浜辺 渚

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3/1/2025, 3:14:17 PM

3月になった。真冬は追い越しつつあり、気温は日に日に上がっている。ダウンジャケットを着て歩いていると、少し汗ばんでくる程度だ。風は冷気と言うよりは、暖かみのある空気を体に押し付けてきた。僕はこの時期になると、いつも中学生の終業式を思い出す。春休みは何をして遊ぶのか、来年のクラスはどんな感じになるのか、そういったことを考えて短縮授業を受けていた。とても希望に満ち溢れていたと今では思う。小学生の頃はそれほど強い記憶は無いし、高校生ではコロナウイルスによって新学期の象徴性のようなものは意味をなしていなかったから、必然的に僕にとっての新学期のイメージは中学生になる。別に今だって、そういう雰囲気に身を包めない訳では無いが、20代になると分かりやすさをそのまま受け入れるのが少し気恥ずかしくなる。そういう時期なのだ。髪型やファッションのように、僕の10代の感性が順をめぐって戻ってくることを祈るしかない。

2/28/2025, 3:31:37 PM

高校生の頃、僕に初めてガールフレンドが出来た。1年生の夏に僕から告白した。彼女は特別美人という訳では無かったが、愛らしい顔をしていたし、何より表情が素敵だった。百面相のように、コロコロ変わる表情は僕の話したいという気持ちを留まらさせてはくれなかった。彼女が僕のどこを気に入ってくれていたのかは今になっても分からないけど、メッセージアプリでOKの返事が来た時には何ものにも変え難い喜びがあった。まるで、それまでの晴れが気象庁によって曇りにされてしまうぐらい、比類無きものだった。付き合って2ヶ月ほど経った時に、そろそろ学校でも一緒に居ていいんじゃないかと打診してみた。そうすると、彼女はまるで初めからそうするのが当然と思っていたかのように、喜んで受け入れてくれた。
12.40に授業が終わり、12.45に同じ階で待ち合わせる。そこから、屋上に移動して13.10分まで一緒に昼飯を食べた。屋上は飛び降り防止の白い柵に囲まれていて、大きさは教室1分ほどと小さかった。僕らはいつも、影にならない場所を選んで、陽に照らされて過ごしていた。
「ねえ、なんだかこういうのって凄く恋人っぽいことじゃない?」
「そうかもしれないな。僕は君が初めてだけど、ドラマとかで見てきた恋人像はまさにこんな感じだ」
「やっぱりそうよね」と彼女は楽しそうに笑った。
いつも、僕と彼女の会話は何気無い叙情で終始していた。一見、会話が長続きしないカップルだと思われるかもしれないが、僕らはそれが心地よかったし、それが当然だと思っていた。

2/27/2025, 2:47:23 PM

「ねえ、私たちってキュートって言葉使うじゃない?あの子ってキュートよね、みたいに。でも、キュートの言葉の意味って可愛いでも綺麗でも無いじゃない?どういうニュアンスが正解なのかしら」
「ニュアンスはよく分からないけど、個人的には抜け目のない魅力っていう意味で使うね。実際に、cuteの語源はacuteで賢い、鋭い、抜け目のない、みたいな意味だったんだ。それが、アメリカお得意のスラングでcuteの省略系と共に可愛いという意味が付与された。つまり、cuteにも抜け目のない、みたいな意味合いは含まれてると思うんだ」
「でも、それってアメリカの話でしょ?アメリカのcuteと日本で使われてるキュートはまた別の表象を持っていると思うわ。dietとダイエットみたいにね」
「それもうそうかもしれない。それなら、キュートという言葉はある意味でここでは新入りなんだし、日本人である君が勝手にニュアンスを決めてもいい気がするけどね」
「そうかもしれない。きっとそうだわ」

2/26/2025, 4:44:22 PM

色々なものに僕の記録が残っている。まるで、僕という存在を等分して細かく分けたみたいに、色々な痕跡が散らばっている。
メディアに1度出てしまったら、もう元の生活や感覚では生きられない。そこには、記録があり、人々の記憶がある。そして、後者は衰えていくものの、前者は親切な墓荒らしのように周期的に掘り起こしてくる。自分が知らない人間に、知られている怖さはある種の人間のコミュニティ形成の限界から来るものであり、それに慣れが生じることは無い。冷静になると、あまりの状況の面妖さに頭がおかしくなってしまうため、我々はいつだって狂気を持っていないといけない。
今日もまた、自分の1部を無機質なデータに置換していく。もはや、自分というのが残っているのかも分からない。都市伝説のように、僕は他人の記憶によって作られているんだ。

2/25/2025, 3:26:09 PM

まずは、自室を出る。これは何回も練習した。そして、えーと、そう1階に降りるんだ。階段を降りれば、すぐ玄関があるはずだから、そこで靴を履く。一旦、深呼吸しよう。ふぅ…。よし、まずはここまでを目標として、もし問題なくこれが達成出来たら大満足。出来なかったら、また明日でも明後日でも頑張ろう。時間はあるんだ。ある作家が言うよに、時間を味方につけるんだ。でも、これは本当に出来すぎな妄想なんだけど、もしそのまま戸口を飛び越えることが出来たら、家の外に足を踏み出せたなら、それっていうのはどんな気持ちがするんだろう。昔の記憶だけど、空気とか温度とかは家と外じゃかなり変わると思うし、きっとそれは気持ちいいことだと思うな 。でも、これは本当に色々なものが鍵穴みたいにはまればの話で、当面の意識は靴を履くことに集中させよう。僕なら行けるはずだ。さぁ始めよう。

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