【光輝け、暗闇で】
この世は残酷だ。
少しでも“普通”と異なるだけで、異端者として扱われる。
自ら好んで“そう”なった訳ではないが、そんなことは周囲の人間にとっては問題ではない。
僕はただ、認めて欲しかっただけなのに。
何がいけなかったのだろう。
承認を得たいと思ってしまったことが間違っていたのだろうか。
“普通”と異なる僕は、皆んなと“同じ”であることさえも許されないのだろうか。
どこに行っても、僕は独りだった。
太陽が燦々と照りつけていても、僕の世界は真っ暗だった。
希望もない闇の世界で、ずっと独りで生きてきた。
これが僕の運命なのだと、諦めきっていた。
ある日、僕の世界に一筋の光が射し込んだ。
歌声が綺麗な子と出会ったのだ。
あの子の歌は、技術もまだ習得しきれていない上に、音程もやや不安定だった。だがそれ以上に、澄んだ音色で、とても美しかった。
気がつくと、僕はその子に声をかけていた。
思い返すと、随分と早まったマネをしたなと自分でも思う。
しかし、それは些細なことに過ぎなかった。
あの子は僕に応え、僕を受け入れてくれたのだ。
いつしかあの子は、僕にとっての救済になった。
あの子が歌えば、僕は救われるのだ。
入学式が終わり、部活動の見学が始まった。
僕が入部を決めている部活動の練習棟に行くと、あの子がいた。何という偶然だろう。まさか、同じ学校だったとは。
入部の決意をより強固にして、僕はまた、あの子に声をかける。
あの子の周りにいた女生徒たちは、僕を見た途端、顔色を変える。やはり、ここでも変わらないか。
そう思った刹那、あの子がにっこりと笑いかける。
やっぱり、この子は他の連中とは違う、特別だ。
真っ暗闇の世界の中で、あの子は光輝いていた。
【ただ君だけ】
君と過ごすようになったのは、中学校からだった。
小学生の頃から好きだった君と3年間、一緒に学校生活を送って、より好きになった。
高校に進学してからは、一緒の時間が増えた。
それ故なのか、君との時間を大事にできなかった。
毎日、君と過ごす時間があったのに、
勿体無いことをしていたなと、今では思う。
大学に進んでからは、君との時間は
かなり減ってしまった。
それでも君との時間は、相変わらず楽しかった。
社会に出てから、君とのは無くなってしまった。
君を好きな気持ちは変わらないのに、仕事に忙殺されて、君との時間を作る余裕が無くなった。
朝晩問わず必死に働いて、シフトが休みの日には勉強会に参加する。
命令されれば、片道2時間の道のりを運転してヘルプに入る。
そんな働き方をしているうちに、
心身が壊れてしまった。
仕事から離れてさえしまえば、体はすぐ回復した。
多少、体力は落ちていたのかもしれないし、免疫力も低下していたかもしれない。
けれど、そんなことは些細な問題だった。
心の回復には、どうやら時間がかかるらしい。
薬を服用していても、夜は不安で寝付けなかった。友人から気分転換にと遊びに誘われても、結局外に出られなかった。
こんな調子で前進できないでいた私を変えてくれたのは、君だった。
随分と久しぶりだったのに、君は変わっていなかった。楽しい時間も、温かい空間も、昔からずっと変わらなかった。
私はあの時、初めて気が付いた。
私には、君が必要不可欠なのだと。
ただ、君だけが。
【手紙を開くと】
「さて、今回は何を作ってきたんだ?」
差し入れにと貰った小袋を開けると、中から甘い匂いが漂ってくる。クッキーの類なのだろうが、正式な名称は知らない。
「ん…相変わらず美味いな」
サクサクと食べながら、差し入れと一緒に受け取った手紙に目をやる。内容はかなり気になるが、中々読む勇気を持てずにいた。
「部活の話か、これからの話か、それとも両方か…。はぁ〜…」
教室で見かけた時のあいつと同じような、重いため息が漏れる。
「あいつも、こんな気持ちだったのかな…」
勢い任せだったとは言え、受け取ってしまった以上、手紙を読まない訳にはいかないだろう。
覚悟を決めて、手紙を開く。
