車窓から過ぎていく夜景は、手を伸ばせば届きそうな、そんな星空のようでした。
その星の一つ一つに人生があるのだと思うと、なんだか考え深いもので。
手の平でグッと、握り潰してみたりもして。
しかしそんなことをしたってただの遠近法で、実際には何も起こりはしないのですが。
そして私は、光の街を後にしたのです。
『夜景』
馬鹿なあなたが大嫌いでした。
突拍子もない行動で周りを振り回しては、悪びれもせずのらりくらり。
人間として尊敬出来る点があるかと言われればそれもなく、おどけた調子でいけしゃあしゃあと私にベタベタと近付く、その性根。
あなたの、頭の中を覗いて見たかった。
いや、そんなことをすれば、脳が腐り落ちてしまう。
しかし、予想外の方向から引きずり回されるのは、もううんざりだったのです。
鬱陶しくて堪りませんでした。
あなたが消えてくれれば、どんなに心安らぐか!
そう思わない日はありませんでした。
私はあなたに対して嫌悪感しか抱きませんでしたが、どうやら周りの人間はそうではなかったらしいのが、とても不思議でした。
私が嫌った性格も、周りの目にはひょうきんに映ったようで。あなたは、ムードメーカーとして人々に親しまれていたのです。
それを初めて知ったのは、あなたの葬儀でした。
あなたは最初から最後までふざけた人間で、遺影すらもまともに写れないようでした。
白目を向いた、いわゆる変顔をしているあなたの遺影を前にしながら、人々は悲しみに咽び泣いている光景は、酷く馬鹿馬鹿しい。
そう言えば、あなたは写真が嫌いだったことを思い出しました。
交流関係は広かったはずなのに、誰も彼もあなたの写真を持ち合わせていませんでした。
辛うじて存在していた数枚は、どれもまともな表情をしていませんでした。
まるで、自分の顔が人々の記憶から消えることを願っているようだと、そう、私は感じました。
葬儀は始終退屈でした。
理解出来ない言語を延々と連ねられているような感覚で、退屈は人を殺すという言葉が、身に染みるようでした。
長い長い時間をかけて、葬儀は終わりました。
虚無を抱いて、食事会の誘いを断った私は、電車に乗って遠い遠い花畑へ、足を運ぶことにしました。
この花畑は、あなたと訪れたことのある花畑でした。
ある日、私は私物のポラロイドカメラを、親に真っ二つに叩き割られてしまいました。
理由はテストの順位のことで、高校に上がってから学年一位を取れていなかったことを咎められたのです。
写真撮影は勉強漬けの私にとって、唯一の趣味だったので、これには随分と堪えました。
自分で撮影した美しい風景の写真を握り締めて、私はとぼとぼと近所を散策しました。
そこで、不運なことにあなたと遭遇してしまった。
落ち込んだ私の表情を一目見て、すぐにあなたは羽虫のように煩わしい絡み方で、私の周りを飛び回りました。
そして私の手の中にある写真を見付けると、しつこく何があったのかを聞き出そうと一層うるさく鳴くのです。
うんざりでした。
何故なら、私が一位を取れないのは、いつもいつもあなたが邪魔をするからで。
私が喉から手を伸ばしたくなるほど欲しいその席は、あなたの物だったのですから。
私は最初から最後まで、全てを説明しました。
屈辱感に劣等感。惨めでした。
翌日、笑顔で私の机の上に真新しいポラロイドカメラを叩き付けると、一言。
「写真を撮りに行こう」
周囲からの期待を背負う人生でした。
厳しく躾られたからでしょうか、そんな自分に疑問を持つことなど、無かったのです。
私がこうなってしまったのは、あなたのせいなのです。
あなたと訪れた花畑は、涙が出そうなほど美しく映りました。
少なくとも、当時の私にとって、この世の何よりも美しく映ったのです。
衝動のままに写真を撮りました。
この光景を、永遠の物にしたかった。
そして、周囲を手当たり次第に撮影して。
遂に、あなたがカメラに写りました。
美しい花畑の中心で、微笑ましそうに私を見つめるあなたを前に、私は――
小さなシャッター音。
目の前の花畑を私は撮影しました。
あの時とは違って、あなたが居ない花畑を。
さっそくカメラから出てきた写真を、私は一瞥もせずにライターの炎で燃やしてしまいました。
あなたが居ないという事実を、直視することが、何故か恐ろしかったのです。
嗚呼、どうか。
この花畑が、あの世のあなたにも届きますように。
『花畑』
あなたとした約束は、随分と儚い物のようで。
しっかりと絡ませた小指の温もりは、影も形もなく消えてしまっていました。
いつものただいまの四文字も、今や、冷えた空っぽの部屋に虚しく響くだけなのです。
休日はいつだってあなたが起こしてくれた。
昼まで寝るなんてそんな堕落を許さないあなたは、眉間に皺を寄せて、しかしホッとする笑みを浮かべて、私の身体を揺すってくれました。
今は、私の睡眠を妨げる者は居ません。
あなたの名前が刻まれた石の塊は、残酷なほど冷たくて。
もう一度、あなたの声を聞きたいと通い詰める私を嘲笑うかのように、沈黙を貫いていました。
雨がしとしとと、墓石へと降り注ぐ。
まるで、涙一つ流すことが出来ない私の代わりに、空が泣いているようでした。
『空が泣く』
決して、自分から送ることはありません。
私は、追いかけるよりも、追いかけられたい質なのです。
あなたがその頭を私でいっぱいにして、その想いを溢れされる時を、私は待っているのです。
スマートフォンが振動する度に、私は満足してほくそ笑むのです。
『君からのLINE』
親を殺されました。
なので、私は親を殺した畜生に、復讐しようと思います。
幼い頃からずっと、復讐だけを考えて、復讐に全てを捧げ、復讐のために生きている、つまらない人生でした。
その気持ちは、この命が燃え尽きるまで、揺るぐことはないでしょう。
『命が燃え尽きるまで』