ひぐらしの鳴き声が響き、
オレンジ色の空が広がる午後17時の駐輪場。
少し夕立の匂いがした。
ついさっきまで音楽室で一緒に歌っていたあいつと帰ろうとしてる訳じゃないけど、待たなくても一緒になるのは必然で。
「さっき、生徒会長と男が2人でいちゃついてんの見ちゃった」
いらない情報ありがとう。
やってんなあ、なんて月並みなツッコミ。
ぽつりぽつりといまだ雫を落とす空に、くっついてなかなか開かないビニール傘を無理やりこじ開けた。
「…おまえ、それさして帰るの?」
「まぁ、そうだけど」
ずっと友だちだ。
でも、心のどこかではこのメガネのイケボ野郎に期待してしまう、浅はかなわたし。本当に厄介だ。
もう何年こんな気持ちでいればいいんだろう。
「君は?」
「俺んちはお前の家と違って遠いの。迎え呼んだ」
じゃあなんでここ(駐輪場)に来たのよ、といいたい気持ちを堪えて、開いた傘を片手で持ったまま自転車を手押しする。
そしたらこのひとはごく自然に隣を歩くから、まったくもってわたしの心臓はもたない。
「…文化祭、うまくいくかな?」
「…さあ??」
気づかないふりをした方がよかったのかな?
何度も肩が振れる距離にいたこと。
本当は傘に入りたかったのかな。
心臓の音が大きすぎて、下校を促すチャイムが遠く聴こえた。
簡易コンロのフライパンの上で、
1つの卵から2つの黄身が現れて。
「わ、双子だった!みて、しょーゆちゃ…」
と呼びかけて、彼女が此処にいないことを思い出す。
生家の地下シェルターで過ごし始めてもう何月も経ったけれど、遠くの州から一向に帰ってこない双子の妹を1人で待ち続けて、寂しさで感覚がおかしくなっているのだ。
たとえどんなにつまらないことだとしても、
隣に彼女がいればすぐにシェアしていた時の癖は全然抜けない。
それどころか、隣にいないことを実感させられて
余計に寂しさが増すばかり。
「はやく、帰ってきてよ…」
───どこかで必ず、生きていることを信じて。
止まない雷雨の夜はまだ明けない。
窓越しに外を見やる。
本当は仮眠を取らなければいけないのに、なぜかいつまで経っても眠気がやって来ない。
寝台で静かに寝息を立てて眠る白金色の髪の娘は、どんな夢を視ているのだろう。
窓の外に見える、庭の芝生で事切れている女のアンデッドは、
きっと彼女の母親だったに違いない。
雷に打たれて終わりを迎えたのか、
彼女に託した銃が終わらせたのか。
それは彼女の本望だったのか。
「愛されていたんだな、きみは」
とごちて、雨に濡れて少し冷えた白い頬を撫ぜた。
『神のご加護を』と書かれた血文字。
玄関の廊下に飾られた家族写真。
両親を葬らなければならなかったこの夜はあまりに過酷すぎただろう。
せめて目が覚めるまで、彼女の悪い夢を食べる獏になる。
どれだけ血液を分け与えても
救われた命には見合わないだろう。
無機質な病室の真ん中で機械が音を鳴らすことでしか
彼女の生存を知ることができないのはあまりにも寂しい。
そっと手を握れば仄かに体温が残っていて、
分け与えた血がちゃんと身体を巡っている気がして安心すると同時に、ある日突然この温もりがなくなってしまったら、と衝動的な不安も湧き上がる。
護られたのに情けないのは判っている。
だから此処にいるのは俺一人でいい。
夜の雨の音を聞くと、いつかどこかのBARでピアノに混じって聞こえた音のことを思い出す。
耳に当てた貝殻のように落ち着く音だった。
もう還らないあの日々のことを思い出すと胸がキュッとなる。
荒野に漂うアンデッドの腐臭を、わずかでも洗い流してくれないかと祈りながら、埃の匂いがする無機質なシーツにくるまって目を瞑る。
明日晴れたら、─────……