シャノン

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11/30/2024, 8:20:01 AM

【冬のはじまり】


吹奏楽部員にとって"冬"といえば…

「「「『全日本アンサンブルコンテスト!!』」」」

「我々は卒業しているのだから、"部員"とは少々違うがな。」
『まあまあいいじゃない。細かいことはさ。』
「そうだそうだ。気にするな。」
「君たちは本当に、先輩からの影響がすごいね。」

同じ高校で吹奏楽部に所属していた私たちは今年、
とある社会人バンドで偶然再会した。
今は「せっかく再会したのだから」ということで、
4人でアンサンブルチームを組むことになった。

「で、曲はどうするんだよ?」
『楽しいのがいい!』
「お前は曲の前に楽器を決めろ。」
「最近はフレキシブルの楽譜も多いんだね。」
「そうだな…。でも、簡単すぎやしないか?」
「確かに、少々物足りないな。」
『楽譜がないなら作ればいいじゃない。』
「簡単に言うなバカタレ!」
「まぁいいじゃない、楽しそうだし!」
「そうだ。ノリが悪いぞ。」
「やかましい!」

練習終わりの寒空の下。
話はまだまだ尽きそうにもない。
私たちの冬は、もう始まっている。

11/28/2024, 11:08:46 PM

【終わらせないで】


高校3年生として挑む、全日本吹奏楽コンクール地方大会。
この大会の結果で、引退の時期が変わる。

―――

最後のリハーサルを終え、大会会場へと向かうバスの中。
隣の席で深く深呼吸をした、同じパートの同級生に声をかけた。

『緊張するか?』
「少しね。まだ、実感が湧いてないのかも。」
『俺もだ。』

ふと、カバンに付けたストラップが目についた。

『それにしても、よく作ったよな。』
「ん?…あぁそれね。頑張ったよ。」

地方大会前には、手作りのものを用意して
お守りとして交換し合う風習があった。
こいつが作ったミサンガには、透明感のある飾りが付いていた。
フレームに液垂れの跡が残っているところを見るに、
どうやらこれも手作りのようだ。
俺は手芸が得意ではなかったが、手製のお守りを作るという
この風習は、案外楽しいものだった。

「このミサンガもさ、1年の時より綺麗になったじゃん。」
『まぁな。俺だって練習したからな。』
「…効果、あるといいな。」
『…そうだな。』

今日、これから、全国大会出場の可否が決まる。
全国大会に進出できればその分、俺たちの引退も先延ばしになる。
もし全国へ行けなければ、ここで終わりだ。

『俺たちは、やるべきことはやったんだ。大丈夫だ。』
「そう、だね…。うん、私たちは練習頑張った!」
『あぁ。あとは全力をぶつけるだけだ。10月まで続けるぞ!』


もし、手作りのお守りでも効果があるのなら…。
もし、願いを叶えてくれるのなら…。
どうか、まだ、仲間と本気で音楽に向き合うこの時間を、
終わらせないでくれ。

―――

地方大会の全行程が終わって、帰りのバスの中。
隣の席で深いため息をついた、同じパートの同級生に声をかける。

『終わっちゃったね。』
「…そうだな。まだ、実感が湧かないけどな。」
『うん、私も。』

今日で、私たちの部活動引退が決まった。

『…お守り、効果あったよ。』
「ん?…そう、なのか?」

大会前に貰った、手作りのミサンガ。
彼が作ったミサンガは、2年前とは見違えるほど上達していた。
手作り感はもちろんあるけど、色合わせのセンスも悪くない。
私は元々手芸が好きだったから、お手製のお守りをお互いに作る
この風習も、案外好きだった。

「…確かに、演奏に後悔はないな。」
『うん。練習の成果は出せたから。』
「そうだな。」
『うん。そうだよ。』

今日、ついさっき、全国大会への道が閉ざされた。
悔しいのは当たり前だけど、後悔の残るような演奏はしていない。
だから、ここで終わることに不満はない。

『…悔しくはないけど、寂しい。』
「そう、だな。」
『あぁ。10月まで、続けたかったな…。』


もし、手作りのお守りでも効果があるのなら…。
もし、願いを叶えてくれるのなら…。
どうか、まだ、本気で音楽に向き合えた仲間との時間を、
終わらせないで。

11/27/2024, 2:34:47 AM

【微熱】


『なぁ、本当に大丈夫なのか?』
「大丈夫だってば。これくらい、大したことないし。」

そう言うこいつの顔は、いつもより赤い。
熱でもあるんじゃないかと思い、問い詰めてみても
"熱はない"、"大丈夫"の一点張りだ。

『大丈夫に見えねぇから言ってんだよ。
休んだ方が良いんじゃないか?』
「…大会も近いのに、休んでなんかいられないよ。」
『だからこそだろ。大人しく休んで、早く元気になれ。』

