、入部早々に挫折しかけていた。
そんな私に、先輩方は根気よく教えてくださったし、同級だって何回も練習に付き合ってくれた。
「ほんとに懐かしいですね…。あの頃はお世話になりました」
「“あの頃”だけじゃないだろ」
「はぁ?」
「こらこら、喧嘩するな。パート決めるぞ」
「はい、すみません」
その時だった。
換気のために開け放っていた窓から風が入ってきて、卓上に広がる楽譜を吹き飛ばしてしまった。
「あーー!!」
「だから閉めようって言ったじゃん!」
「そん時は開けてから1分も経ってなかったろ!」
「まったく、お前たちは変わらないな」
「私が引退してから何があったんだ…?」
「化けの皮が剥がれたんですよ」
「ちょっと先輩!」
「なんてこと言うんですか!」
皆んなであれこれ言い合いながら、散らばった楽譜たちを拾い集める。
学生時代のあの頃に戻ったようで、あの頃よりも仲が深まっているこのメンバーで、また一緒に演奏できることが嬉しくてたまらない。
ちょっとした風のいたずらが、私たちに2回目の青春を運んでくれた。