_______________
…あぁ、そうか。
お前は、そんな風に思っていたのか。
そんなことを考えていたのか。
【ふとした瞬間】
ふとした瞬間に思い出す
みんなとの青春とひと時
ふとした瞬間に気づいた
君がよくする何気ない癖
ふとした瞬間に自覚した
私は、君のことが好きだ
【好きだよ】
「なんでここまで言われなきゃいけないの」
「それくらい出来ていないから言ってるの」
「社員じゃないんだから…」
「社員じゃなかったら適当でいいの?もう3ヶ月経つでしょ?」
「はいはい」
「…前々から気になってたんだけどさ、なんでタメ口なの?ここ職場だよ?」
―――
「お疲れ」
「おう、お疲れ。久し振りだな」
半日シフトの仕事終わりに、友人とランチの約束をしていた。
お互い仕事で忙しく、会うのは1ヶ月ぶりだろうか。
「ほんと久し振り。休み全然合わなかったもんね」
「そうだな。ほら、早く行こう。話聞いてやるからさ」
「うん、ありがとう」
今日はただのランチ会ではない。仕事で積もり積もったストレスの発散も兼ねていた。
本当は、お互いの休みが重なる日に会う予定だった。しかし、あまりにも色々と“酷い”新人のおかげで、私の精神が限界を迎えていたのだ。そこで、「半日だけでも予定が合う時に会っておこう」と提案してくれたのだ。なんとも有り難く、頼もしい友人だ。
そうこうしている内に店に着き、注文を済ませる。
「それで?例の新人さんは、今度は何をしでかしたんだ?」
「無断で早退した」
「は?」
「何もしないで10分以上突っ立ってやがると思ったら、何の断りもなしに帰りやがった」
「なんだそりゃ。何があったんだよ」
「うーん…。3ヶ月も働いてればさ、何がどの程度必要かってわかるじゃない?」
「まぁ、日によって変動しなければな」
「でしょ?で、用意する物は沢山あるのに随分ゆっくり作業しているもんだから、声かけたの」
「どんな風に?」
「それじゃ全然足りないけど大丈夫?って。…前科があるから、この時点でもうイライラはしちゃってたかも」
「それで、なんて返ってきたんだ?」
「あぁ…って」
「あ?なんだよそれ。そいつ後輩なんだよな?」
「そうだよ。んで、今までもそんな舐めた口の利き方するもんだから、もう我慢できなくなって怒っちゃったの。そしたら、“なんでそんなに怒られなきゃいけないの?”だって」
「…とんでもねぇ奴だな」
「挙句の果てには“正社員じゃないんだから…”なんて言い始めてさ。正社員レベルの仕事なんてさせてないし、高校生でも務まる程度の仕事しか任されてないやろがい。ふざけやがって」
「それは…災難だったな。で?また不貞腐れちまったのか?」
「そう。で、そのまま帰った」
「なる程な」
今までの鬱憤が爆発する。
ただ仕事ができないだけならまだしも、そもそもやる気がないような人間になんて、優しくしてやれない。働く気がないなら帰ってしまえ、と思ってはいたが、断りは入れるのが筋だろう。最低限の筋も通せない人間なんて、とても許せそうにない。
「お前も苦労するな。この前も、1から製作し直しになったんだろ?その件は大丈夫だったのか?」
「一応間に合ったけど、謝罪の言葉は一切なかったね」
「なんだよそれ。その新人って学生じゃないんだろ?」
「もうとっくに社会人だよ。だから余計に腹が立つの」
「とはいえ、出来ないとわかってる相手に厳しくしすぎちゃったのかな、とも思ってるんだよね」
「…程度がわからんから何とも言えないが、優しくして甘やかしても、そいつの為にはならないだろ」
「うん…」
「お前が気に病むことはないと思うぜ。先輩も言ってたろ?気にするな」
「んー…」
「…俺は、お前のそういう…責任感が強くて真面目なとこ、好きだぜ」
「…え?」
「…2回は言わないぞ」
「…うん…私も、さ…」
「ん?」
「優しくて、頼もしいところ、その…好きだよ」
先程までとは打って変わって、静寂が辺りを包む。
それでも、不思議と息苦しさはなくて、
そこにあったのは、気恥ずかしさと、ふわふわとした温もりだった。