泣かないよ。
私の前で転んだ君が起き上がって言った一言。
痛そうに目に涙をためている。
少し前までは泣いていたのに。今はもう立派な大人に見える。
小さな小さな体。そんな小さな体を反りあげて。
胸を力いっぱい張り上げている。
大丈夫?もういたくない?
泣きそうな君に私は問いかけた。
うん。いたくない。ぼくつよいもん。そうくんつよいもん。
今にも泣きそうな顔。
昨日まではすぐに泣きついてきたのに、自分で立派に立ち上がっている。
嬉しいような、どこか寂しいような、そんな気持ちが湧いてくる。
おかあさん。ぼくもう、なかないよ。
だってそうくん。もう大きいもん!
眩しいくらいの笑顔を私に向けて君は大きな声。
たしかに昨日よりも君が大きく見える。
笑顔の眩しい君。
お母さんの方が泣いてしまいそうになるよ。
でも、お母さんもそうくんと同じで、もう、
泣かないよ。
そうくんとは、毎日笑顔でいたいから。
そうくん。帰ろうか。
うん!
帰ったらまずは、泥を落として傷の手当と、絆創膏をしようね。そうくん。
自分で立てるようになったの。偉いね。
そうくん。
待って!
ついて出た言葉。
君は足を止めてこちらに振り返る。
少し面倒くさそうにしながらも、僕を心配してくれている表情。
小学生の僕には少しきつい表情だったけれど、今の僕にはあの時の君の心が少しならわかる気がする。
本当は僕を思う優しい心で一杯だったんだよね。
心配とか、そういう言葉では表しきれない君の心。
僕はそんな君が大好きでたまらない。
僕はいつも怯えていた。
周りの言葉に、怯えていた。
昔皆で行った肝試し。僕は怯えてその場にしゃがみこんだ。
そしたら君は、
こんなのが怖いの? だって。
僕は、怖いものは怖いんだ!って、言い返したっけ。
小学生から一緒の君には、何も怖いものはないんだって、ずっと思ってた。
でも、白いドレスを着て立つ君は、肩を震わせていた。僕の隣で。
僕は意外だなって、思うのと同じくらい、自分と似ているところがあることに、喜びを感じたよ。
そっか。君はこういう時に、"怖がり"なんだね。
って。
その日以降も僕は、君の怖がりな所をいつも隣で眺めてた。
どことなく可愛らしくて、愛おしい。
とても…幸せな時間。
沢山見てて気づいたよ。
君は怖がりじゃなくて、強がりだってことに。
皆に弱い所、見せられないって言ってたの、君が酔った時に聞いちゃった。
これからもお隣でよろしく。
僕の強がりなお嫁さん。
僕は君の隣の《怖がり》な夫くん
夜。僕達は空を見る。
空にはいつも一つの惑星の周りを回る光が見える。
明るい空に僕達は願いをこめる。
祈るように。短く三回。
綺麗な空に僕達は願いを伝える。
年に何度か現れる光に向かって。願いを伝える。
叶えてくれるかな?
明日には叶っているのかな?
叶っているといいな。
願いを伝える度にわくわくが止まらない。
叶えて。僕達の願いを。
叶わないと言われた僕達の願いを。
いつの日か伝えた願いを。
何度も。何度も。光が見える度に伝えた。
そしたらね?
今日、僕達の手の中に沢山落ちてきたんだよ。
あぁ…これが星ってものなんだ。
とっても綺麗だなぁ。
空にあった沢山の光は、星として僕達の腕の中で溢れていた。
僕達の願い。叶えてくれたんだね。
僕は腕の中で溢れるその星達を。
優しく抱きしめた。
沢山の星は。とても暖かかった…。
星が溢れる
毎日同じ景色。毎日同じ人物。毎日同じ行動。
どれだけ繰り返しているのかわからない。
つまらなくてたまらない光景。
でも時々、つまらない光景に新しい灯りが灯る。
その灯りは私だけを照らしてくれる。
私はその灯りによく話しかける。
「今日は外をさんぽしたんだよ」
「今日は初めてお寿司を食べたの」
灯りは何も言わない。
何も言わないけれど、優しく私だけを見ていてくれる。
少し前から私のそばにいてくれる灯り。
時々しか灯ってくれないけど、私には充分だった。
でも…いつからかな…。
灯りが灯る時が、少しずつ、少しずつ、増えていって、最初はわからなかった灯りのあたたかさも、わかるようになったの。
側にいてくれる時間が増えて、私は、夜が寒くなくなっていった。
「今日はね、久しぶりにケーキを食べたの…
甘くて…ふわふわで…すっごく美味しかった…」
灯りに、いつものように話しかける。
「明日はお外に出られるんだって…。
お誕生日…だから……沢山遊んでもいいって…。」
少しずつ私はまぶたが重くなっていった。
「……灯りさん…明日も…来てね…」
灯り以外、誰もいない部屋。
私、寂しくて好きじゃなかった。
でも、灯りさんが来てくれるから、もう、寂しくないよ。ありがとう。灯りさん。
灯りはただただ、私を優しく見守ってくれた。
彼女は、いつも一人、同じ部屋にいた。
誰も来ない。灯りも灯らない白い部屋で。
灯りがないなら、と、僕が彼女の灯りになった。
彼女は笑顔を沢山見せてくれるようになった。
でも、少しずつ彼女の笑顔は、元気さを失っていっていた。
どうにかしてあげたかった。
でも、できなかった。
僕は君とは話せない。僕は与える側じゃなくて、奪う側だから。
君とまた会えるのは、次はもっと暖かい場所になる。
もう君が凍えることはない。寂しくなることもない。
僕は彼女の頭に初めて手を乗せた。
心なしか、彼女の表情が安らかになったかのように思えた。
"お疲れ様
次会うときは、また沢山お話したいな…"
朝が僕達を優しく包みこんだ。
安らかな瞳
私は毎朝一つの夢をみる。
ある日はさんぽを。
ある日は家でコーヒーを。
ある日は山中で旅をしている。
そしていつも同じ人物を見る。
寂しげに、でも嬉しげに私の顔を。
いつも同じ位置から、見上げている。
そしてこう声をかける。
「今日はコーヒーを飲んでいるんだ。」
「今日は本を読んでいるよ。」
声をかけると、声を聞いた人物は、いつも私に同じ笑顔を向けてくれる。
無垢な可愛らしい笑顔。
その笑顔のまま、いつもこう言う。
「いつも一緒だよ。」
私はいつもこう応える。
「これからも一緒だよ。」
夢から覚めると、私の隣には……。
あの時と同じ笑顔をくれる、君がいた。
いや、あの時と変わらない。何も変わらない。
私の手元には君がいた頃の証がいる。
だから今までもこれからも変わらない。
私の隣には、一つの写真立てがある。
子供の頃、一緒に育った君。
私の隣の可愛らしい君。
お尻の茶色い毛を振って、今日も私の夢の中でいつも隣にいる。