「別れよう」
「え…?」
雨の日。そう言われた私は言葉を失った。
彼と出会ったのは、ある晴れの日だった。
カフェのテラスで近くの席になり、彼の一目惚れから始まった。
連絡先を交換し、連絡を取り合い、終日に食事に誘われ、レストランに二人で行った。
あの日のオムライスの味を、私は忘れなかった。
この次は私のオススメで、隠れ家カフェに二人で行った。
二人で行ったカフェのコーヒーの味は、いつもより甘く感じた。
ブラックだというのに……おかしいこと…。
この味が恋の味だと気づいたのは、まだ先のことだった。
二人での食事や、お出かけを経て、私達は付き合うこととなった。
付き合ってから5年後。
私は別れを告げられた。
私は悲しみよりも、何かをしてしまったのではないかと、自責の念に駆られた。
別れを告げられてから数ヶ月後。
私は少しだけ気を持ち直していた。
そんなところに、彼の訃報が届いた。
病だった。治らない病だったそうだ。
私と別れた日の時には既に……判明し、投薬のための入院の、前日だったそう。
それほど時間が経たずして、私は彼の葬式に参列をすることになった。
棺桶の中に眠る彼を見た時、気づけば私は、彼との思い出を、最初から全て思い出していた。
涙が視界を埋める。
…………。
彼の親族は私の顔を見つけると、一つの封筒を手渡してくれた。
中を読むと………私は涙が止まらなくなった。
彼の声が、顔が、鮮明に思い出される。
彼は…私のために私に別れを告げたらしい……。
わざと、冷めたような顔をして…。
あの日から数年が経った。
……私の心にはまだ時折雨が降る。
晴れていることもある…けれど……まだ難しい……。
寂しさはこの心に深く残ってしまっている。
ところにより雨
ほう…この国にはこんなに素晴らしい物があるのか…。
本国ロンドから私はホニという小さな国に観光に来ていた。
今は春というものらしく、温かく、柔らかい風があちこちを流れている。
私の国とは違う温かさが、まるで私のことを歓迎してくれているかのようだ。
おぉ……これはまた精巧な…。細かければ細かいほどに鉄は脆くなると聞きますが……これまた器用ですなぁ。ほおぉー………本当に見事だ…。
この国の街は、歩けば歩くほどに私の歩みを止める物が飾られていた。
きっとこの街に観光客が多いのは、これが理由なのだろう。
ほほほぉー
これは非常に美味ですなぁ。
これがかの、おにぎりという物か…。
米に程よく塩が混ぜられている…これは……Happyな気持ちになりますの ✾
ほろほろと米が落ちてしまいそうだ…✾
こっちは、焼きおにぎりというのですね?
………こ、これは……!
温かさの中にある甘くも塩の効いた塩味…!先ほどのおにぎりにはなかったパリパリの焦げ……これは食べるのが止まらない…!
歩いていればお腹が空くもの。
私は良い匂いに誘われ、ここでおにぎりを二種、口にした。
今回は一泊二日の旅を予定していた。
だから明日はもっと良いものを食べよう。
そう思いホテルに戻ろうと歩みを変えた時。
とある店の棚に、視線が吸い込まれていた。
……………Beautiful……
これは……金細工ですかな?
私は店員に視線を向けた。
ええ。一つ一つが手作りになっております。
そちらが気になりますか?
店員は穏やかな口調で答える。
あ、あぁ。
あまりにも美しくてね。
そちらはお客様の好みに合わせて物が変わるものとなっております。
よくあるのは、家族との思い出や、ご友人との懐かしき日々を記録することですね。
………家族との思い出……。
ではこちらを一つ…。
かしこまりました。
奥さまへのプレゼントですか?
……ええ…。
何を入れましょうか。
妻の名前と…妻との想い出の曲を……お願いします。
かしこまりました。
完成には一ヶ月程かかります。
そして、本当に一ヶ月が経った頃。
私は既に帰国し、今朝、私の手元にはアレが届いていた。
私はそれを手に取り、ハンドルを回した。
〜♪
懐かしい音色。私と妻との想い出の曲…。
海が綺麗に光るあの夕陽の前で君の前にひざまずいた。
……………どれだけ時が経とうと変わらないな…。
はは…っと、乾いた笑いを起こす。
…………海はまだ綺麗だ…。
私は妻の隣に、その妻との思い出を飾った。
写真の中の彼女は……いつまでも変わらない…。
眩しい笑顔でそこにいる。
・特別な存在
バーで私は酒を煽っている。
バーの店主には、それ以上は身体に毒だと止められている。
私はその静止を無視して酒のおかわりを頼む。
酒に溺れ、カウンターに突っ伏して身を任せる。
隣に客はいない。
こんな酔っぱらいの隣なんて…いやよね…。
私は上着のポケットから一枚の手紙と、写真を取り出した。
横を向いて、私は手紙と写真を見つめる。
写真には、1978.5.19と、刻まれ、私と私の隣に背の高い男の人が立っている。
手紙には、『我が妻となる人へ』『高嶋幸次郎』と書かれている。
そして、中には、
私は戦争に必ず勝ち、生き残って君の隣に立つ。
私と結納をし、子供を共に育てませんか。
とだけ書いてある。
どこか懐かしいその文字。
もう、何年経ったのかしら…。
あの人はまだ私のもとに帰って来てくれていない。
戦死の報告もない。
生きているのか死んでいるのか……。
わからない怖さが私を蝕んでいる。
あの人との結婚生活を夢見て、私はあの人を待っている。戦争が終わりを告げた…。あの日から。
でも、本当はわかっている。
もう二度と帰ってこないであろう待ち人を待つ意味がないことは…わかっている……。
それでも私は生きていると思って待ってしまう…。
待ち続けてしまう…。
酒に溺れても……。あの人を待っている…。
……………………あれから何年経ったと思ってるのよ……。
もう二度と会えないって……わかっているはずなのに………。
ほんと…バカみたい……。
あの人と出会える日を夢見て…私はまた……。
バカみたい
あ
ねぇ見てみて
星が流れてる…綺麗だねぇ〜。
ねぇねぇ、何をお願いする?
