目が覚めると――。
目が覚めると夢の中にいた。
それは、ふわふわとした真っ白な地面がずーっと続いている場所。何も無くて、ほんと、大きな豆腐みたい。
「ようこそ! 貴方はやっと一番の願いがかなったのですよ! 私は褒めます! 褒めて差し上げましょう! おめでとう! 貴方は幸せになれるのですね!」
言葉一つ一つに感嘆符の着くようなハキハキとした喋りをする、小さな――小さな女の子がいた。
真っ白なフリフリのドレスを着て、髪の毛は濡れ鳥のようだ。あぁ、私のなりたかった姿だ。
「……明晰夢?」
「あははっ! 何を馬鹿げたことを! 明晰夢なんてものじゃあないよ。ここは現実だ。そして――お前は死んだ」
死んだ。
死んだ?
私が? 私が死ねたの?
あぁ、確かに死にたいと思った。そして、願ったよ。
でも、そんな簡単に死ねるの? 死んだらこんな世界なの? あれ、なんだか思ってたのと違うよ。
私はただ、死んで皆が涙を流し、後悔をする姿を見たかっただけなんだよ。
「……なんで死んだの。そして、あなたは誰なの?」
「お前は死にたいと願っただろう? だからここへ連れてきてやったんだよ」
「……そう」
決して、自分のことには触れようとしない女の子の瞳には、どうしても人工物のようにしか見えなかった。
「お前は、なぜ死にたかった?」
「急な質問だね。私が死にたいこと、知ってるくせに理由は分からないんだ」
「お前の気持ちが丸まったゴミみたいに汚いから、私には読み取れなかっただけだ」
「なにそれ、いやぁな言い方!」
「いいから早く言え。私は暇じゃないんだよ」
腕を組み、私の瞳をキリッと睨みつける女の子は、腕を組んで手の動きが止まらなかった。
「――そうだなあ。あれはほんと、最近のことなんだよね」
♚
四月
中学校に入学して、元々仲の良かった子と同じクラスだったことを理由に、中学校でもずっと一緒だった。
あの頃は、幸せでも、普通でも、最悪でもなかった。ただ、何も無い。それだけだったんだ。
勉強について行くために必死で友人関係なんてどうでもよかった。
五月
初めての学力テストに向けて、まだまだ勉強を頑張っていた。
この頃だってどうでもよかった。友達なんて、どうでもよかったんだ。
六月
この頃からだ。勉強が落ち着いて、なにかに没頭する時間が無くなって、少し友達との距離感を感じて、紙に自分の気持ちを書くようにもなった。
七月
これは最近だね。
三人で歩いていると、私以外の二人の出身小に居た先生が来た。まあ、その前から二人は仲良く手を繋いでいた。私とは繋がなかったのに。
そして、先生はこういうんだ。
「二人は小学校からずっと手繋いでるよね。この子は〇〇小じゃないから分からないけどがんばってね。仲良し3人組なの?」
気持ち悪かった。
てか、そもそも3人で歩いていた訳では無かった。
教室を出る時、たまたま一緒になっただけだし、仲良し3人組ってなんだよ。私は二人と仲良いつもりなんてない。前までは自分と友達の一人で、2人。仲良いよねって言われていた。
その時だってちゃんと首を傾げて「違いますよー」ときちんと言った。なのに勝手に言う大人が嫌いだった。
一人でいることが可哀想だという友達も、先生も、みんなみんな気持ち悪くて、吐き気がして、なのに学校にはきちんと行っていて、偉いよね。
でも、どうしても耐えられなくなっているこの頃だ。
明日が嫌で涙が出る。
呼吸が苦しくなる。
唇を噛みすぎて血が出てくることもしょっちゅう。
手の震えが止まらない。
上手く笑えない。
やらなくちゃいけないことが出来ない。
優しくなれない。
笑いを取れない。
ミスが増えた。
寝ることが怖い。
全部全部、おかしくて。どうしたらいいのか分からなくて――また同じことの繰り返し。
でも、虐待も虐めもされてなくて、毎日美味しいご飯が出てきて、幸せなんだよ。なのに、幸せだと感じられない。そんな自分が気持ち悪い。
