週に1日休む日々が
週に3日休む日々に変わり、
2週間に1日登校する日々が無くなり、
不登校になった。
3週間行けずにいた時、仲の良い子が別室登校をするとLINEをしてきた。
そのまま一緒に別室登校になった。
朝の不調と過敏性腸症候群で、結局2週間に1日別室に登校する。
1日行くだけで気絶するように眠りについて、気がつけば夜中の2時。
二日連続で登校することが難しくて、
大切なテストも受けられない日があった。
「学校に行けなくてもいいから、テストだけは受けて」
と、親に言われて勉強だけは努力した。
結果は435点で学年8位だった。
毎日8時間以上勉強して、生活リズムも整ってきた気がした。
久しぶりに別室登校をした帰り、
貧血でしゃがみこむほど体調不良になった。
今年はもう、進路を決める年だった。
全日制に入ったとしても
毎日登校できないかもしれない、留年になってしまうのかもしれない、
専門学校のお金を貯めるためにバイトをしないといけない、
色んなことを考えて、通信制高校に行きたいと親に伝えた。
肯定的ではなかったけれど、よく考えてくれた。
でも、夜に親が言った
「どこで間違えたんだろう」
元々偏差値70⬆の高校に行きたかったし、
親はずっと□□高校に行ってほしい、将来頑張って欲しい、〇〇は頭いいから大丈夫だよ、養って、
と、冗談だろうけどそう言い続けていた。
だからこそ、私の言ったことは衝撃的で辛かったんだろうな。
私も頭のいい高校に入って良い大学に入って、親孝行したかった。
でも私にも手話通訳士という将来の夢があった。
私の自己中心的な性格が出てしまったせいで
不登校になって親不孝にさせてしまった。分かっているのに。
不登校の私からすると、早く教室に戻りたいです。
親の喜ぶ顔が見たいです。
いい事ばかりだった。
それなのに、心のどこかが寒かった。
いい事があっても、
顔が悪いことに変わりはない。
他人に嫉妬してしまうことにも変わりはない。
テストの点に納得がいかなかったことも。
頑張ったつもりでいた私は、テストの点数を見て悔しかった。
全体的に60点台
頑張って体調を崩したら元も子も無いから、積み重ねようと、先生に言われた。
中途半端に変な頑張り方をした私は、よく体調を崩すようになって、過敏性腸症候群になって、周りを気にして、どんどん、おかしくなって─
special day を手に入れるには、生きるしかない。
でも、必ずしも手に入るわけではない。
それなのに生きていく。
この先もずっとずっと
生きるしかないんだ
本当に残念。
私たちは、生きるしかない。
真昼の夢
今日学校を休んだ。
最近、過敏性腸症候群になったり。学校でのストレスが原因だ。
そして昼、眠くて寝た。
一回目は、自分の町が浸水した夢
二回目は、子供の作ったおもちゃを蹴り飛ばして恨まれ、付けられた夢
怖かった。私は、何をしたかった?
雨音に包まれて、勉強をした。
とても憂鬱だ。
頭が痛い。
ずっと寝ていたい
それなのに
私は勉強をするしかない。
やりたくないなあ、でも。
やるしかない。
来年は受験生で、漢検3級を控えている。
休む暇がない。
そんな私に、先生はまた試練をだす。
「〇〇さんが保健室の隣の教室に来てるから、給食を届けて欲しい」
そう言った。
あー、あの根暗な子か。
みんなにいい顔して、とても仲良い訳でもなくて、悪い訳でもない。
“クラスメイト”という関係を築いている私の唯一の欠点。
それは、ひとりぼっちで、みんなに馴染めてない。不登校同類の子に好かれること。
何話しても笑顔でいい反応をする。すると、いつも黙ってる癖に、休み時間になるといつも話しかけてくる奴が出てくる。
頭痛いのに、まあでも。どうでもいいしいい顔して話を聞く。
その繰り返しだった。
「あー……、分かりましたー」
適当に返事をした私は、給食を作って、面倒な階段をおりて持っていく。
「給食届けに来たんですけど」
「あ、ほら、届けに来てくれたよ」
先生が不登校に話しかけた。
「ありがとう……」
そう言って受け取った。
自分が受けいれたのに、イラつきが止まらなくて、黙って教室を出た。
別室登校になるのはどうだっていい。迷惑もかかんないし。
でも、友達もいないのに別室登校になって、給食まで届けさせる?
去年なんか、「部活も委員会も一緒にして」と先生に言われた。
大して仲良くないし面倒だった私は部活も委員会も入らなかった。
雨の日、イラつきが止まらなかった──
ーー
みんなにいい顔するのやめた方がいいね! きちんと給食届けたくないって先生に言ったし、嫌なことはきちんと言お!
一輪の花。
それは庭に咲いていた、珍しくも無いお花、それを優しくとり、花瓶に指した。
意味なんてなかった、何も無い、ただ、少しでもつらさを間際らしたかった。
すると、徐々に幸せだと感じられる日々が続くようになった。
何故だ、このお花のおかげなのか? それなら、沢山お水をあげよう、優しく育ててあげよう。
そして、何Lもの水をかけ続けた。
当然花は枯れた。愛を注ぎすぎた。その後悔からマイナスなことを考えるようになって、それと同時に幸せもどこかへ飛んでいってしまった。
いいことがきっとある
そう思うことで隣合わせの小さな幸せを見つけられていたのだろう。
それなのに、ここで気づいてしまった。
まだ数年しか生きていないと言うのに、今。気づいたんだ。
どうか、
純粋だったあの頃を返してください。