保健室に連れて行こうと、軽く背を押して誘導する。
一歩踏み出したそいつは、バランスを崩してもたれ掛かる。

「…ごめん。」
『ったく。これのどこが"大丈夫"なんだよ。』

力なく俯くこいつの顔は、数分前より赤い。


(…もっと早くに、無理矢理にでも
休ませてやるんだったな。)


そんなことを考えながら、ゆっくりと保健室へ向かう。

「ほら、もう少しで保健室だ。もう少しだ、頑張れ。」
『…ん…。』

保健室に着く頃には、声を出すのも辛そうだった。

『失礼します。』
「どうぞ…って、どうしたんだい?さぁ、ここに寝かせて。」
『こいつ、朝から熱っぽかったんです。口では大丈夫って
言ったんですけど、そうは見えなくて…。』
「そっか。よく連れて来てくれたね。」

ベッドに寝かせて、改めて顔色をうかがうと、
目元に涙が浮かんでいた。

『…俺が、もっと早く保健室に行かせていたら、
ここまで無理させることも、なかったのに。』
「君はよくやってくれたよ。
ちゃんと休めばすぐに元気になるから大丈夫だよ。」
『はい。…ありがとうございます。』

再び様子を見たとき、そいつがうっすらと目を開けた。

「……ごめん…。」
『大丈夫だ、気にするな。それより、今はゆっくり休め。』
「…ん……ありがと…。」

そう呟いたこいつの顔は、更に赤くなっていた。



――その赤面は微熱のせいか、それとも…。

11/25/2024, 5:25:17 PM

【太陽の下で】


「楽器はこれで全部か?」
「はい。」

今日の部活動は野外コンサート。
カラッと晴れた空の下、街中の広場で演奏をする。

「よし。まずはスタンドを片っ端から組み立てるぞ。」
「『はい!』」

4月に入部してから、もう半年が経過した。
私が所属する打楽器パートの人数は、引退と退部で3人に減った。
先輩はこのパート唯一の2年生だけど、とても頼りになる。
目つきの鋭さから、最初の1カ月くらいは怖がってしまった。
言い逃れができない程度には、距離を取ってしまった自覚もある。
それでも先輩は、いつでも優しく声をかけてくれた。
さっぱりした気質の人なのかもしれない。

「鍵盤の高さ、こんなもんで大丈夫か?」
『はい、ありがとうございます。』
「どうした?緊張でもしているのか?」
『そりゃあもう…。』
「いつも通りやれば問題ない。大丈夫だ。」

野心を秘めたような瞳にも慣れた今、
いつも爽やかな先輩は憧れになっていた。
楽器を扱う所作からは、何処となく品を感じる。
曲と向き合う真っ直ぐな姿は、勇ましくさえ見える。
つい先程も、パートリーダーとして指示を飛ばしていた先輩。

『…先輩って太陽みたい。』
「なんだ急に。」
『ほら、運搬も組み立てもさ、先輩が中心になってるじゃん。』
「それはそうだけどよ。」
『太陽を中心に、太陽系の惑星は公転しているから。』
「あぁ、そうきたか。」

同級生と駄弁りながらも組み立てを進める。
楽器のセッティングが終わると、じきに本番を迎える。
先生の指揮棒が上がり、各々が楽器を構える。
屋内での演奏と違い、反響するものがない。
だから精一杯、楽器を鳴らそう。音を響かせよう。
果てしなく広がる空で輝く、あの太陽にも届くように。
遥か遠くに感じる先輩に、少しでも近づけるように。

11/24/2024, 10:28:53 PM

【セーター】


『ところでよ。お前のセーター、袖がボロボロだな。』
「うん。あちこち引っ掛けちゃって。」

そうぼやいたこいつは、自分の袖口に目をやる。
打楽器にはボルトが出っ張っているから、
多少引っかかるのはわからなくもないが、ここまでなるか?

『やっぱ。先輩に似てるな。』

いつも活発に動き回っていた、2つ上の先輩が浮かんだ。

「え〜?この流れだと不名誉なんだけど。」
『だって先輩は大胆な人だったろ?』
「良く言えばね。」
『で、お前も案外大雑把だろ?』
「おい。」
『そっくりじゃねぇか。』
「似てるって話なら、
弦バスの方の『そりゃないな。』えぇ〜。」

件の先輩と同級の、冷静沈着で物静かな先輩を思い浮かべる。
絶対に似ていない。

『お前落ち着きないし「あるわ!」どこがだよ!』
「お前たち、その辺にしておけ。」

食い気味に言い合っていたところを、同級生に止められる。
…嫌な予感がする。
悪巧みしているのを隠そうともしない顔で言い放つ。

「 色違いセーターの仲良し同士ではないか。」
『「仲良くねぇ/ない!!」』

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