【どうすればいいの?】
私が担当するパートは最初から決まっている。
他にやる人がいないし、1人で足りるから。
なのに、なんで。
自分が担当しない楽器のパート割りを
なんで私が考えなきゃいけないのだろう。
私の担当楽器は、配置も大体決まっている。
なのに、触りもしない楽器のセッティングを
なんで、ここまで必死になって考えなきゃいけないのだろう。
同じ打楽器パートなのだから、責任があるのはわかっている。
わかってはいるけど、なんで
何から何まで、私が考えなきゃいけないの?
移動や持ち替えにおいて
演奏に支障がないかの確認をする必要があるから、
ホール練習までに楽器の配置を考えなきゃいけない。
別に、考えるのが嫌いな訳ではない。
むしろ好きだ。
だけど、1人で責任を負わざるを得ない
この状況には不満がある。
パートリーダーでもないのに。
なんで私に報告を求めるの?
なんで勝手に配置を変えるの?
本番まで時間が限られているのに。
外部から助っ人に来てもらう以上、
譜割りは迅速にしなきゃいけないのに。
私は、譜割りがどうなろうと影響しないのに。
関係あるのは、あなたの方なのに。
なんで、話を脱線させるの。
なんで、ヘラヘラしていられるの。
なんで、そんなに無責任でいられるの。
なんて言えば、脱線せずに譜割りを終わらせてくれるの?
どうしたら、他パートも考慮した配置を考えてくれるの?
私は、どうすればいいの?
【宝物】
私には、たくさんの宝物がある。
中学校でできた宝物。
修学旅行中、色違いで買った花のストラップ。
県大会出場を意気込んで送り合ったメッセージ。
高校でできた宝物。
他所では出来ないような、貴重な経験の数々。
後輩から貰った、全国出場を祈願した、お手製のお守り。
先輩から貰った、頼もしくて優しい、温かい言葉。
同じ学年、同じ部活、同じパートになった
アイツとの思い出。
大学でできた宝物。
専門性の高い大学だから得られた知識。
同学科の皆んなとの、イベント運営の成功体験。
仲間と目論んだ、文化祭での演奏の練習。
…台風直撃で文化祭が中止になったけど、
皆んなで集まって練習できたのは、良い思い出だ。
社会人になってからできた、宝物。
数年ぶりに偶然再会した、
同じ学年で、同じ部活で、同じパートだった
アイツとの約束。
――じゃ、明後日の合同練習で。またな。
【キャンドル】
――♪ドレミファソ ファレ ファミ
――♪ドレミファソ ファレ ミド
―――♪――♪――♪―――
『…ふぅ。』
「お疲れ様。相変わらず上手いね。」
『へへ、ありがと。』
薄暗い防音室。
室内を照らすのは、数本のキャンドル。
『やっぱり、ロウソクがあると雰囲気出て良いね。』
「うん、燭台とか色々持ち寄った甲斐があったよ。」
『今日はありがとう、付き合ってくれて。』
「こちらこそ。いい経験ができたし、楽しかったよ。」
『そう言って貰えると嬉しいよ。』
「でも、僕で良かったのk『良かった!他に適役はいない!』
…あはは、そっか。」
『ねぇ、また誘ってもいい?』
「もちろん!君からのお誘いなら大歓迎だよ。」
『やったー!』
「ロウソクもまだ残っているしね。
また、先輩に部屋を貸してもらおう!」
『うん!』
――燭台、カッコいいの探してみようかな…。
――えぇ〜?演奏会でやるわけじゃないんだろう?
どこに置いとく気だい?
――それが問題なんだよね〜。奴に預かってもらおうかな…。
――止めはしないけど、程々にしときなよ…?
