溢れたら、溢れたぶんだけ失くしてしまうと思った。
わたしの外側に零れ落ちて、消えてしまうと思った。
どれだけ大事にしていても、そうなると信じていた。
ひと雫だって忘れたくなかった。
これはわたしのものだ。わたしだけのものだ。
そうして抱えて生きてきた。
ぴんと張り詰めた水面、美しく濁ったわたしの心。
そして、今。
そこに触れようとするあなたの指を、予感している。
初めて何かが壊れるだろうときを、待っている。
どうしてか。どうしてか。
#溢れる気持ち
あのひとのまなざしは、お祈りを捧げるようだった。
青い綺麗な花びらに、じっと何かを託すようだった。
わたしは何も聞かなかった。
乾いた白い頬と、軽く伏せられた睫毛を見ていた。
凛と引き結んだくちびるが震えていた。
言葉はなかった。
世界で一番美しくて悲しい、一枚の絵のようだった。
#勿忘草
わたしだけが知らなかった。
お別れがどれほど辛く悲しいものか、切ないものか。
わたしだけが知らなかった。
あなたの命に、ここまで、と線が引かれていたこと。
わたしだけが知らなかった。
あなたがその線を、ずっと見つめて生きていたこと。
わたしだけが知らなかった。
わたしだけが知らなかった。
わたしだけが知らなかった。
あなたがどれだけ、わたしを愛してくれていたのか。
#突然の別れ
彼は、愛しているとは言わなかった。
真正面から好きだなんて言ったことも、ない。
それでも、わたしは知っていた。
憎まれ口を叩いても、どこか柔らかに緩む瞳の奥。
髪を掻き回すとき、けっして雑にはしない指先。
どこか赦しを乞うようにして頬に触れるくちびる。
わたしが眠りに落ちる直前に掛けられる静かな声。
愛しい人。
わたしは同じようにできていましたか?
あなたを上手に愛せていましたか?
#恋物語
それは、午前一時に花ひらく。
月もなく風もない、雲ひとつない星空を仰いで。
誰の目も届かぬ摩天楼の上、彼女の手のひらに。
淡い淡い青を、十重二十重に装う花芯の淡黄。
一夜限りに甘く香る。
花以外の何も持たず、ただ溢れるような絢爛。
誰のため? なんのため?
それは、真夜中に天の河をお渡りになる神様のため。
千年を生きる彼女の罪を赦していただくため。
#真夜中