目が覚めると、そこには20cm程の妖精のような生き物が僕を囲うようにして立っていた。
「ラララあなたは丸いのよ」
「ラララ世界はいくつも交差してるのよ」
「ラララ紙と神は紙一重」
目の前の誰がそれを発しているのかは分からなかった。全員が同じように、口をパクパクさせ、笑っていた。
「ラララ鼠と狐の嫁入りだ」
「ラララ朝の次には何が来る?」
「ラララ光あれば影がある」
その大勢のうちの誰かが言っているようにも聞こえたし、全員が言ってるような気もした。もしかしたら、それは目の前の妖精から発された言葉では無いのかもしれない。
とにかく、状況が読めない。なぜ、こんなところに居るのかも、目の前の生き物が何で何を伝えようとしているのかも全くもって分からない。
「ラララ地下に落ちたら原罪を償え」
「ラララ出口のない洞窟は何だ?」
「ラララ全ては繋がり、途絶えてる」
僕は焦りと恐怖から、一心不乱に前に走り出した。目の前にいる妖精に構うことなく、しっかりと踏み込み力強く走った。
心臓が痛むまで全力で走り続けると、先程の声は消え、白い霧のようなものに包まれた。
一安心し、僕はそこで仰向けになり、息を整えた。とりあえず、あそこから逃げ出したのは正解だった。あそこは人が居て良い場所では無い気がした。
体感時間で10分ほどそこで休み、立ち上がって歩き出そうとすると、またあの声が聞こえてきた。
「ラララ2度言えば1度と同じ」
「ラララ君は丸いし、ここも丸い」
「ラララ真理は間違えを犯さない」
気づけば、僕は先程の妖精の群れに囲まれていた。
「春風が心地良いね。冬の寒さが嘘のような暖かさだ」
「そうね、こんなに暖かくなるならもっと薄手で来るべきだったわ」
「そうかもしれないな」
「何だか、暖かくて、風も心地いいと凄く平和な感じがするわね。安穏な日常って言うのかしら、凄く心がポカポカするわ」
「確かに、僕たちが求めていたのはこういうものだったのかもしれないな。平和って言うのはやはりいいものだよ。この穏やかな春風は一体僕たちに何を運んでくれるんだろうね」
はくしょんと彼女が咳をした。
「きっと花粉よ」
「間違いない」
乳白色の風船のような疑問が頭から離れない。それは、自身の力でどんどん上がろうとするが、頭骨がそれを阻止する。そんなおさまりの悪い気分が常にある。
「ねぇ、本当に行っちゃうの?」
「うん。僕に行かないなんて選択肢は与えられていないんだ。この国に生まれて、育ってきたからには、命を賭して守る義務があるんだ」
「嫌だ!死んじゃ嫌!」と娘は怒鳴った。
「大丈夫。あくまでそういう心づもりを持っているというだけだよ。そもそもお父さんが行くのは、戦線のかなり後ろの方なんだ。戦ってる人の支援をするのがお父さんの仕事なんだよ」
「絶対死なない?」
「死なないさ。お父さんはあまり良い奴じゃないからね。太宰治の『斜陽』でも書かれてたけど、悪いやつは中々に図太く生きるのさ」
「約束して。指切りげんまん」と娘は言って、小指を僕の方に伸ばしてきた。
僕はしゃがんで、その小指に自分の子指を絡ませた。
「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます」」
ひらりはらりと舞い落ちる葉を横目に、今日も僕は公園で本を読んでいた。平日の午前中は人が少なく、30代無職の僕でも気兼ねなく利用できる。昼過ぎになってくると、幼児とその親が遊具を使い、3時を超えると小学生が占有する。誤ってその時間帯に公園に居てしまった時には、不審者として通報されてしまうかもしれない。特に僕は髭を剃るのが苦手で、かれこれ1年は髭を伸ばし、顔はサンタクロースのようになっている。
今日は天気もが良く、風も気持ちいい。プルーストの「失われた時を求めて」もそろそろ折り返しで、何気ない達成感みたいなのがあった。仕事もせず、実用的じゃない方向での自尊心の慰めが僕をどこにも連れていかないのは知っていたが、それでも、それすら辞めた時の僕の人生を想像するのがあまりにも怖くて、僕は本を読み続けた。
ひらりと葉が舞い落ちる。今年もまた1年が終わる。