私はねぇ、いーーーっぱい好きなもの食べたいって、お願いしたんだ!
……え、人に言っちゃったら叶わない?
…………なら、今のやっぱなしなし!
今の嘘だから!聞かなかったことにして?ね??!
えぇー……黙っててくれないの〜…?
うぅー………私の夢があぁ…。
……私が言っちゃったんだからさ…君の願い事も聞かせてよ…。
うんうん。
へぇ~。
うんうん。
わあ〜めちゃくちゃいい願い事だね!
んふふふ
お互いに言ったから逆に願い事が叶うかも!ふふふふふ♪
わ!また星が降ってる〜!
また願い事しよう?ね?ね?
わ!わわわわ〜!!
なんか沢山沢山、何回も何回も降ってくるよお!
ほら!早く早く!一緒に願い事しよう?
私、今度は君との平和な暮らしをお願いしようかな
だって、この星には、私達しかいない。
二人ぼっちなんだから。
沢山沢山…一緒に思い出作ろうね
二人ぼっち
!
〜!!!
っ!!
あ!私の帽子!
待てー!!私の帽子ー!!!
ほっほっほっ
川の中の石の上を器用にピョンピョコと走る。
ふん!えい!よっ!
畑道、風に連れて行かれた麦わら帽子を、私は走って追いかけていた。
……………
あ
ねえ君!それ!私の帽子!取って!取って!!
………これのこと…?
頭の上を通り過ぎようとする麦わら帽子を軽くキャッチする。
そう!それ!私の!
ハァハァハァー…ありがと〜、帽子取ってくれてー…
…………君…何処から来たの?
ここらへんじゃ見ない顔。
私?あー、おばあちゃんの家がこっちの方で、今日から一週間だけ泊まりに来たの。
私は帽子を受け取ると、『あなた?』と、聞き返した。
……僕はここらへんに前から住んでて、たまーにここまで遊びに来てる。
遊びに?遊びって、何してるの?
川魚釣りとか?
私は気になって聞いてみる。
日向ぼっこしかしてないかな。
君、よくここに来るの?
ううん。今日は帽子が飛ばされちゃったからたまたま来ただけ
……君…友達いないの?
は?
別に友達いないわけないし
ここらへんにはいないだけで…
口をとがらせ、私はモゴモゴと言い訳をした。
…それ、友達いるって、言えるの?
嘲笑したように私を見て鼻で笑う。
な!
いるはいるんだから合ってるの!
初めて会ったやつになんでそんなに言われなきゃなんないわけ?
……僕も友達が少ないんだ…君、友達にならない…?
はあ?
……友達になりたいならなりたいって最初からいいなさいよ…
向こうが手を出すから私も手を出し、握手をした。
わ!もう夕方じゃん!
私帰る!!あなたも早く帰りなよー!
お友達になったんだから、また来てよ。明日も…。
私の背中に、そう声を優しくかけてきた。
私はなんだか気になっちゃって、それから帰る日まで、毎日あの子の所へ遊びに行った。
綺麗な石を集めたり、日向ぼっこをしたり、やること全部、なんだか古くさいけど。
楽しかった。
家に帰る日も、あの子の所に行った。
今日は海に行きたいって、急にあの子が言うから、海まで行った。
おばあちゃんの住む所は、浜辺が近いから、ここからも対して遠くはなかった。
…………
帰る日が来た私と、それを見送るあの子。
…………ねぇ…海の魚採りしようよ。
私の隣で寂しそうな顔でそう言うもんだから……しかたないなって、一緒に海に入った。
海の中は透き通ってて、綺麗で、このままだと流されちゃうんじゃないかってくらい…。
私が海から顔をあげたらあの子。
急に私の手を掴んで、一緒に少し深い所に潜ったの。
あの子私の目を見て、『とても楽しかった。この思い出を忘れないで。また会えたら、その時はまた海に来よう。』
そんなこと言って、泡に包まれた。
どういうこと?って、海から顔を出したら、もうあの子は何処にもいなくて、びっくりした。
後でおばあちゃんに聞いたけど、あの子のことは結局わからなくて、その時からあの子は、私の前に姿を現さなくなってしまった。
…………なんだか…ずっと夢を見てた気分だな…。
私はあれからあの子のことを思い出すことがある。
展開はいつも同じで、最後に見たあの顔が頭から離れない。
なんだか……『寂しいから帰らないで。もっとずっと一緒にいたかった。』そう言われてる気がして…。
忘れられない夏の思い出になった。
おとなになっても私はあの子のことが忘れられなくて、あの日から何度も同じ場所へ行く。
あの子があの日から何も変わらない姿で、私を出迎えてくれる気がして……なんだか居ても立っても居られない。
そんな気がするから……。
夢が覚める前に