【たくさんの想い出】
「3年間、あっという間だったな…」
『そうだね。色々あったから、尚更。』
「あぁ。体育祭に修学旅行…。」
『定演にコンクール、合同演奏会。』
「部活のことばかりじゃねぇか。」
『あ、文化祭は?』
「あー。大会と被って、今年しか参加できなかったからな。」
『うん。しかも1日だけ。
準備期間も、部活のことで頭いっぱいだったな。』
私たちの高校では、文化祭は8月末に行われる。
そして8月末には、全日本吹奏楽コンクールの地方大会もあった。
昨年までは、コンクールに向けた遠征中に
文化祭が開かれていたが、今年は1日だけ参加することができた。
『やっぱりさ、文化祭には吹奏楽部がいなきゃだよね。
文化部の花形なんだしさ。』
「花形ってお前、先輩みたいなこと言うな。」
『でも、そうじゃない?うちの学校は特に。』
「まあ、そうかもな。結果も残していることだし。」
先輩方が築いた、県内上位の成績。
『…今年も、全国行けなかったね。
「…あぁ。仕方ねぇよ。」
吹奏楽を続けるなら、強いところでしっかり学ぶと良い。
そう両親に言われ、必死に勉強して入学した強豪校。
少しの不安もあったけど、それ以上に、期待でいっぱいだった。
先輩方は優しくて、中学からパートが変わった
初心者同然の私にも、構え方から音の鳴らし方まで
たくさんのことを教えてくださった。
後輩たちも良い子ばかりで、楽器が上手くない私にも
懐いてくれていた、と思う。
『あと1年だけでいいから、ズレて生まれたかったな…。』
「早いのと遅いの、どっちがいい?」
『んー、どっちでもいい。けど、強いて言うなら早く。』
「だと思った。」
『はぁ?』
「先輩に懐いてたから。」
『……。』
「同級はどうだよ。」
『8割か9割好きくない。』
「俺もだ。」
『ほんと、後輩に申し訳ないし、先輩にも顔向けできないよ。』
「ああ。最上級生として、示しがつかない。」
『先輩たちは、自分の時間も部活に使ってくださってたのに。』
「後輩たちも、本気で全国目指して頑張ってたのにな。」
『…うん…。』
「…俺、お前とは、同じ学年で良かった。」
『なんで?』
「腑に落ちないこともあったが、良い想い出もできた。」
『…私、関係ある?』
「大有りだバカタレ。」
『…私も、同じパートにいてくれて良かったと思うよ。
最後の1年なんか、1人じゃ耐えられなかった。』
「…そうか。」
『うん。』
『…だから…その、…ありがとう。色々と…。』
「…おう…。」
「…なぁ、進学先、お前は県内の大学なんだろ?」
『うん。定演とかのお手伝い、来れるの?』
「もちろんだ。」
『そっか…。』
「あぁ…。」
「…だから、卒業後も…また、会おうぜ。」
【冬になったら】
「うぅ、さむ…」
『ね。もう冬だね。』
「…なぁ、覚えてるか?」
『何を?』
「冬になったら、星見に行くって言ったやつ。」
『あー、合宿で言ってた?』
「おう。」
今年の夏、山での合宿があった。
山と言っても、冬場はスキー場として運営する為、
安全が確保されていた。
だからこそ、だったのだろう。
日中は外に出て、清々しい空の下で
思う存分、練習に打ち込めた。
そして夜には、街灯のない暗闇で
満点の星空を眺めた。
小さい頃から星が好きだった私は、先輩達から
部屋に戻るよう促されるまで、ずっと空を眺めていた。
同級生に言われたくらいでは動じない。
そんな私に、彼がかけた言葉。
「寒い方が綺麗に見えるって先輩が言ってた。
冬になったら、また山登って星見ようぜ。
だから、今日はさっさと部屋戻れ。冷えるぞ。」
――あれ、ちゃんと約束だったんだ…。
『懐かしいね。もう何ヶ月前だっけ?』
「まだ3ヶ月しか経ってねぇよ。」
『そう?』
「あぁ」
『で?』
「ん?なんだ?」
『さっきの、星見に行こうって話。』
「おう」
『本当に行ってくれるの?』
「ああ、そう約束しただろ?」
『約束、でいいの?』
「はぁ?どういうことだ?」
『いや、私を部屋に戻らせる為の口実かと…。』
「あー、まあ確かにそれもあったが…。」
『あったんだ。』
「まぁな。だが、約束は約束だ。
どうする?行くか?」
『うん、行きたい。』
「じゃあ、次の日曜、部活休みだろ?
何か予定はあるか?」
『学校行って練習するつもりだった。』
「俺もだ。」
『じゃあ、練習して、終わったら?』
「だな。学校には16時までしかいれないから…。」
『適当に時間潰してから、だね。』
「ああ。防寒対策しとかないとな。」
『…ねぇ、山、ほんとに登るの?』
「俺はどっちでも構わんぞ。」
『じゃあ近場で済ませよ。
山じゃなくても暗い場所はあるし。』
「お前がそれでいいなら、そうしよう。」
いつもは、自分にも他人にも厳しい彼。
そんな彼が、何となく交わされた口約束を
覚えてくれていて、私の好きにさせてくれる。
『同じ部活でよかった。』
「何だよ急に。」
『は?!聞いてたの?』
「聞こえたんだよ、バカタレ」
お互いに軽口を叩き合える程度には仲良くもなれた。
こんな風に笑い合える同級生は、他にはいない。
初めの1年が、もうすぐ終わる。
残りの2年も、どうかこのまま。
仲良しごっこではなく、本当に心を開ける。
厳しい指摘をするのも、より成長するため。
厳しいといっても、理不尽なことは絶対に言わない。
お互いに信頼しているからこその厳しさ。
――この関係が、これからも続きますように。