テーブルの上に並べられた二つの茶碗。
以前はひとりでいいと思っていたのに、ふたりだと、こんなにも気持ちが変わるのか。
「どうしたの?じっと茶碗を見つめて」
妻は料理が乗った皿をテーブルに並べながら、俺に言った。
「いや、ひとりよりふたりのほうが食事は楽しいなと思って」
「ふふ、料理もそんな風に褒めてくれたら嬉しいのに」
妻は悪戯っぽく笑う。
「も、もちろん料理も美味しいし、毎日作ってくれていつも感謝してる」
「なんか言わせた感じになっちゃったけど、ありがとっ」
毎日思っていることだけど、照れくさくて口に出して言えない。
思うだけじゃなくて、きちんと声に出して言わないとな……。
「よしっ、それじゃ食べよっか」
料理を並べ終えた妻は向かいの席に座り、手を合わせる。
俺も、手を合わせた。
「いただきますっ」
「いただきます」
ひとりの時は言わなかった食事の挨拶。
誰かと一緒だと、今までしていなかったことをするようになり、それが当たり前になる。
これからも、ひとりで出来なかったことを、ふたりで共有していきたい。
妻の作ったご飯は、今日も美味しかった。
空には分厚い雲が広がっていて、薄暗い世界。
私の心の中の風景は、いつもこんな感じだった。
でも、あなたという太陽が現れてから、分厚い雲から光が射し込み、世界が明るくなる。
誰かを想うというのは、世界を変える力を持っているんだと実感した。
あなたと話したい、触れたい、独り占めしたい。
そう思うだけで、ドキドキが止まらず、思わず駆け出してしまう。
分厚い雲を吹き飛ばし、あなたという太陽に手を伸ばす。
「あ、あの……お話……いいですか……?」
恐る恐る、勇気を出して声をかける。
「ああ、いいよ。俺も君と話してみたいと思っていたから」
あなたは温かい光で、私を出迎えてくれた。
私の心の中の風景は、これからもっと、今以上に、明るくてなっていくだろう。
刈っても刈っても庭にボーボー生える夏草。
砂漠化した私の頭も、こんな風に生えればいいのに。
まぁ、孫が「じぃじのあたま、たたきやすくてすきー」と言いながらペチペチ触ってくれるから、いっか。
だがな孫よ。
指人形を頭に引っ付けるのだけはやめてくれ。
痕がついて、頭が吸盤みたいになってしまうからな……。
今日の朝はまだ涼しいほうだし、夏草を刈っておくか。
刈る前に、まずは顔を洗ってスッキリさせよう。
洗面所へ向かい、顔を洗って鏡を見ると、頭の上に三体の指人形が引っ付いていた。
……孫よ、いつの間に付けたんだ?
私が寝てる間にか?
それにしても吸引力よすぎだろ。私の頭。
「はは!じぃじのあたま、にぎやかー!」
鏡に、私の後ろで頭を指をさしながら笑っている孫が映る。
「じぃじの頭は砂場だぞー!」
「きゃー!」
孫の方へ振り向き、ガオーと狼のポーズをすると、孫は高い声を出して笑う。
孫は走って逃げていき、私は顔が濡れたまま追いかける。
孫と遊んでいると時間は過ぎていき、夏草を刈ることを忘れてしまった。
まっ、刈るのは今度でいいか。
孫と過ごす時間のほうが大切だから。
テーブルの上に置かれた長ネギ、バレーボール、ハエ叩き。
「ここにある物で自分をアピールして下さい」
アイドルオーディションの最終審査まで残ることが出来たが、ここに来て難題を出された。
バレーボールならまだ分かるけど、長ネギとハエ叩きはアイドルと関係ないような気が……。
「思いついた者は手を挙げてくれ。早ければ早いほど有利かもな」
審査員がニヤっとしながら私達を見る。
早ければ早いほど有利……か。
なら、先手必勝!
私は誰よりも早く手を挙げた。
「はい!私やれます!」
「おっ、君が一番手か。期待してるぞ」
とは言うものの、何をするか考えてない。
こうなったら、勢いで……!
長ネギを口に咥え、左手にバレーボールを持ち、右手にハエ叩きを持つ。
口の中が、ネギ臭い。
でも、こんなことで私は負けるものか。
アイドルになるんだから!
バレーボールを真上に投げ、ハエ叩きをバレーボールに向けて思いっきり振った。
「アハーーーック!(アターーーック!)」
ハエ叩きは空振りし、バレーボールは床に落ち、虚しく転がる。
「……」
オーディション会場はシーンと沈黙に包まれた。
「えー……ご苦労。あっちで待機しといてくれ」
「……はい」
審査員に言われ、私は会場の端へ移動し、座って待機する。
全員のアピールが終わり、審査員から言われた結果は……。
「君は芸人の方が向いている。アイドルはやめて芸人を目指すのはどうだ?」
なぜか、芸人の道を勧められる。
「私、アイドルやめて芸人目指します!って!なんでやねんっ!」
私は審査員に思いっきりツッコミをした。
ギラギラな太陽の光を浴びて、めちゃくちゃ熱そうな砂浜。
水着に着替え、靴からビーチサンダルに履き替えていると、彼女が素足のままで砂浜の中を走っていく。
彼女は薄いピンクのワンピース水着を着ていて、まるで熱い砂浜に現れた癒しの妖精だ。
「あ、足熱くないー?」
「私、足の皮が分厚いから平気だよー!」
……マジか。
こうなったら、漢らしいところを見せるため、僕も素足で行くしかない。
ビーチサンダルには留守番してもらい、砂浜の中を走った。
「あっつ!あっ!あっつ!」
思った以上に砂浜は熱く、僕は熱々のフライパンの上で跳ねるポップコーンになってしまう。
「もう少しだよ!頑張って!」
彼女が波打ち際で僕を応援してくれている。
漢らしくいこうと思ったのに、これじゃ逆だよ。
急いで海に入り、熱くなった足を冷やす。
「ふふ、ここまで来る姿、面白かったよ」
「ははは……僕もいけると思ったけど、駄目だった」
空を見ると、太陽がこっちを見ていて、僕を笑っているように見えた。
結局、彼女に引っ張ってもらってばっかりだな……。
もっと漢らしくなって、彼女を引っ張りたい。
「無理に変わろうとしなくていいよ。今の君が大好きだから、そのままでいてね」
空から下へ視線を戻すと、彼女が僕を見て微笑んでいた。
太陽に負けないぐらいの、眩しい顔。
「えっと……うん、ありがとう」
彼女の笑顔に照れてしまい、なぜかお礼を言ってしまう。
……無理に変わる必要は、ないのかもしれない。
「せっかく海に来たんだから、遊ぼ遊ぼ!」
彼女は僕の手を掴み、バシャバシャと音を立てながら海の中を走る。
これからも、お爺さんお婆さんになっても、彼女の傍にずっといようと思った。