だから、死にたいんだ。
「死んでも脳があるのね」
「まあな」
「なんだ。私の想像してたものじゃないんだね。辛い思い出、消えないじゃんか」
「……まだ死にたいか」
「は? いや、もう死んでるし」
「……まだ気づかないか? 死んでるというのは、肉体的にでは無い。心がだよ」
「心? 」
“心”と言いながら、女の子は自分の頭を人差し指でコツコツ叩いた。
「あぁ、心がだよ」
「じゃあ、ここはなんなの?」
「ここは――お前の心だ」
「……は?」
「安心しろ。お前はおかしくないんだよ。お前の心の土台が脆すぎただけだ。幸せはそれ程多くないし、重くもない。お前の土台が脆すぎただけなんだよ。私は神にお前を救えと言われただけだ」
「じゃあ……貴方は、神様に伝言。伝えられる?」
「……ああ、伝えられるよ」
神様は、私のことを、そっと抱きしめてた。強く、骨が砕けてしまうほどに強く抱き締めた。
その強さに私は耐えられず、足がすぐみしゃがみ込んだ。
「神様、どうか私に返してください。私に春を返してください。青い青い春を返してください。お願いします。周りの青い芝生なんていらないから。私に青い芝生に、青い桜をください。助けてください。私はこれからも生きていけますか? 幸せになれますか? 優しくなれますか? 人に好かれますか? 助けを求められる人間になれますか? こんな言葉を、言わなくて済む人生を送れますか……」
七夕。
田舎の天の川を見るために夜中の外へ出た。
けれど見えなかった。それ程輝いていない天の川から織姫様と彦星様に私のことを見つけて欲しくって、街灯の少ない田んぼ道を駆け回った。
息が切れるほどに走った。跳躍した。
この時間が生きている中で何より楽しくて、自分が美しく感じた。
織姫様と彦星様は私に気づいてくれたのでしょうか。
苦しい。それは神様が首を絞めているから?
悲しい。それは神様が心臓を締めているから?
全部全部、神様がしているのだろうか。それなら、私にだって神様を苦しめることが出来るはずだ。
神様の心臓も、喉も、顔も、全部全部、私と同じようにできるはずだ。そうでしょ?そうだよね?
でも、出来ない。それは何が神様なのか分からないから。でも、それ以外の事ならなんでも自由にできる。
人を殺そうと思えば殺せるし、死のうと思えば死ねる。それなのに、神様だけは苦しめることが出来ない。
だから、もう自分が神様でいいと思う。
神様を私と同様に苦しめたいだとか、そんなことより、助けてあげたいと、可愛くしてあげたいと思える人になりたいと思った。
赤い糸――。
赤い糸をたどれば、きっと運命の人に出会えるはず。
そして、死ぬ時は運命の人と一緒に死ぬ。
燃え盛る赤熱の炎の中で、偽花のようにひとつにまとまり、まるで元々ひとつだったかのようになりながら骨だけが残る。
そうなったのは、この世界に疲れて、屹度だけで行動した始末なの。
ロマンチックだよね。
運命の人と抱き合いながら、全身が焼き焦げるまでの長い時間、私はこう思う。
屹度偽花で善かったと。
私が一年後、想像したとして理想の自分になれている気がするのは、今が幸せだからだろう。
きっと、明日になればその思いなんて変わってるし、もしかしたら死んでるかもしれない。
書いて、燃やして、また書いて、また燃やしてを繰り返す遺書。
かれこれ一年間繰り返しているが、死のうと本気で思ったことなんてない。
私の場合、虐めも虐待も何もされていない。だから、本当に死にたいんじゃなくて、辛い思いを誰かに伝えるように書くことで、誰かに伝えられた気でいられるからなんだ。
他人へ自分の辛い理由を書いた手紙渡さなくたって、伝えられた気でいられるのだ。
こんな可哀想な人間。1年後、やっぱり幸せになっていない気がする。